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2018年4月16日

村上PONTA秀一45周年記念公園「音楽境地」

ネタ帳ラボ!一期一会

先週、ドラムス村上PONTA秀一45周年記念公園「音楽境地」を観に東京

まで、初Jetstarで行ってまいりました。

機内は満員。外国方がちらほら。簡素なつくり素っ気ない成田第三ター

ミナルへ初到着。

成田着後、東京駅までもシャトルバスで1時間、1000円ポッキリ。

なん問題もない、便利さ。

新境地開拓・・・”しまむら”とおなじくらい侮れない。

さてさて、お江戸へ再び上陸。

僕達人生に確実に爪痕を落とした、さまざまなアーティスト達60代後半

エンディング景色を見届けにきた。

ボビー・コールドウェル、荒井由実、村上PONTA秀一とつづく、アーティス

ト人生終末コンサート景色旅。

下山景色は、入場料なか、もう、拝観料かわからないけど(笑)、観

る価値はどこかしらあると思っている。

なんやかんや偉そうに言ったって、もうこっちだって若い頃ようにダンスは

踊れないわけ・・。

もう泣きたくなるほど踊れなくなってくる。(笑)

だからどこかしら、これから老成した輝きために、人生下敷きにするべ

きエネルギーを探しに来たともいえる。

僕が村上PONTA秀一と血を通わしたは18歳春だ。大学に入学し18歳で

ドラムを始めていた。

「バンドやろうぜ」からはじまり、「ギターやりたい」とへぼギター実力で

はアピールもできず、結句、自分居場所をドラムにもとめた。

初めて買ったドラムスティツクはPearl106H、村上PONTAモ

デル。37年間こいつを愛用している。重量感ある、パワフルなスティクだ

。もう、これだけ年月が経っていると、自分と同化してしまっている。

社会人になった。バブル時代。旅行会社で働きだして、バンド活動より海外旅

行が楽しくなり楽器からはなれた。だれにも、ありがちなパターンをなぞった

わけだ。それでもたまに自室で、練習台にスティクをぶつけていたから、どう

しようもない俗物にならなくてすんだ。スッキリわかれない、未練たらたらも

人生では大事なようだ。

薫風がかけぬけた五月。25歳東京。心が乾ききっていた。

東京で浜田省吾 on the roadチケットが取れなかった。

そこで、ひとしきり考えめぐらし、代々木体育館まで行った。

はじめて段ボールでチケット下さいとボードをだしてみた。

結構ドキドキした。

出し方にやはり初心者マーク衒いがあった。

結局、薬局、安価ではチケットは入手にいらなかった。

番やむを得ず、火照った会館外壁に、僕は左耳をおしつけ、会場に入れなか

った孤独な子羊群れにまぎれて、コンサートを最後まで聴いていた。途中で

Gパンに、STAFFシールを貼り付けた、強面長髪男やってきて、怒られ

ると思ったら、親指をたてウィンクをして去って行った。

一夜限り壁越し音が、ジタバタしたもがきロンリネスが、人生にコ

ントラストを与えてくれた。

頃、尻穴にバットでもねじ込まれたように、音楽が人生を持ち上げてく

れていた。音楽がないと、人生に折り合いがつかなかった。

そうあと10年もすれば。

全身血が騒いでしょうがなかった、アーティストは引退しコンサートはもう

実現してないだろう。

夢から醒めたような世界を、はたしてどう生きればいいだろうか。

そんなことを考えると、青春時代に聴いた音楽という一群れ思い出墓標に

、僕は今前倒しで墓参りしているかもしれない。(笑)

今日はこんなところです。

2018年4月2日

「人生になにひとつ無駄なものはない」

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

「人生になにひとつ無駄なものはない」

この言葉を信じるか、信じないかはその人の才能。

日曜日、仕事で四国中央市へ。

ホッコリした天気模様、うとうとしそうな、うららかなお昼時、大王製紙の煙はまっすぐに空を目指していた。

ここまで来たのだから翠波高原、金砂湖まで何十年ぶりに桜を観にいってみるかとポジテイブを立ち上げる。だが如何せん、ピークをとっくに過ぎた六歳馬の身体は石化つつある(笑)。一方で、行ったことあるやろと悪魔の呟きが、僕をフリーズしたらしめる。

そんなときには脳裏に、学生のころ初めて乗った車、愛車セリカリフトバックがあらわれる。この鉄の塊のような重たい車は、冬場はキンキンにひえて、フロントガラスには霜がはる。さめたお湯をフロントガラスにかけるも、エンジンも一発ではかからず、「チョーク」という、ハンドルの下にあるレバーを引っ張ることで、やっとやっと車の始動にいたるわけであった。

実は、絶滅危惧種ヤンバルクイナとよべる「チョーク」という言葉は1970年代にあらわれた。

日本でプロレス選手のアントニオ猪木やジャンボ鶴田がつかったスリーパーホールドという必殺技をご存じだろうか?相手の背後に回り、腕をUの字にして太い腕でのどあたりをしめつけるプロレス技で、やりだしたら止まらないかっぱえびせんの
ような麻薬技でもある。それが試合中に喉元に食い込むと、やられた方はいてもたまらず、反則技だとアピールのため「チョーク、チョーク」を連発したものだ。

※猪木だけは、あれは本当に締めていた(笑)

この裸締めともいわれる喉締めの技は、悪意の元に進化し、レフェリーの死角で腕で喉仏あたりをたびたび締め付けるようになる。まさにそこには窒息状態一歩手前まで発展してしまう残虐性があった。その世界に観客は安売りの正義を立ち上げ、ヒートアップして、残虐性という生物の持つ本能に酔いしれていたのだ。

えらい長くなり脱線をしてごめんなさい。チョークレバーは、それを引くことで、エンジン内に酸素の空気の流入量を減らし、燃料が濃い状態をつくりあげ、燃焼しやすくなる役目があるのです。

そして、こんな風に僕は、とらえている。

「人生になにひとつ無駄なものはない」=「チョークレバーを引け」

肉体的にも自分で喉を締め上げ(笑)「行くのか」「行かないのか」などとやってみると、「チョーク、チョーク」と叫びながら、次ぎに「行きます」と僕は答えるのだ。自作自演と呼ばれようと、こんなバカなことをしているのは自分だけだと気がついていても、いちおう無駄をやってみる。

先日サンデーソングブック「25周年記念ライブ」招待券応募ハガキを、12時間かけて書いて見事に外れた。何度も書き直した、あの時間は何だったのだろう。

無駄だったという判断は、自分勝手な判断

人生を直線にすると、ありきたりなモノ、色あせたモノ、墓場みたいな無駄のない世界になるだろう。無駄がはいると、人生は立体になる。

東野圭吾さんが、面白いことを書いていた

日常生活の中で、おやっと驚いたこととか、こうだとは思わなかったといった、些細なこと。それが全部小説のネタになる・・と。些細なことを真剣に考えるか、馬鹿にするかどうかなんです。

「人生は無駄ばかりだ」という人より、「人生になにひとつ無駄なものはない」と言う人と食事したい(笑)

今日はこんなところです。

2018年3月29日

年齢を訊かないと、毎日が面白くなる!

ネタ帳ラボ!一期一会

 

 

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

僕は、コンビニの兄ちゃんと仲がいい。毎朝「お疲れさん」、と声をかけるからだろうか?(笑)

 

ファミマに行くと、Tポイントカードお持ちですかと必ず訊かれる。それは僕にとっては「あなた人間ですか」(笑)、と訊かれたような、ひどくうんざりした言葉だ。

 

そして、めんどくさいので、めんどくさい質問をコンビニの定員さんにする。「五割くらいはTポンイントカード使っているの」、と訊くと、手刀をふり紙ナプキンと箸をコンビニ袋に詰め込みながら「いえいえ7割~8割ですよ」、とコンビニの兄ちゃんは答えた。「そんなにか」と心の中で呟き、僕はこうした会話を通じて、世の中が制度に囲われている現実を、確認する。僕はTポイントカードは持たない。

 

日本人で一番ならぬのは「おとしいくつですか?」と会話の中に、白けたムードを差し込むことだ。そこで「いくつにみえます」と話しを膨らます奴に嫌気がさす。それに年齢が上か、下かわかると、序列がついたようで白けてしまう。歳をきかれたら「それは国家秘密です、level5の」、と答えてぜひ会話をきってほしい。(笑)

 

好きな歌手とか、高校の頃どんな曲を聴いていたかなどで盛り上がると、自然とそんな情報は手に入れられるではないか。明らかにしないこと、つつんでいくことは以外な面白さもあるような気がする。

 

人はなにかと心理的に歳のせいにしたがる。動物の中で人間だけが理性のパンツをはいているからだ。だから社会に制限をつくる。

 

制限を変えてみる、たとえば昼休みを2時間にしたらどうだろう。持て余す時間がどうなるのか、そういう変化を空想するだけでたのしい。

 

さて、もう8時半だ。まとまらない・・・汗

 

先日、「前にしていた黄色のネクタイいいですよね」とある女性に言われて、新鮮だった。たしかに「そのネクタイいいですよね」も悪くないんだけど。ただどこかしら使い回した手垢のついた言葉にすぎず、心が波立つまでにはいかない。

 

ところが「前にしていたネクタイ」を褒められる!とどうだ、どこかしら覚えてくれたということかしら・・、友情を結びたくなる気にさせてくれるではないか。

 

もし、燃え立つようないい女に言われたら、俺に興味があるのとだと、早速勘違いし、BGMに円広志の夢想花がながれ「とんで、とんで・・・」を9回繰り返してみてはどうだろう。

 

何歳になっても、僕はどうしようもない男だ。ひとをいい気持ちにするスイッチは、言葉の中にもありますね。

 

今日はこんなところです。

 

2018年3月19日

松山から、荒井由美デビュー45周年コンサートへ

ネタ帳ラボ!一期一会

 

 

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

吉祥寺東急REIホテル、時計は朝の04:29。

夜明け前です。

 

松山から、荒井由美デビュー45周年コンサートへ。

 

==

 

ファーストアルバム「ひこうき雲」(1973年)の世界観が再現された演奏はティン・パン・アレー(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)

※コンサートコンセプトとかはこちらから
一夜限りのプレミアムコンサート荒井由実「ひこうき雲」コンサート
http://www.wowow.co.jp/music/songsfriends/

 

コンサートの場所は中央フリーウェイの舞台。

 

武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ(東京・調布市)

 

 

==

 

コンサート会場は中央フリーウェイの舞台、調布

右にみえる競馬場、左はビール工場

この道は、まるで滑走路

夜空につづく

(中央フリーウェイ )

==

 

音楽の神が、天空から流した涙が、一人の音女神を産み落とした。

 

ユーミンは当時八王子に住んでいた。

松任谷正隆(夫)さんは

車好きで、この道を送り迎えし

このあたりでプロポーズしたんだろうか(^^)

そんなありきたりのことに、思いをはせる。

 

中央フリーウェイなかで

彼女はこの場所を「滑走路、夜空に続く」と歌にした。

 

ユーミンが都会でなくて、八王子に住んでいたというのに興味がある。

彼女の歌は「助手席」で生まれた香りがするからだ。

もしユーミンが車を運転していたら(笑)、イカツすぎて、

強い女過ぎて、世の女性は同調できなかっただろう。

女性は「助手席」が大好きなのだ。間違いない。

 

 

==

町の灯が、やがてまたきだす

二人して流星になったみたい

(中央フリーウェイ )

==

 

こう「助手席」で歌われたら、誰しも心はざわめく。

ユーミン・・・すごい。天才。

 

どこかしら、いまでも新しい。

そういう「助手席」世界感に、何かしら、「私も、私も」が、世の中に

溢れた・・「助手席」争奪戦が起きる、時代背景もあった。

 

そして、この場所でこの曲を聴けた幸せを感じながら

中央フリーウェイを聴きながら

なぜか僕は、バックバンドの夫、松任谷正隆さんをみていた。

男の顔してた、カッコイイ。

 

デビューアルバム「ひこうき雲」は、ユーミンが14歳から16歳に書いた曲がほとんどらしい。「ひこうき雲」の中に、手垢のつかないありのまま
の荒井由実がいて、その熱量にほだされるように、彼女を世に解き放ったティン・パン・アレーがいた。

 

彼女は、年上の男達の用意したヴィークルに素直にのった。

 

松任谷正隆さんがツアーパンフの中で、アルバムづくりでは「彼女はなんでもOK」スタイルと書いていた。ちょっと意外だった。

 

我を通すとか、自分なりのこだわりを貫くスタイルではないそうだ。

 

しかしながら、ユーミンの曲はそうではない。(笑)

 

そこが面白い。

 

女は、決していいなりにはならない。

 

主導権は、どこかしら手放さない。

 

好きな男に陶酔しない。

 

私のすべてをささげますみたいな感もない。

 

ソーダー水のように、はじけて、泡だったところを切り取って恋を音楽に

 

かえていった。

 

一生懸命とか、ドロドロとか、未練とか、涙は禁物。御法度。

 

だが、卒業写真のように、暫く時間をおいて、数年たってからを

 

見事に描く。然るべきときが流れ、ちゃんと恋をふりかえる(ここ大事)

 

悲しいことがあると開く革の表紙

卒業写真のあの人は、やさしい目をしてる

・・

人ごみに流されて

変わってゆく私を

あなたはときどき 遠くでしかって

・・

あなたは私の青春そのもの

(卒業写真)

 

はい男も、脱帽です。

憧れの「助手席」、それは

時に「幸福感」でもあり、

時に「憧れ」は「涙」に変わりもした。

人生を切り取ってくれた、数々のユーミンソングは

遠い記憶をよびおこす。

 

堤防を越えて、涙腺崩壊しながら

コンサートは、至福の時間だった。

これから原点回帰とか、名曲特集コンサートが増えそうだ。

 

音楽のレジェンド達が、自分の持ち時間が少なくなってきて

最後をどのように表現していくんだろうか、

なぜかそれを見届けたいと思ってきた。

そこに、自分の背中を押してくれる何かがある気もしてる。

人生の最後にきかせてくれる音楽

 

それは大衆をひきつけるんだろうか?

今、そういう「初めて」が音楽の世界にある。

今日はこんなところです。

 

2018年3月12日

2020年「5G、8K時代の到来」

ネタ帳ラボ!一期一会

今日は珍しく、私の所属するIT業界のお話をたまにはやりましょう。なんでこれをやらないかというと、行き過ぎた世界も見えるからです。(笑)

 

そうでしょ、FACEBOOKなどのSNSの行き過ぎたつながりに始まり、フェイクニュース、人への批判など、整理するのが大変です。呼吸が苦しい。(笑)

 

日本というのはどこでもテレビが見えなければならぬ。(※NHKの受信料有)まっとう公平に、インフラを整えるのが得意な国。

 

日本人は中流階級が多い。学問への民度は江戸時代から高い。

 

しかるに、人と人が比較し合い、他人の目が人生を良くも悪くも監視している。

 

コンパでは、女性は女性に嫉妬する。男性は女性の外見情報で品定めを始めるが女性は自分より劣っている、女という生きものが、化粧や、ブランド品などで綺麗になると、メラメラと嫉妬の炎が立ち上がり、殺気だつ。そして、翌日から女磨きがスタートし、高齢者になっても女を維持することに余念がない。(笑)

 

負けたくない煩悩の発露。それを人前でみせないポテンシャルもある。(汗)

 

そこに便利な、ネットという恰好のストレス発散という居場所がある。※世界のネットの書込みの内70%が日本語(養老孟司の本より)

 

一方では、誰にでも一定の道徳感や、倫理感や、宗教観は育ち、やがて優しさが生まれ、人のために水のように向かう。まさに、日本の奥ゆかしさだ。
ネットの知恵袋やQ&Aなど「誰かのためになる」コンテンツは世界一。

 

そしてこのタイミングで、2020年「東京オリンピック」到来!

 

「5G、8K時代の到来」

 

現在の4Gに比べて通信速度は100倍、容量は1000倍になる。なんでもデジタルデーターが短時間で手に入るだろう。そこを目指して、楽天も参入してきて、再びの戦国時代の予感。

 

4Kのテレビなんて自宅にないのに、スマホが8Kの違和感。将来は空中にスクリーンが飛び出すという専門家スマホで高画質CMになり、テレビの方が画像がワルイ世界(オヨヨ)

 

思い出してください。

1G・・自動車電話が登場し、肩かけショルダーフォンへ。※都市圏のみ

2G・・デジタル方式。メール可能、ポケベル・PHS

3G・・いわゆるガラーゲー、iモードのコンテンツ

4G・・現在。スマホ時代

 

今まではテキストで届いた情報が、動画に変わる。

 

『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)が発行部数が200万部へ

テキストとわかりやすい漫画というコンテンツがうけた。

 

今だから受容れられる世界観。

人はテキストだけでは飽きる。それを補完する絵がわかりやすいのが特徴。

まるで居酒屋のメニューが、写真付でないと駄目なように、ね。

スマホに育てられた若者のハートは、見せ方次第になってきている。

 

なんとなく視聴してきた、YouTubeなどの動画が、主役にやって来た。

 

Instagramの「ストーリーズ(Stories)」

通常のフィードとは別枠で短い動画や写真を気軽にシェアOK。

24時間で自動消滅する。

 

消えるという面白さ、いつまでも残らないという

「うざい」痕跡を消すしたたかさ

それでも、一瞬でも映像はのこりやすい。

 

いい女とはなんだろう。

 

それは外観の一撃だ!(笑)

 

そういうことがいいたいのです。

 

まだまだ、話したりないのですが、無用な長さになりそうなので

 

今日はこんなところです。

 

2018年3月5日

松本清張の「動機」へのこだわり

ネタ帳ラボ!一期一会

今更ではあります、僕は松本清張を読み始めた。なんだこれは、流れる時間がここちいい、あっという間に夕方が来る。

 

少しあたたかくなり、カッターシャツになった僕。その胸のボタンを開いて、彼は何の衒いもなくメスをいれ、胸を切り開いてゆく。心臓の地金を木槌で軽快にたたく。ひとしきり形を整えたら、サンドペーパーで磨いて僕の一握りしかない感性をピカピカにしてくれるのだ。

 

「黒革の手帳」を読んでいる。

となりには、コナコーヒーが独特の香りを奏でている。

 

描写が丁寧で、主人公のハルエの生活が脳のスクリーンに動画で再現される。それが映画のように思えるのは、映画カメラのアングルを意識しているような、高低差のある視線の描写が秀逸だからだ。

 

日本の探偵小説のトリックを、江戸川乱歩、松本清張、横溝正史が喰いつくしたのは間違いない。(笑)

なんで松本清張が面白いのかが、やっとわかってきた。

 

主人公の生活が丁寧に書いてある。なぜこんな生活をしている人が、犯罪を犯すのか、その「動機」を登別温泉に浸り、のぼせる手前まで、懇切丁寧に書いているからに違いない。まあ、登別温泉でなくてもいい。(笑)

 

「動機」は人を動かす。そこに秘密のスイッチがある。

 

恋人同士なら、なぜ僕は彼女を好きになったのか。その動機は必ずある。だれでも、そこが知りたい。

 

いきなり、答えの説明では面白くない。

 

「じらしくれないと」僕は燃えない(笑)

 

3月1日から就職が解禁された。

 

面接で一般的に最初に志望動機をきく。ダメでしょ。

そんなんじゃ、推理小説の犯人は口を割らない。

 

もしも松本清張が学生の就職面接官だったらなにを聞くだろう。

 

家族の事や、親孝行の話しなどして、胸襟をゆるめるだろう。

 

そして「どんなアルバイトをしていましたか?」などとざっくばらんな話しへ。

 

次ぎに「アルバイトで貯めたお金で何をしましたか?」という質問をする。

 

この質問で、相手の深層心理とか人物像は結構出てくるに違いない。

 

動機というのは恋とか、お金とか、人間関係とかに起因することが多い。

 

人は他人の「動機」に興味津々だ。

うそじゃない、恋バナや趣味など、動機を教えてと居酒屋でやれば

朝まで話が尽きないのですから・・。

 

松本清張を一冊読みましょう。

僕は次は「点と線」であります。

 

2018年2月26日

ガードストーンを置こう

ネタ帳ラボ!一期一会

平昌オリンピックでの日本カーリングの銅メダルおめでとうございます。

 

松山の伊予鉄スポーツセンターにもカーリングレーンが1レーンあるらしい。

(OPEN時期限定?)知らなかった。

 

ちょっと調べると専用リンクは全国で11か所、通年利用可能は4箇所とのこと。

競技人口も3,000人程度。

 

オリンピックのカーリングの番組。3時間という長いゲーム。見ていて面白かった

のは、ガードストーンの存在だった。

 

ガードストーンは、どこかしら犠牲者的な存在で、実社会でもリアルに粗末に扱われて、簡単にはじき出されるイメージがある。

 

しかし、ガードストーンは、ラストショットで輝きを増す。自陣の石をはじき出されないための最後の砦のボディガードになる。このゲームをドラマにかえる助演の賞のような感じだ。

 

緊張・難解・ガードがなくなった未来の構図など、いろんな場面で勝負をおもしろくする。捨て石のようなガードストーンの深層には魅力がつまっている。

 

さて、人生つまらないときは、「つまらない」自分の前に、ガードストーンを置いて「つまる」状況にするのはどうだろう。

 

だからといって、ガードストーンは煩悩とか、敵対するものとか、そういう自分を悩ませるものではない気がする。

 

どちらかというと美味しいものとか、旅行とか、恋とか、趣味とか、そういうものではないだろうか。

 

ちょっくら風邪気味で、微熱のため

今日はこんなところです。

 

2018年2月19日

小平奈緒選手、金メダルおめでとう

ネタ帳ラボ!一期一会

8時ちょうどの、あずさ二号で

私は私はあなたから旅立ちます。

 

小平奈緒選手、金メダルおめでとうございます。

なぜか、500mで彼女が金メダルを取って、彼女の地元、相沢病院や、信州大学がある、松本・諏訪辺の事が頭をよぎってしょうがない。

 

国鉄の特急あずさに乗って、僕はなんど新宿、長野駅を往復しただろう。

 

出発駅の新宿の火照った駅ビル。すえたあせ臭いビジネスマン、ハマトラからニュートラに変わったOL、ごった返した駅の人波は佃煮のようだった。無駄にざわめきが涌いている新宿駅の光景を車窓から見ながら、木島平にログハウスを一人で建てているおっさんの夢を、僅かばかり手伝うために、20代後半から4年間くらい夏休み、冬休みは必ず木島平を訪問していた。

 

もちろん交通費は自腹、毎度ボランティア。オーナーは大阪でLIVEハウス(JAZZ)をそのまま、木島平でやるのが夢だった。そして、その夢に巻き込まれた家族の苦労は、なんども僕の胸を抓ったもので、涙物語りの本線をいくものだった。

 

天井の断熱材をはめたり、水道をひくためにスコップで穴を掘ったり、ともかく肉体労働がつづく日々。それでも、朝牧場まで30分歩き味わう牛乳、オーナーの息子二人にトランプマジックみせてあげた昼食、奥さんの夜のおいしい食事、そして信州の日本酒。おまけに秘境の馬曲(まぐせ)温泉の露天風呂。その時間たちに囲まれ、僕は何かしら満ちたりていた。

 

行く度に自衛官の人や、大阪のバンドマンや、ともかくまった女っ気がないメンバー達(笑)。そこ抜けに楽しい男達の数日の夜があった。僕も、東京からつれだって、友達をよく連れて行った。

 

こういったボランティアメンバー達の応援する思いを下敷きにして、基礎工事から、地下室で家族が暮らせるようになり、1F、2F、屋根裏と完成して行く。そこまで着工してから3年。なんども資金不足に陥っては、資金を集める自転車操業の繰り返し、とうとう雪で仕事の進まない冬場はマスターは歌舞伎町で小さなバーを出したりもした。焦っていたようにも思えた。

 

出会ってから約4年の月日が流れ、1Fのホールにステージができてピアノやドラムセットが持ち込まれた。70%くらいの完成度でありながら、50名は泊まれるログハウス。冬場はスキー客で週末は満員になっていった。家族は意気揚々としていた。

 

思い出したくない悪夢の日から何年たっただろう。僕は、再び大阪堂島でログをつかったLIVEバーをはじめたマスターと会った。どでかい夢までのっけたログハウスは、薪ストーブの熱処理がわるく、完成まで残り10%というところで出火し消失してしまっていた。

 

酒をのみながら、60歳を超えたマスターは「もう1回再建する」と意気地を込めて語っていた。

 

そして、不死鳥のように彼は立ち上がり、孤高に木島平に作業小屋をたて、一人で小さなログハウスを建てようとしたが数年後挫折してしまった。

 

「夢は必ず叶う」

「人間は何度でも立ち上がれる」

 

そういう思想は人間が考えだした最大の虚構だろう。まぼろしだ。そして97%の人は、こんな物語を訊きながら、アクセルを踏まずに星になる。それでも、狂うというイデオロギーに殉職することができるのは、幸せかも知れない。

 

司馬先生が幸村にこんなこんな言葉をしゃべらせている

 

幸村は、男はたれでも、自分の才能を世に間うてみたい本能をもっている、といった。男が世に生まれて生きる目的は、衣食をかせぐためではなく、その欲を満たしたいがためだ、ともいった。「むろん、煎じつめれば、それも所詮、屁のようなものさ。しかし、その屈のようなものも当人にとってみれば、たいそうなことだ。ひらずに死ぬのかと思うと気が狂いそうになる」

 

小平奈緒選手31歳、どうやって彼女はアクセルを踏んだのだろう。

 

「夢は必ず叶う」の言葉は、どう扱ったのだろう。口にも出さず、金庫にいれていたのだろうか?

 

朝一、メルマガを書いているとあっという間に配信時間の9時になってしまう。(笑)

 

スポーツの縦関係というのは、いつまでもつづく落語でも師弟関係というの根強い

 

そこは垂直軸が、姿勢をただすような謙虚さを産み出すしている。ひとつの思想なのか、つきつめれば宗教ともいえるほどなのか・・・

 

金メダリストの孤高の心はどうなっているんだろう

 

小平奈緒選手の茅野っていいとこですよね。

 

白樺湖でSQUAREのスキーツアー企画したな・・とか

三井の森蓼科の白樺のゴルフ場は最高だったなーとか

茅野から八ヶ岳をぬけるドライブコースを一人で走り抜けたなとか

 

今日はこんなところです。

 

2018年2月13日

平昌オリンピック、高梨沙羅のリベンジ

ネタ帳ラボ!一期一会

平昌オリンピック 開幕。日本も寒いですね。

 

「こんなの中止でしょう、と心の隅で文句を」と、マイナス10度を下回る極寒の中、葛西選手。「今年は夏にカメムシが大量に出たんで、冬は大雪になるよ」と、親戚の従兄の予想は見事に的中した。(^^;)

 

僕が体感したのは、ニュンヘンの-25度。鼻毛が凍り、痛かった。暖房の店内に入り、鼻が痒くなり。鼻毛をぬいたら、あれー!!鼻毛が30本ぐらいとれたのを思い出す。どうでもいい話だ。(笑)

 

人間の好運と悪運の量が同じなら、日本の冬季オリンピック通算金メダル9個(団体を1個として)は、合点がいかない。世界選手権で何度優勝しても、運がなければオリンピックの金メダルは獲得できない。

 

日本を応援する時に、どうしても他国のミスや不幸をよろこぶ心が、どこかしこで芽をふく。(^^;)それだけは、やってはならないと思っても、詮無いことだ、煩悩は消えない。(笑)

 

さて、高梨沙羅さんがノーマルヒルで銅メダルを獲得。彼女は4年前の素朴な自分を断ち切るように、アイラインをくっきり入れ女の色気を放った。外見情報で「いい女」を品定めする男性が騒ぎだし、女性までが「女が女に」どこか嫉妬していた。

 

「ありのままの自分が好き」とか「化粧を落とした素顔をみたい」、男はそんな古文書に書いてあるような台詞を吐く。なりませぬ。虚飾とか、見栄とか全部はぎ取った女性なんて存在するのか、女性はオシャレをして、自分の輪郭をハッキリとさせるのだ。ブランド品は自己回復ギフトであり、スマホのケースなどの附属品を含めて、自分自身なのだ。

 

メルマガを書いているとNHKに高梨沙羅選手が登場。根っこは「素朴」なんだと思わせてくれるインタビュー、何か憑きものがとれたような顔に、僕には思えた。さあ、4年前のリベンジへ、薄紅のルージュをひいて、次はラージですね。

 

そして次ぎに、モーグル銅の原大智選手が登場。僕は、なぜか単純な理由で彼が飛び出してくるのではないかと思っていた。彼はテレビの画面で見て、誰もが選択しない一番右のコースを選択していたからだ。上村愛子選手がソチでこの右コースにこだわったいた。里谷多英選手が長野で金、ソルトレークで銅を獲ったときも右コースだった。なにか、神様がいる予感がしてた。

 

そんなことをあれこれ思いながら、萩本欽一さんが、知恵を振り切ってアイデアを出さなきゃいけないときには、普通の人が寝ている時間に努力します、と本で書いてあったのを思いだした。昼間だと、神様は誰に運をあげたらいいかわからない、だから人数が少ない深夜がいいんだと・・。

 

ヒラリと宇宙の果てからアイデアが落ちてくるような感じで、それをつかんがだ時に、凄い運が来たって自信がもてるんだと・・。

 

さあ、高梨沙羅選手(銅)、高木美帆(銀)のリベンジがみてみたい。

 

絶望の壁にはじかれ、人生の黄昏に包まれたような孤島に流された。

 

私たちをなじった言葉の数々、本音を吐いたらきらわれそうだと思ったみじん切りの心。

 

何百の疑問符を、夏空のベランダに干してきただろう。

 

今まで傍観していた人たちが、吸い込まれるようにコレはなにか起きそうだと、意味ありげな顔をつくりはじめた。

 

僕の安っぽい洞察力・・

 

冷たく凍りそうなシャワーをあびて、

女のリベンジがおこりそうな気配だ・・・。

追記)女子にラージジャンプはありませんでした。すみません(^^;)

 

※金メダル 参考資料

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2014年 ソチ五輪
羽生結弦
フィギュアスケート男子

2010年 バンクーバー五輪
該当者なし

2006年 トリノ五輪
荒川静香
フィギュアスケート女子

2002年 ソルトレークシティー五輪
該当者なし

1998年 長野五輪
船木和喜
スキージャンプ個人ラージヒル
岡部孝信
斎藤浩哉
原田雅彦
船木和喜
スキージャンプ団体ラージヒル
清水宏保
スピードスケート男子500メートル
西谷岳文
ショートトラック男子500メートル
里谷多英
フリースタイルスキー女子モーグル

1992年 アルベールビル五輪
荻原健司
河野孝典
三ヶ田礼一
ノルディック複合団体

1988年 カルガリー五輪
該当者なし

1984年 サラエボ五輪
該当者なし

1980年 レークプラシッド五輪
該当者なし

1972年 札幌五輪
笠谷幸生
スキー70メートル級ジャンプ
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2018年2月5日

日曜日は、山下達郎さんの65回目の誕生日

ネタ帳ラボ!一期一会

日曜日は、山下達郎さんの65回目の誕生日。

 

サンデーソングブック「山下達郎特集!棚からひとつかみ」を聴きながら、日常に、生きている実感を感じる午後。

 

18歳で達郎ファンになった。言葉を尽くしても説明できないほどの人生の潤いを、得てきた。

 

たとえばこんな感じ。

 

2012年9月2日

 

30年ぶりに夏フェスに達郎さんが出演することとなり、松山から車を飛ばして僕は山中湖に駆けつけた。「夏フェスは最初で最後かもしれない。野外で達郎サウンドを夏のLIVEで聴いてみたい」、胸がヒリヒリして止らなくなり、この世ならざるモノをみたいという気持ちは、過剰で、狂るおしいモノとなり、心に噛みついてきて増殖し制御ができないほどになっていた。

 

夏フェス山中湖湖畔。会場の大多数の若者は初めて見る生の山下達郎。達郎さんは登場すると、挨拶代わりよろしく夏フェス用インスト「LOVELAND、ISLAND」を演奏。

 

「ようこそ」と祝福するように奏でられた、山下達郎の世界観。そして「こんにちは、山下達郎です」と気合いの挨拶。僕には、その声が若いアーティストへの挑戦状のような聞こえた。

 

(中略)

 

12時間以上一人で四国松山運転してやっと逢えた、達郎サウンド。号泣きだった。情けない(笑)まさか、まさかSPARKLEにこんなに泣けるなんて思わなかった。

 

人生が「つまんない」とき。「つまらない」ものを「つまる」ようにすることが大事なようだということを知った。そう、かなり無理して自分を「つまらせて」山中湖まで来たのだ・・。

 

こういう時に神様は、人生の双六で、ジャンプポイントを用意してくれている。それを実感した瞬間だった。

 

そして、それだけの見返りがある、対象というのはそうは人生でお目にかかれない。ただ僕にはひとつだけある、それが達郎さんだ。

 

そして、エンディングへ

10. RIDE ON TIME

 

(中略)

 

達郎さんのギターのイントロに、エレピの難波弘之 ( キーボード )がリズムを重ねて行く。

 

キーボードの難波さんの髪型も何十年も同じというのもすごい(笑)そう、変わらないもののすごさ。ここにもあり(^^;)阿吽の呼吸で何十年のコンビが紡ぎ出すRIDE ON TIMEのイントロ。

 

ギアをローからセカンドへと、クラッチを踏んであげていくようなアナログの疾走感。

 

抜き差しならない日常に、くだらないことに拘泥している心に、立ち上がれ、立ち上がれ、と信号を送ってくる。

 

そして夏の終わりの夕暮れのラスト。プレシャスなひととき。ラストに「サヨナラ夏の日」が流れた。

 

夏の火照りとともに、達郎さんが天空に押し上げてくれた孤独。まるで、その孤独が、絶望と挨拶を交わし歩き出してゆくようだ。

 

体の隅の隅まで、音楽に満たされるというのはこういうことだろうか。細胞がリブートしたような感覚、体のどこかを押すと「ドミソ」と音がしそうな程だ・・・。

 

僕は2012年の夏、その次の出番のperfumeを観ることもなく松山に向けて、山中湖を後にしていった。

 

そして、達郎さんは65歳。年金受給者ですと笑いをとっていた。あと、何度コンサートに行けるだろうかと考えると、寂しい気持ちになる。

 

今日はこんなところです。

 

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