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2018年5月28日

レオナルド・ダ・ヴィンチは「なぜ」で生き通した人

ネタ帳ラボ!一期一会

モナリザ、レオナルドダビンチの代表作であり世界で一番有名な絵画「モナリザ」。

仕事で偶然であった女性、たぶんアラサーさん。

たぶんもう会うこともない通信会社の受付のモナリザ女性、不思議な時間だった。

髪型がモナリザに真似ているからなのか、眉毛が薄いからなのか、ほほえみも2滴、3滴。奇妙な時間だった。わざとにモナリザを意識しているわけではないだろうに・・。

どこかしら、僕の煩悩の愚かささえお見通しのような、そんなすこし冷たそうな背を張った感じが、妙に僕に新鮮にせまってきたのだった。

この女っぷりはなんなんだ。すずやかさはなんなんだ。(笑)

それを観察している俺は何者なのだ?

昨年男のモナリザ「サルバトール・ムンディ」(ダビンチ作)が約510億円で落札された。(Salvator Mundi 世界の救世主の意)落札者はアラブの王子らしい。

”「サルバトール・ムンディ」は、1763年に競売にかけられた後、長い間所在が分からなくなっていた。1958年にロンドンで行われた競売で、米国の収集家が45ポンド(約6600円)で買い取った
が、その時は贋作(がんさく)と考えられていた。2005年に再び売りに出され、新しい所有者が約6年にわたる鑑定を行った結果、本物であることが分かった。”

いつかお目にかかるチャンスはあるのだろうか?それにしても「サバトール・ムンディ」も、謎めいた絵だ。みたい、謎めくことに開眼したい!(^^)

作家の塩野七生さんが、レオナルド・ダ・ヴィンチは「なぜ」で生き通した人だと書いていた。人生に埋め込まれた暗号を解く出発点は、「なぜ」

思うに、ヨーロッパではお昼でも、夕方でもともかく食事時間が長い。人と人の真ん中にワインと頭の回転をよくするチーズがあるからなのだろう(笑)。ともかく、ヨーロッパ人は会話が大好き。海を渡る商人は話題にことかかず、様々な話題を提供し、哲学者は質問から着想を見つけたりする。そういう知的生活が今でもある。

話は再びダビンチ。ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の「最後の晩餐」にはたくさんの「謎が」「なぜ」が埋め込まれているらしい。ダビンチはユダヤ人でユダヤの言葉、ヘブライ語は数字に変換できるので、色や形などにもメッセージがあるという説もあるそうだ。ダビンチは「数学者しか自分の作品は理解出来ない」と、本当かどうか知らないけどいってたそうで、たぶん誰かがこじつけたんだろうと、僕は疑ってしまうけどね。

さてさて、またしても新しい週となった。

サスペンスやミステリードラマには謎がなくてはならない。男女の色恋はウソと誠でできている。

どちらも、はじめは手の内を見せないのが常套手段で、そこが楽しいわけだ。しかし、「謎」は芸術や人生のドラマの舞台だけでお願いしたいもの。

隠ぺい、知らぬ存ぜぬ。嘘つきました。後だしジャンケン。

国会の場では困りますよね。

小説の世界でプロとして飯を食っていける人間と、そうでない人間との違いはなんでしょう?

日常にてんこ盛りの「些細なことを馬鹿にするか、真剣に考えるか」

東野圭吾先生の語録です。

初夏の幕開けですね。ファイト!

徒然なるままに・・

2018年5月21日

西城秀樹「情熱の嵐」

ネタ帳ラボ!一期一会

僕にとって、アーティストファンのファーストドリップは西城秀樹さんだった。

小学校5年生の時。封筒に色紙をいれて「サインお願いします」、と西城秀樹ファンクラブに送った。待てど暮らせど、色紙は来なかった。それでもかすかな希望はどこかしらあった、信じていた。半年程経ったときだ、なーんと色紙が送られてきた。メモがあって「おくれてごめんね」と書いてあった。これが、秀樹さんなんですよ。

この色紙を部屋に貼りHIDEKIと一体となり、僕はあなたにどれだけ励まされただろう。

僕のメルマガのタイトルは秀樹さんの曲「情熱の嵐」。小学校の時にもらった興奮の音粒を、メルマガに変えて書き綴っていきますね。天国でも青春。歌い続けてください。

当時部屋に張ってあったのは、桜田淳子、山口百恵、ピンクレディ(笑)高校の時は原田真二。どれも苦労して手に入れた(笑)

僕はサイン1枚の一撃が、どれだけ自分を奮い立たせるか実感をもって知っている。その魔法のような感覚がたまらない。明星というアイドル雑誌で、すきな歌手の1ヶ月のスケジュールが載っていた。1ヶ月に1日しかない休みの日などを見つけると何をしているのだろうと、思いを巡らす空想が大好きだった。

僕は今、山下達郎さんのファン。いつか、空港なんかであっても、声をかけることも、握手を求めることもないだろう。

頭をわずかに下げて、会釈などはするかもしれない。すれ違い、10m位歩いてこっそり溜息を吐くかも知れない。ただそれだけだ。色紙も、握手もなくても、地中深い根っこ部分でつながっている、その感覚だけで十分だ。

こういう感覚を、培養しながら生きるのはいくつになっても楽しい。

日曜日、NHK杯の体操を観た。内村選手を追いかけながら、最後の着地を「決めにいって、決める」という演技に手に汗を握った。最後の鉄棒の演技、失敗するような匂いがしない。その空気感に心をからめ捕られた。

気圧されることも、焦りに揺るがされることもなく、膨大な経験を下敷きにして、凝縮したような、老成したような、延長戦を幾度となく戦ってきたような、そのタフガイな演技。凄いものをみせてくれた。ファンになりますよね・・。

のっぺりとした、凡人にも月曜日はやってくる。

「YOUNG MAN」聴くしかないね(笑)

今日はこんなところです。

2018年5月14日

街道をゆく「島原・天草の諸道」を読みながら

ネタ帳ラボ!一期一会

朝の起き抜けに、ティファールでお湯を沸かす。

いつも通りの手順で、珈琲の豆の挽粉の袋を開き、いつもどうり老犬は袋に犬のようにクンクンと鼻先をつっこみ、その残量なりの匂いを確かめ嗅ぐ。そうやって、いつもどうり定量に15%くらい無駄に豆の挽粉をいれドリップしながら、僕の朝は立ち上がる。

株の取引で「鯛焼きの頭と尻尾はくうな」という格言がある。(意味は高値、底値の手前で潔く売買しろ)

昔、植木等がビッグマネーというドラマでしゃべったセリフだ。(笑)

妙にこの言葉が不思議と説得力があって、自分のひとつの行動基準言語みたいにヒリツイテ離れない。

そうこれは、いろいろ試した挙げ句、珈琲も豆のもつ才能を最大限に引き出すという、くだらん研究の成果だ。あほくさい、だれに話しても事足りないほどの流儀だが、怠け者は小さいことから立ち上がらなければならない、そんな朝があるもんだ。

さて、福田定一という名前をご存じでしょうか。わからないですよね。

司馬遼太郎先生の本名であります。やはり、歴史家、宗教家には相応しい名前がいるな、と思わせますよね。 (笑)

先週カクレキリシタンの話題をメルマガで書きました。もう少し調べたいなと思って、司馬遼太郎先生の街道をゆく「島原・天草の諸道」をよんでいると、歴史の面白さが頭上から脳天唐竹割りの飛んでくるわけ。(笑)

”幕府はキリシタンとわかっても、大量殺害は隠れ行わず、「宗門心得違いの者」とあえて呼んで処理したため、隠れキリシタンは250年存続している”と、先週のメルマガで書きました。

実はそれは、司馬先生が歴史を辿り、「島原・天草の諸道」に書き残した推測。すべてのネタ元はこの本でした。

その大量虐殺がなかった根拠たるのが、隠れキリシタンを調べた庄屋の上田家に起因しているようで、なんとその上田家は大坂夏の陣で散った真田の落ち武者だったという。それを歴史に残った本を手がかりに紐解いて、司馬遼太郎先生の有無をいわせぬ筆圧が僕の胸に迫り来る・・。

司馬先生は上田という姓は、故郷信州の上田を思っての事であろう。そして上田一族にとって天草は世を忍には都合のいい場所であったろうと歴史の記録をたぐり、隠れキリシタンの歴史をささえた、アナザストーリーを見事に紡ぐわけ。

この隠れキリシタンを穏便に、そして彼等の心中をおもんぱかって、知恵で一人の死者も出さなかった真田魂。その気魄がなかったらどうなっていただろう、あまりに怖ろしい・・・。そして歴史はたまらなく面白い。

歴史の綾・・そう感じずにはいられない。

日曜日、街道を行くを読み終えて、ジュンク堂に立ち寄り「司馬遼太郎と宗教」という本が必然的に遭遇する、これまた面白いんだ。

なにがって?たとえば「街道を行く」で全国を廻った司馬先生は、ゆかりのある旅館などには泊まらず、シティホテルに常に泊まったということ(笑)

意外と合理的なんだ・・・

今日はこんなところです。

2018年5月7日

長崎と天草「潜伏キリシタン」世界遺産へ

ネタ帳ラボ!一期一会

長崎と天草「潜伏キリシタン」世界遺産へというニュース

宣教師達の背後にいた、弾薬、武器、大砲だの物資を供給するポルトガル・スペイン等の脅威を排除するため、秀吉は1587年バテレン追放令を出す。

当時、キリシタン大名によって無理矢理改宗され住民の9割がキリスト教だった長崎で、1596年秀吉の命によりキリスト教の指導者が26人が処刑された。そして、宣教師も国外追放。

信者は大部分は改宗を余儀なくされた。しかしカクレキリシタンと呼ばれる信者は、表に仏教をみせ、裏でキリスト教という二面性の中を生きる。もちろん、あの絵踏も何食わぬ顔で踏んでいたのだろう、そうでなければ脈々とつらなる200年以上の歴史の辻褄はあいそうにない。

1615年大坂夏の陣の22年後、天草・島原で領主のキリシタン迫害、そして弾圧がおこった。キリシタンは16歳の天草四郎を神の使いとして将にたて反乱を起こした。その数、約3万人。対する領主松平信綱は12万。

かくしてキリシタンは原城に籠城。幕府側はこの地で敗れるた場合の反動、全国への飛び火を怖れていた。

その戦いは心理戦。幕府が城に向かう穴を掘れば、四郎側も穴を掘り相手の穴に糞尿を投げ込んだ。幕府が間者を送れば、キリスト語がわからずうまく行かない。幕府の懐柔策も悉く失敗。いよいよ局面は切迫し、強攻策で四郎は討ち取られ、籠城した者は殆どが殺害された。

この戦いに四郎は負けはしたが、この生き様がカクレキリシタンに受け継がれていったともいえる。

そう、幕末近くまで200年の時を超えても彼等の信仰は存続した。当時幕府はキリシタンとわかっても、大量殺害はおこなわなかった。いや、反発を怖れて何もできなかったのだ。幕府は彼等を「宗門心得違いの者」とあえて呼んで政務を行った。いかにも、官僚の発想だが、以外に面白い(笑)。根絶やしということは、不可能なのだ。煩悩など消そうとすればするほど、アメーバーのように増殖するではないか。

さてさて、家光は1639年から鎖国政策をとる。平和な時代が幕末まで続いたのは、島原の乱が世を変えたともいえまいか。

長崎県生月島では、今もカクレキリシタンは存在し、オラショという日本語訳の教えを唱えている。キリスト信仰が変容し、納戸のようなところで、違う形で神となり、先祖代々生活の中に溶け込んでいったそうだ。

”エッセイストの宮田珠己氏は、長崎純心大客員教授(宗教学)の宮崎賢太郎氏の著書『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』を評して、「納戸のような奥まった場所で秘密裏に祀るうち、キリシタンという意識は薄れ、これは人に知られては効き目がなくなる神様であるという認識に変わっていった”

ふむふむとこの記事にうなづく。そしてここまで書いて一息をつく。

「隠れて事を為そうとすること」、大事すぎ、すぎ。

よく面接試験などで「夢はなんですか」と訊かれる。

訊かれるとむかつく。(^^)/~~~

僕はあまのじゃくなので、本当の事をいわない。ひねくれているのかも知れない。だが、夢なんて殆どかなわないのだから、そう、その途上でだいたいは星になるのだから、そんなことを言う必然性を感じない。

それに、そんなことを人間の互いの真ん中に置いたら、どこかけがされているような気がするタチだ。隠していた方が格調が高いではないか。

たとえば女性は大切なものは、クローゼットのどこかに隠すだろう。大切なものは、きちんとした箱にでもいれるだろう。そして、こっそりとたまにみて、ニヤニヤするのだ。

FACEBOOKでそれをチラっと見せるくらいはいいけど、行き過ぎるとバランス感覚を失ってしまう。秘密の特訓、秘密の読書の時間、褒められたくもない、知られたくない。

男も夜もんもんとして自家発電したり忙しい。バレないように。(;゚ロ゚)人は秘密や謎でできている。だから面白い。

二人だけの秘密なんていうのもいい、社内恋愛など、二人でアイコンタクトをして、勝手に楽しんでほしい。(笑)

「知られては効き目がなくなる」

そういうモノが人生をギュッと濃縮してくれると思うんですけど、どう

でしょう。

今日はこんなところです。

ネタ元
英雄たちの選択
Newspics 等

2018年4月23日

おふくろの親戚一族は遠縁で結婚してきた

ネタ帳ラボ!一期一会

週末土曜日に久し振りに、街に出ておふくろと二人でカウンターで食事をした。

予約時間までひとときを、結婚式帰りほろ酔い若者が昔話に花が咲かせ、騒がしい人いきれ街中で大街道ベンチに二人座り、おふくろ青春時代話に耳を傾けた。僕は、たまにこうして街中でおふくろ昔話を聞くが趣味。

おふくろ郷は、東温市牛渕。祖先は庄屋をしていたそうだ。一族は婚姻に関しては、今と一風変わっていた。親戚端と端で結婚し、一族結束と、財産と、血を守ってきたよ、とおふくろは笑いながら語る。

一族勤め先は、教育関係がほとんど。いわゆる、”はとこ”同士あたりで、一族世話好きな叔母さんが、先生と呼ばれる職業結婚相手を見つけてくる。考えように関しては、一種異様なことだ。そういえば僕が、高校時に学級副担になった先生は母親”はとこ”だった。

親戚一同が羊たち群れように、おっとりとしていて、棘がないが不思議。血というは神秘に溢れていると思うだけど、どうだろう。たとえば僕叔父さん奥さんは、ご主人さんが怒ったを一度も観たことがないらしい。そしてそ息子もおとなしいが博士肌。ともかく昆虫、は虫類が好き。小学校ときには家外に彼専用大型冷蔵庫があり、蛇や幼虫などを保存し、見たことないような異様な世界感が立ち上がっていた。それを許した彼母親もたいしたもで、今は進化して愛媛県総合科学博物で変態1号研究員をしている。

おふくろは高校時代から、叔父さんが経営する大街道「西洋軒」というレストラン2Fで、夏休みなどは泊まり込みで子守をしながらアルバイトをした。叔父さんは、青島でおもちゃ屋を経営した後、終戦を経て松山にもどり、アイスクリーム屋で一財産をつくり、当時ではハイカラなレストラン「西洋軒」を松山に出した。

だれにでも人生を横切る出会いという縁糸。進駐軍コックさんと出会いが線に変わり、ライスグラタンや、カルボナーラーなど、小粋なメニューが松山女性に火をつけてこ店は大ヒットした。ちょうどコカコーラという一つ異端が登場し、カタカナメニューに憧れていた時期でもあった。シャリアピン・ステーキなんて、名前だけで売れていたらしい。(笑)

昭和35年当時(母21歳)、大街道「西洋軒」はレストランでありながら、夜12時を越えて営業。キャバレーがはねて、お客さんが食事にきたり、釣りはいらないという気っ風いい客もゴロゴロ。そして、今話題大街道ドーミンイン松山ところにあったラジウム温泉に深夜行っていたらしい。

そんな、一族やさしいムード中、「西洋軒」に一人男があらわれる。「高校時代に横河原線電車に乗っていたんだけど、覚えてますか」とインデアンみたいな野生人が親父だった。親父は毎日同じ客車に乗っていたそうだけど、まったく知らなかった(中略)しばし時が流れ、おふくろは親戚ではじめて、羊群れから飛び出して結婚した。

そうね、食事時にお茶がないといらいらしていたわよね、いらちな性格で、ある日台所さんに、「お茶」と書いてたよ、よく怒られたもよ、そう言って親父昔話をしながら笑い飛ばす。でもね、毎日毎日明けても暮れても「お茶」、「お茶」と言ってたくせに、私にお茶を入れてくれたは人生で一回もないよ(笑)。それって親父にいった?と訊くと、おふくろは「それは言わないよ」と気たかく答えた。

ひとしきり時間が流れ食事へ、二人真ん中には昔話ばかりがあって、それがただただ楽しくて、美味しい食事をしたでした。

「こ一瞬が、永遠であり。こ永遠は、一瞬」

そんなことを、頭上になんども吹き出しをつくりながら・・・。

今日はこんなところです。

2018年4月16日

村上PONTA秀一45周年記念公園「音楽境地」

ネタ帳ラボ!一期一会

 

先週、ドラムス村上PONTA秀一45周年記念公園「音楽境地」を観に東京

まで、初Jetstarで行ってまいりました。

機内は満員。外国方がちらほら。簡素なつくり素っ気ない成田第三ター

ミナルへ初到着。

成田着後、東京駅までもシャトルバスで1時間、1000円ポッキリ。

なん問題もない、便利さ。

新境地開拓・・・”しまむら”とおなじくらい侮れない。

さてさて、お江戸へ再び上陸。

僕達人生に確実に爪痕を落とした、さまざまなアーティスト達60代後半

エンディング景色を見届けにきた。

ボビー・コールドウェル、荒井由実、村上PONTA秀一とつづく、アーティス

ト人生終末コンサート景色旅。

下山景色は、入場料なか、もう、拝観料かわからないけど(笑)、観

る価値はどこかしらあると思っている。

なんやかんや偉そうに言ったって、もうこっちだって若い頃ようにダンスは

踊れないわけ・・。

もう泣きたくなるほど踊れなくなってくる。(笑)

だからどこかしら、これから老成した輝きために、人生下敷きにするべ

きエネルギーを探しに来たともいえる。

僕が村上PONTA秀一と血を通わしたは18歳春だ。大学に入学し18歳で

ドラムを始めていた。

「バンドやろうぜ」からはじまり、「ギターやりたい」とへぼギター実力で

はアピールもできず、結句、自分居場所をドラムにもとめた。

初めて買ったドラムスティツクはPearl106H、村上PONTAモ

デル。37年間こいつを愛用している。重量感ある、パワフルなスティクだ

。もう、これだけ年月が経っていると、自分と同化してしまっている。

社会人になった。バブル時代。旅行会社で働きだして、バンド活動より海外旅

行が楽しくなり楽器からはなれた。だれにも、ありがちなパターンをなぞった

わけだ。それでもたまに自室で、練習台にスティクをぶつけていたから、どう

しようもない俗物にならなくてすんだ。スッキリわかれない、未練たらたらも

人生では大事なようだ。

薫風がかけぬけた五月。25歳東京。心が乾ききっていた。

東京で浜田省吾 on the roadチケットが取れなかった。

そこで、ひとしきり考えめぐらし、代々木体育館まで行った。

はじめて段ボールでチケット下さいとボードをだしてみた。

結構ドキドキした。

出し方にやはり初心者マーク衒いがあった。

結局、薬局、安価ではチケットは入手にいらなかった。

番やむを得ず、火照った会館外壁に、僕は左耳をおしつけ、会場に入れなか

った孤独な子羊群れにまぎれて、コンサートを最後まで聴いていた。途中で

Gパンに、STAFFシールを貼り付けた、強面長髪男やってきて、怒られ

ると思ったら、親指をたてウィンクをして去って行った。

一夜限り壁越し音が、ジタバタしたもがきロンリネスが、人生にコ

ントラストを与えてくれた。

頃、尻穴にバットでもねじ込まれたように、音楽が人生を持ち上げてく

れていた。音楽がないと、人生に折り合いがつかなかった。

そうあと10年もすれば。

全身血が騒いでしょうがなかった、アーティストは引退しコンサートはもう

実現してないだろう。

夢から醒めたような世界を、はたしてどう生きればいいだろうか。

そんなことを考えると、青春時代に聴いた音楽という一群れ思い出墓標に

、僕は今前倒しで墓参りしているかもしれない。(笑)

今日はこんなところです。

 

2018年4月2日

「人生になにひとつ無駄なものはない」

ネタ帳ラボ!一期一会

 

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

「人生になにひとつ無駄なものはない」

この言葉を信じるか、信じないかはその人の才能。

日曜日、仕事で四国中央市へ。

ホッコリした天気模様、うとうとしそうな、うららかなお昼時、大王製紙の煙はまっすぐに空を目指していた。

ここまで来たのだから翠波高原、金砂湖まで何十年ぶりに桜を観にいってみるかとポジテイブを立ち上げる。だが如何せん、ピークをとっくに過ぎた六歳馬の身体は石化つつある(笑)。一方で、行ったことあるやろと悪魔の呟きが、僕をフリーズしたらしめる。

そんなときには脳裏に、学生のころ初めて乗った車、愛車セリカリフトバックがあらわれる。この鉄の塊のような重たい車は、冬場はキンキンにひえて、フロントガラスには霜がはる。さめたお湯をフロントガラスにかけるも、エンジンも一発ではかからず、「チョーク」という、ハンドルの下にあるレバーを引っ張ることで、やっとやっと車の始動にいたるわけであった。

実は、絶滅危惧種ヤンバルクイナとよべる「チョーク」という言葉は1970年代にあらわれた。

日本でプロレス選手のアントニオ猪木やジャンボ鶴田がつかったスリーパーホールドという必殺技をご存じだろうか?相手の背後に回り、腕をUの字にして太い腕でのどあたりをしめつけるプロレス技で、やりだしたら止まらないかっぱえびせんの
ような麻薬技でもある。それが試合中に喉元に食い込むと、やられた方はいてもたまらず、反則技だとアピールのため「チョーク、チョーク」を連発したものだ。

※猪木だけは、あれは本当に締めていた(笑)

この裸締めともいわれる喉締めの技は、悪意の元に進化し、レフェリーの死角で腕で喉仏あたりをたびたび締め付けるようになる。まさにそこには窒息状態一歩手前まで発展してしまう残虐性があった。その世界に観客は安売りの正義を立ち上げ、ヒートアップして、残虐性という生物の持つ本能に酔いしれていたのだ。

えらい長くなり脱線をしてごめんなさい。チョークレバーは、それを引くことで、エンジン内に酸素の空気の流入量を減らし、燃料が濃い状態をつくりあげ、燃焼しやすくなる役目があるのです。

そして、こんな風に僕は、とらえている。

「人生になにひとつ無駄なものはない」=「チョークレバーを引け」

肉体的にも自分で喉を締め上げ(笑)「行くのか」「行かないのか」などとやってみると、「チョーク、チョーク」と叫びながら、次ぎに「行きます」と僕は答えるのだ。自作自演と呼ばれようと、こんなバカなことをしているのは自分だけだと気がついていても、いちおう無駄をやってみる。

先日サンデーソングブック「25周年記念ライブ」招待券応募ハガキを、12時間かけて書いて見事に外れた。何度も書き直した、あの時間は何だったのだろう。

無駄だったという判断は、自分勝手な判断

人生を直線にすると、ありきたりなモノ、色あせたモノ、墓場みたいな無駄のない世界になるだろう。無駄がはいると、人生は立体になる。

東野圭吾さんが、面白いことを書いていた

日常生活の中で、おやっと驚いたこととか、こうだとは思わなかったといった、些細なこと。それが全部小説のネタになる・・と。些細なことを真剣に考えるか、馬鹿にするかどうかなんです。

「人生は無駄ばかりだ」という人より、「人生になにひとつ無駄なものはない」と言う人と食事したい(笑)

今日はこんなところです。

2018年3月29日

年齢を訊かないと、毎日が面白くなる!

ネタ帳ラボ!一期一会

 

 

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

僕は、コンビニの兄ちゃんと仲がいい。毎朝「お疲れさん」、と声をかけるからだろうか?(笑)

 

ファミマに行くと、Tポイントカードお持ちですかと必ず訊かれる。それは僕にとっては「あなた人間ですか」(笑)、と訊かれたような、ひどくうんざりした言葉だ。

 

そして、めんどくさいので、めんどくさい質問をコンビニの定員さんにする。「五割くらいはTポンイントカード使っているの」、と訊くと、手刀をふり紙ナプキンと箸をコンビニ袋に詰め込みながら「いえいえ7割~8割ですよ」、とコンビニの兄ちゃんは答えた。「そんなにか」と心の中で呟き、僕はこうした会話を通じて、世の中が制度に囲われている現実を、確認する。僕はTポイントカードは持たない。

 

日本人で一番ならぬのは「おとしいくつですか?」と会話の中に、白けたムードを差し込むことだ。そこで「いくつにみえます」と話しを膨らます奴に嫌気がさす。それに年齢が上か、下かわかると、序列がついたようで白けてしまう。歳をきかれたら「それは国家秘密です、level5の」、と答えてぜひ会話をきってほしい。(笑)

 

好きな歌手とか、高校の頃どんな曲を聴いていたかなどで盛り上がると、自然とそんな情報は手に入れられるではないか。明らかにしないこと、つつんでいくことは以外な面白さもあるような気がする。

 

人はなにかと心理的に歳のせいにしたがる。動物の中で人間だけが理性のパンツをはいているからだ。だから社会に制限をつくる。

 

制限を変えてみる、たとえば昼休みを2時間にしたらどうだろう。持て余す時間がどうなるのか、そういう変化を空想するだけでたのしい。

 

さて、もう8時半だ。まとまらない・・・汗

 

先日、「前にしていた黄色のネクタイいいですよね」とある女性に言われて、新鮮だった。たしかに「そのネクタイいいですよね」も悪くないんだけど。ただどこかしら使い回した手垢のついた言葉にすぎず、心が波立つまでにはいかない。

 

ところが「前にしていたネクタイ」を褒められる!とどうだ、どこかしら覚えてくれたということかしら・・、友情を結びたくなる気にさせてくれるではないか。

 

もし、燃え立つようないい女に言われたら、俺に興味があるのとだと、早速勘違いし、BGMに円広志の夢想花がながれ「とんで、とんで・・・」を9回繰り返してみてはどうだろう。

 

何歳になっても、僕はどうしようもない男だ。ひとをいい気持ちにするスイッチは、言葉の中にもありますね。

 

今日はこんなところです。

 

2018年3月19日

松山から、荒井由美デビュー45周年コンサートへ

ネタ帳ラボ!一期一会

 

 

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

吉祥寺東急REIホテル、時計は朝の04:29。

夜明け前です。

 

松山から、荒井由美デビュー45周年コンサートへ。

 

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ファーストアルバム「ひこうき雲」(1973年)の世界観が再現された演奏はティン・パン・アレー(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)

※コンサートコンセプトとかはこちらから
一夜限りのプレミアムコンサート荒井由実「ひこうき雲」コンサート
http://www.wowow.co.jp/music/songsfriends/

 

コンサートの場所は中央フリーウェイの舞台。

 

武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ(東京・調布市)

 

 

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コンサート会場は中央フリーウェイの舞台、調布

右にみえる競馬場、左はビール工場

この道は、まるで滑走路

夜空につづく

(中央フリーウェイ )

==

 

音楽の神が、天空から流した涙が、一人の音女神を産み落とした。

 

ユーミンは当時八王子に住んでいた。

松任谷正隆(夫)さんは

車好きで、この道を送り迎えし

このあたりでプロポーズしたんだろうか(^^)

そんなありきたりのことに、思いをはせる。

 

中央フリーウェイなかで

彼女はこの場所を「滑走路、夜空に続く」と歌にした。

 

ユーミンが都会でなくて、八王子に住んでいたというのに興味がある。

彼女の歌は「助手席」で生まれた香りがするからだ。

もしユーミンが車を運転していたら(笑)、イカツすぎて、

強い女過ぎて、世の女性は同調できなかっただろう。

女性は「助手席」が大好きなのだ。間違いない。

 

 

==

町の灯が、やがてまたきだす

二人して流星になったみたい

(中央フリーウェイ )

==

 

こう「助手席」で歌われたら、誰しも心はざわめく。

ユーミン・・・すごい。天才。

 

どこかしら、いまでも新しい。

そういう「助手席」世界感に、何かしら、「私も、私も」が、世の中に

溢れた・・「助手席」争奪戦が起きる、時代背景もあった。

 

そして、この場所でこの曲を聴けた幸せを感じながら

中央フリーウェイを聴きながら

なぜか僕は、バックバンドの夫、松任谷正隆さんをみていた。

男の顔してた、カッコイイ。

 

デビューアルバム「ひこうき雲」は、ユーミンが14歳から16歳に書いた曲がほとんどらしい。「ひこうき雲」の中に、手垢のつかないありのまま
の荒井由実がいて、その熱量にほだされるように、彼女を世に解き放ったティン・パン・アレーがいた。

 

彼女は、年上の男達の用意したヴィークルに素直にのった。

 

松任谷正隆さんがツアーパンフの中で、アルバムづくりでは「彼女はなんでもOK」スタイルと書いていた。ちょっと意外だった。

 

我を通すとか、自分なりのこだわりを貫くスタイルではないそうだ。

 

しかしながら、ユーミンの曲はそうではない。(笑)

 

そこが面白い。

 

女は、決していいなりにはならない。

 

主導権は、どこかしら手放さない。

 

好きな男に陶酔しない。

 

私のすべてをささげますみたいな感もない。

 

ソーダー水のように、はじけて、泡だったところを切り取って恋を音楽に

 

かえていった。

 

一生懸命とか、ドロドロとか、未練とか、涙は禁物。御法度。

 

だが、卒業写真のように、暫く時間をおいて、数年たってからを

 

見事に描く。然るべきときが流れ、ちゃんと恋をふりかえる(ここ大事)

 

悲しいことがあると開く革の表紙

卒業写真のあの人は、やさしい目をしてる

・・

人ごみに流されて

変わってゆく私を

あなたはときどき 遠くでしかって

・・

あなたは私の青春そのもの

(卒業写真)

 

はい男も、脱帽です。

憧れの「助手席」、それは

時に「幸福感」でもあり、

時に「憧れ」は「涙」に変わりもした。

人生を切り取ってくれた、数々のユーミンソングは

遠い記憶をよびおこす。

 

堤防を越えて、涙腺崩壊しながら

コンサートは、至福の時間だった。

これから原点回帰とか、名曲特集コンサートが増えそうだ。

 

音楽のレジェンド達が、自分の持ち時間が少なくなってきて

最後をどのように表現していくんだろうか、

なぜかそれを見届けたいと思ってきた。

そこに、自分の背中を押してくれる何かがある気もしてる。

人生の最後にきかせてくれる音楽

 

それは大衆をひきつけるんだろうか?

今、そういう「初めて」が音楽の世界にある。

今日はこんなところです。

 

2018年3月12日

2020年「5G、8K時代の到来」

ネタ帳ラボ!一期一会

今日は珍しく、私の所属するIT業界のお話をたまにはやりましょう。なんでこれをやらないかというと、行き過ぎた世界も見えるからです。(笑)

 

そうでしょ、FACEBOOKなどのSNSの行き過ぎたつながりに始まり、フェイクニュース、人への批判など、整理するのが大変です。呼吸が苦しい。(笑)

 

日本というのはどこでもテレビが見えなければならぬ。(※NHKの受信料有)まっとう公平に、インフラを整えるのが得意な国。

 

日本人は中流階級が多い。学問への民度は江戸時代から高い。

 

しかるに、人と人が比較し合い、他人の目が人生を良くも悪くも監視している。

 

コンパでは、女性は女性に嫉妬する。男性は女性の外見情報で品定めを始めるが女性は自分より劣っている、女という生きものが、化粧や、ブランド品などで綺麗になると、メラメラと嫉妬の炎が立ち上がり、殺気だつ。そして、翌日から女磨きがスタートし、高齢者になっても女を維持することに余念がない。(笑)

 

負けたくない煩悩の発露。それを人前でみせないポテンシャルもある。(汗)

 

そこに便利な、ネットという恰好のストレス発散という居場所がある。※世界のネットの書込みの内70%が日本語(養老孟司の本より)

 

一方では、誰にでも一定の道徳感や、倫理感や、宗教観は育ち、やがて優しさが生まれ、人のために水のように向かう。まさに、日本の奥ゆかしさだ。
ネットの知恵袋やQ&Aなど「誰かのためになる」コンテンツは世界一。

 

そしてこのタイミングで、2020年「東京オリンピック」到来!

 

「5G、8K時代の到来」

 

現在の4Gに比べて通信速度は100倍、容量は1000倍になる。なんでもデジタルデーターが短時間で手に入るだろう。そこを目指して、楽天も参入してきて、再びの戦国時代の予感。

 

4Kのテレビなんて自宅にないのに、スマホが8Kの違和感。将来は空中にスクリーンが飛び出すという専門家スマホで高画質CMになり、テレビの方が画像がワルイ世界(オヨヨ)

 

思い出してください。

1G・・自動車電話が登場し、肩かけショルダーフォンへ。※都市圏のみ

2G・・デジタル方式。メール可能、ポケベル・PHS

3G・・いわゆるガラーゲー、iモードのコンテンツ

4G・・現在。スマホ時代

 

今まではテキストで届いた情報が、動画に変わる。

 

『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)が発行部数が200万部へ

テキストとわかりやすい漫画というコンテンツがうけた。

 

今だから受容れられる世界観。

人はテキストだけでは飽きる。それを補完する絵がわかりやすいのが特徴。

まるで居酒屋のメニューが、写真付でないと駄目なように、ね。

スマホに育てられた若者のハートは、見せ方次第になってきている。

 

なんとなく視聴してきた、YouTubeなどの動画が、主役にやって来た。

 

Instagramの「ストーリーズ(Stories)」

通常のフィードとは別枠で短い動画や写真を気軽にシェアOK。

24時間で自動消滅する。

 

消えるという面白さ、いつまでも残らないという

「うざい」痕跡を消すしたたかさ

それでも、一瞬でも映像はのこりやすい。

 

いい女とはなんだろう。

 

それは外観の一撃だ!(笑)

 

そういうことがいいたいのです。

 

まだまだ、話したりないのですが、無用な長さになりそうなので

 

今日はこんなところです。

 

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