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2017年1月16日

毎週月曜日メルマガスタート。15年目に突入

ネタ帳ラボ!一期一会

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2017年【情熱の嵐3】毎週月曜日メルマガスタート。15年目に突入です。

ここまで来ると、「やめられないとまらない」かっぱえびせん。(1964年発売)

ちなみに、ニコチン並みの常習性を持つこのお菓子の発端は、カルビー創業社長が、広島の川で捕ったエビをかき揚げにして食べていたという海老好きに由来しているらしい。(ネタ元:ウィキ)、日清のカップヌードルも創業社長が海老に執着したとプロジェクトXで言ってたけど、海老はヒット請負人ともいえるかもね。

よく講演会の講師が、1,000円札の裏側になにが書いてあるか?10円の絵柄は何かと?最初にブレークショットとを放つ・。あなたは海老の足が何本あるか知っているだろうか?答えは20本(ハサミをいれて)。甲殻類は足がハサミいれて10本らしい。

そうこんなことは、どうでもいいことだ。ただ、人生はどうでもいいことに埋もれているのも間違いない。

エジソンが発明した白熱電灯は、フィラメントの素材なかなか見つからず、何千もの素材を試していたらしい。木綿糸にタールを塗ったものをフィラメントに使って45時間持つところまできたがそれでは実用性が足りない。ある日お土産にもらった、扇子の骨に使われていた竹をフィラメントに使ってみると、連続点灯時間が200時間を越えた、エジソンは世界の竹を1200種類集めようとした、採用された京都の真竹は1200時間という連続点灯時間をたたきだした。その時エジソンの研究所にいた藤岡市助は、日本に戻り、白熱電球製造を志す。それが東芝の一翼を担っていくのは案外知られていない。

土曜の夜寝れなくて、夜中の3時にJOYFULLで本を読んでいた。脚線美の誘惑といえるほどの若い二人組のお嬢様タイプが店内に入ってきた。こんな時間に何をドリンクバーで飲むのかなと思って観察すると、二人ともメロンソーダだった(^o^)、紅茶か珈琲かと思っていた僕は裏切られた。ちょいと考えた、「このメロンソーダーの味はコンビニで買えるだろうか?」観たことがない、ペットボトル1本は飲めないんだろう(笑)

子供のころデパートで飲んだクリームソーダーは今も鮮やかに蘇る、なぜかチェリーがはいっていた?なぜだ?そして、その軸を舌で結ぶことに執着した。君も、あした彼女と喫茶に行って、彼女とチェリーの軸を舌で結ぶことに挑戦したまえ、そこにセクシーが存在するかを確かめるのだ(笑)。狂っている、そうだ俺は壊れかけが好きだ。高校生はこうやって舌を鍛えるのだ・・エロすぎた(笑)。

人はどうでもいいことを無視し、どうでもいいことに悩まされる。それを教育でもやるから質が悪い、小学生にあがるまえに「一年生になったら、一年生になったら、友達100人できるかな」なんて子供に歌わせる。100人も友達できるわけないやろ(笑)

毎日日記をつけろと言われて、夜つかれているのに、悩む。ネタがないなら、寝た方がええやろ・・・(笑)こんなことをしているから鬱になる。ダメ出しがらはじまり、自分が好きになれない。

2017年どうでもいいことを時にあっけらかんと無視し、時にこだわり、頑張りましょう。

2017年1月7日

四国お遍路88か所結願!

ネタ帳ラボ!一期一会

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四国お遍路88か所を12月10日(土)に結願しました。

結論から言えば、「あなたは、あなたの今を生きろ」ということの深掘り掘削作業がお遍路。

過去も未来もない、悩み抜いて、今を肯定して生きよう、そういうシンプルにおちついた。病気なら、病気のありのままの自分を悩み抜いて生きようということ。

鮭がなんで元の川に帰ってくるか、それは鮭におたずねしてもわからない、鮭はただ今を一生懸命必死で生きていて、一生必死で泳いだら生まれた川にもどってくるんだろう。そのメカニズムを論じてもいたしかたない、人は同じような事を日常でやってしまっている。ありのまま今を生きるシンプルでイイ、やっていれば元の川に帰れると信じれるのは才能だ。

人間は同じポテンシャルを持って生まれてくる。子供のころから1万時間同じことをやっていたら、プロという領域に達する人は多いだろうし、フランスのバーゼルあたりにすんでいれば、フランス語、ドイツ語、英語、イタリア語の4カ国語くらいなんなくしゃべれるだろう。

神様は自分に必要のないものは与えてない、そう割り切ったらどうだろうと思えてきた。「今もってないのは、必要ない」それでいいではないか、そう思えるのも才能で有り、才能は運命と同義語だと思う。自分の今を信じて、悩み抜いて 勝負をかけるのだ。「悩む」の先に「考える」がうまれ、情熱という無敵がたちあがる。

いろいろな教えは自分の中にあるだろう、ただし自分探ししても出会えない、ココが肝。自分の中に真理や悟りを持ってないからね(笑)。教えは自分の外にある。そのひとつの考え方や体験として、キッカケとしてお遍路がある。1,200年お遍路は続いている。

毎日、出会うのは他人だ。関わりたくない他人に関わらないと、人間は変われない。他人は10人中9人が敵だと思う。他人に理不尽の饅頭を食わされ、心に土足で入りこまれ、他人にボコボコにされる。それでも、そんなときにね、一人が味方をしてくれたらどうだろう、僕は生きていけれるのだ。その一人と出会える、出会えないかがどんだけ大事か・・・。9人が敵をやり過ごせばきっと味方に会える、そう信じて今を進むしかないよ。きっとその一人は、優しいだろうね。

世間で「私は一人が好き」という人がたくさんいる、嘘だ(笑)砥部動物園のカバの口にでも頭をいれて、喰われてしまえ。山の中で自給自足で、ネアンデルタール人とでも暮らせば良い。ほんと、だれかと一緒にいた方が楽しいよ、病気でもしてみればわかるくせにね・・・。この往生際のわるい奴、素直になろうよね。

お遍路で、お遍路転がしといわれる岩屋寺を登ったときに、同行二人の杖のありがたさを知った。ひとりじゃないというのはありがたい(お遍路ではお杖はお大師様)。本堂にお参りして本尊の前では、その場所では嘘をつけない空気があった。お遍路はそういうところが面白い。だから不思議と自然に本尊の前では「謙虚」になれた。これは一番の収穫だと思っている。

16回のお遍路バスツアー、この世ならざるものここにあり。

「おかげさまで少し謙虚になれました、無事結願ありがとうございます」と僕は最後にお遍路で手を合わせた。

「おかげさまで」イイ言葉ですね。

ありがとうございました。

2016年 お遍路関連 読書リスト

空海
『三教指帰』  むずかしいけど、お遍路の原点

佐藤光代
『 私のお遍路日記』 これを読んで僕にもできるがうまれる

家田荘子
『四十八カ所 つなぎへんろ』 お遍路日記、極道の妻編(笑)

平幡良雄
『四国遍路 』 ※いつもお遍路に持参、年代本

五木寛之
『親鸞(上)』  親鸞は読み出すととまらない
『親鸞(下)』
『親鸞 青春篇(上)』
『親鸞 青春篇(下)』
『親鸞 激動篇(上)』
『親鸞 激動篇(下)』
『大河の一滴』  名著!
『自力と他力』  他力とは他人の力じゃない!!

梅原 猛
『歎異抄』  はい、親鸞はこれでよくわかります

司馬遼太郎
『空海の風景(上)』  最澄と空海を比べたような本
『空海の風景(下)』  司馬ワールド

森三樹三郎訳
『荘子』  ところどころかいつまんで読んでます。人生の名著!!

ドリアン助川
『老子』  親近感あり

金谷 治訳
『論語』  いまだ読破せず・・根性ひつよう

守屋 洋
『孟子』  吉田松陰先生の原点
『韓非子』  うーん経営者はご一読を、人間は弱い
『菜根譚』  田中角栄愛読書、政治家必読書
『孫子の兵法』  文句なし

池上彰
『 池上彰の宗教がわかれば世界が見える』 基本わかる

その他
孫子兵法大伝 DVD 17巻 あっというまに観れます
お遍路 ロード88

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あと20冊くらいあるけど(..;)、手つかず今年読みます。

2016年12月5日

ビレッジバンガードがつまらなくなってしまった。

ネタ帳ラボ!一期一会

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「遊べる本屋」ビレッジバンガードに久しぶりに出かけた。店を出て「つまらない」と空に言葉を投げた。

あの日初めて行った、へんてこりんな本屋か本屋でないかわからない店で僕はA4サイズの電卓を買った。(笑)ベストチャートに入ってくるような本でなく、店員の知識や情熱や息遣いが感じられるPOPがお気に入りになった。遺跡発掘調査のような胸の弾みがそこにはあった。「あっ、20歳の美人の化粧道具発見」みたいなね。だから、ちょっと人生の折れ線グラフが下を向くと、店内に流れるCDを1枚買って、本を数冊買うのが僕の自己救済だった。

されど数年前の店とあまりに風変わりしていた、いや本当はビレバンは何も変ってないのかもしれない、変ってしまったのは俺の方かもしれない。

確かにビレッジバンガード はその出店場所を巨大ショッピングモールに移してしまってから、モール病になってしまったのかもしれない、店先を通る多くの女性の顔色をうかがい、どこか大衆に迎合し、POPのペン先まで錆びてしまったようにも見える。連想ゲームのように、例えば旅の本のPOPの近くには、南国のホテルから取り外してきた電話や、スーツケースがおかれ、ムーンサルト「後方二回宙返り一回ひねり」みたいな技の伝授が売り場にあったのだが、人間の慣れというのは、幸せも不幸もひっくるめて「あたりまえ」の世界となり、薄型テレビがもうこれ以上薄型にならないところもまで来てしまったのかもしれない。

ビレッジバンガードは年をとってしまった。20代の燃えるような夏はもうこないのだろうか。大学の時28日間沖縄周辺を貧乏旅行した。与論島のサンセットビーチの頭上をプロペラ機が着陸していき、俺達は焼けた砂の上を素足で「あちち」とあるいていた、ビーチでは山下達郎のFOR YOUがモノラルのトランペットスピーカーから流れていた。昼食はビーチの屋台にインスタントラーメンが売られていて100円だった。あの場所で飲んだバドワイザーの脳天から抜けるようなうまさだった。ヒリヒリして、凍てつく体にしみこんだコパトーンの甘い香りに、俺達は自己陶酔できた。

昔ビレッジバンガードに売っていたモノは日常ではなかなかお目にかかれなかった。ところが世の中にFACEBOOKやTWITTERなどのSNSが登場し、国民総キュレーターの時代が到来し、AMAZONではの購入者のレビューは見事に的を射貫き、情報の洪水の中で、そのチョイスの「洗練」はエッジのキレを失った。

この「洗練」という奴は、日本人の得意技だ。日本人は鎖国からはじまり、武道や学問もたしなんだ。日本には日本独自の共同体という仲間意識があって、そこに外国人や、宗教や、違う言葉がないから、仲良くも知性が競争しあい、抑圧の中で技術は共同体の中で「洗練」 され「改善」されながら伸びていいった。そして、その味を高度成長時代から味わってきた僕たちは味わい、どうやら舌が肥えてしまったようだ。

モノが売れるのはチラシやPOPではなくなってきている、FACEBOOKやTWITTERやInstagramのようなSNSが圧倒的なスピードと親近感で世の民くれにせまってくる。そしてそれらは、大手のデパートでも今やモデルを雇わず、ショップの店員さんがモデルになってSNSでその着心地を伝えてくる、圧倒的なスピード感、その店員さんと会える面白さ、その店員さんとSNSで友達となりつながることで得られる情報、スマホでとられる動画。ショップの店員さんが数千人のフォロワーを持つことのポテンシャルは恐ろしいほどだ、ここに大差がつくともうその差は開く一方だろう。

そして情報の受け手であった、消費者の感想が、時には親友の感想が世の中をさし抜いている。凄い時代だ。まだ、世の中の経営者はそれを甘く見ているので、僕の活躍の場面もそこにあるんだろうけど、今度2年ぶりくらいにそんな総括のイベントでもやってみようかな・・・などと年の暮れに考えている。お遍路88カ所結願祈念でね(笑)

古い考え方は捨てないとムーブメントは起きない。僕たちは、自分を上書き保存して生きなければならない時が来ている。変ってないのは、自分だけだと気がつかないとね(笑) おわり

 今日は、こんなところです。

2016年11月28日

結局は女性には勝てない

ネタ帳ラボ!一期一会

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おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

 スタバの新発売のプリンは相も変わらず、開店とともに売り切れているらしい。なにごともない平和な世の中で、OL、主婦という女性は、女性という性を楽しむ術を100%フルに早朝から発揮できるようで、末恐ろしい。

 セブンイレブンで「水ようかん」を買い、ローソンで「京挽ききなこくるみ」、サンクスで「濃厚焼きチーズタルト」、そんな彼女を観察している俺は変態の域を生きていて、今やこの観察は興味深い遊びでマイブームとなった。(笑)しかし、残念なのはこれらのモノを手早く仕入れ、手裏剣のように手土産で配ると、一瞬で男の株が上がり、妻にでも買って帰れば夕食のおかずが一品増えそうなのに、世の
中の男達の考えはそこまで及んでいない。男は鈍感なのだ。

 この際、これらのスイーツを撲滅すれば、この世の女達の元気を一網打尽に根絶やしできるかもしれない。しかしスイーツインフルエンザか流行るか、「えらい太ったね」が流行語大賞でも取らない限りそれは難しそうだ。コンビニが悪い、女を元気にのさばらしているわけだ。

 失恋すると男はダメだ、いつも通り朝食など食べれない。いい女は違う、失恋しても、ちゃんとトーストを焼き、マーガリンを塗り、珈琲をいつも通り入れていつも通りのルーチンを崩さない。こういう女性は伝説のアルビオンのいい「スキコン」という女の武器を持っている可能性が高く(笑)、失恋しても愛用品が顔にハリをもたらしてくれることを頼りにしているだろう。こういう女を男は結婚相手に選びたいモノだが手強いだろう。

 そういうときはドライブにでも連れ出して、スタバのスノーピーカンナッツフラペチーノをドライブスルーで頼み、安室奈美恵の「Love Story」や「ALL FOR YOU」でもさりげなくかけてカッ飛ばすのも良いかもしれない。まあ・・小さな親切、大きな下心で一瞬のうちに玉砕されるかもしれないけどね。

 今日は何を書いているのか、思いつくままのメルマガなのだけど。

 女性は失恋したときにいろんなことをしますよね、友達に話を聞いてもらう、美味しいモノを食べる、めちゃめちゃ忙しくするなどなど・・・でもできないのは「メアド、携帯番号を消す」こと、もしできたとしても頭の中の思い出、未練、執着は消えないに違いないけど。失恋すると、恋の痛手は女性の方がぽっかり穴が空いてしまうようで・・・それを助ける女友達は本当にたくましく勇者のようで、女の世界に男達は勝てません。

 そして、時がたてば女は自分をワードの上書き保存のように塗り替えて、立ち上がっていく・・・

 僕はつまらないことがあると、ジューススタンドの釣り銭のところに自分で100円いれて、誰かがおつりで100円得したを覗きます。女性のリアクションは面白いです、恥じらいながらラッキーの温度の受取り方が違います。やってみてください・・(笑)

 結局は女性には勝てないという結論で今日も終わりです。

2016年11月21日

無駄な金と時間は僕の個性なのだ

ネタ帳ラボ!一期一会

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人生は無駄な金と、無駄な時間でできている。

無駄の中で個性は生まれ、無駄が母のように個性をはぐくむ。

無駄の敵はなんだ、競争、結果、効率という時代が求めるものだ。

集団という群れの中で、安住の地を探すのは楽だろう、でもそんな居場所にいる人がダメだというわけでもない。むしろ、その中に幸せである人はたくさんいて、僕には羨ましい。集団にいても、旅に出ると、旅のインプットは見事な彩りと、グラディエーションを放ち「物事の味わいを感じ取る能力」を覚醒させてくれるだろう。

2016年、僕は群れの中から飛び出てお遍路を廻った。一人も知っている人がいないというのは心地よい。

うるう年で、88番札所から1番へと逆に巡る「逆打ち」

60年に一度の丙申(ひのえさる)

弘法大師・空海のご利益が3倍になるとの言い伝えがあるらしい。

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それは初めてお遍路周りをした衛門三郎の故事に由縁があります。

伊予国河野家の一族で、砥部の運動公園からほど近い、文殊院で豪農である衛門三郎という者の物語です。欲が深く、情け容赦なく農民に接する、この男の前に、みすぼらしい僧が現れ、托鉢を行います。八日目、衛門三郎は、怒って僧が捧げていた鉢を竹のほうきでたたき落とし、鉢は8つに割れてしまいます。そして僧も姿を消します。実はこの僧は弘法大師でした。

三郎には8人の子がいましたが、その時から毎年1人ずつ子が亡くなります。8年目には皆亡くなってしまいました。悲しみに打ちひしがれていた三郎の枕元に大師が現れ、三郎はやっと僧が大師であったことに気がつきます、そして自分は何という恐ろしいことをしてしまったものだと後悔するのです。

三郎は懺悔の気持ちから、田畑を売り払い、家人たちに分け与え、妻とも別れ、大師を追い求めて四国巡礼の旅に出ます。二十回巡礼を重ねたが出会えず、大師に何としても巡り合い気持ちから、今度は逆に回ることにしました。ところが、巡礼の途中、阿波国の焼山寺の近くの杖杉庵で病に倒れてしまいます。死期が迫りつつあった三郎の前に大師が現れました。三郎は今までの非を泣いて詫び、「望みはあるか」との問いかけに「来世には河野家に生まれ変わりたい」と託して息を引き取るのです。大師は路傍の石を取り「衛門三郎再来」と書いて、左の手に握らせます。それは、天長8年10月のことです。

翌年、伊予国の領主、河野息利(おきとし)に長男が生れるました。その子は左手を固く握って開こうとしません。息利は心配して安養寺の僧をよび、祈願をします。すると赤ちゃんはやっと手を開き、手の中から「衛門三郎」と書いた石が出てきました。その石は安養寺に納められ、後に「石手寺」と寺号を改めたます。石は玉の石と呼ばれ、寺宝となっているそうです。

衛門三郎は妻と別れの水盃をかわし、死に装束ともいわれる白衣(びゃくえ)に、手には手っ甲、足には脚絆、頭には魔除けの菅笠をかぶり、右の手に金剛杖を持って旅立ちました。この出で立ち姿が、お遍路さんの姿となります。

巡礼したお寺に紙には自分の住所、氏名、年月日を書き、お札をお堂にはりました。これが、お納札になったそうです。(自分の居場所を弘法大師に伝えるため)うるう年の巡礼者は通年の数倍に上るともいわれる。しかも逆打ちで弘法大師に巡り会えたという伝説が残る60年に一度の丙申(ひのえさる)

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丙申(ひのえさる)の意味はわかりますか?一応説明・・難しいけど(笑)

今年は申年(さるどし)ですが、正確には丙申(ひのえさる)なんです。

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干支(えと)は十干十二支(じっかんじゅうにし)でできていて
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十干(じっかん)は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸
甲(こう)、乙(おつ)、丙(へい)、丁(てい)、戊(ぼ)、己(き)、庚(こう)、辛(しん)、壬(じん)、癸(き)

十二支(じゅうにし)子丑寅兎辰巳 馬羊猿鳥戌亥
子(ね、し)、丑(うし、ちゅう)、寅(とら、いん)、卯(う、ぼう)、辰(たつ、しん)、巳(み、し)、午(うま、ご)、未(ひつじ、び)、申(さる、しん)、酉(とり、ゆう)、戌(いぬ、じゅつ)、亥(い、がい)

十干(じっかん)甲乙丙丁戊己庚辛壬癸
十二支(じゅうにし)子丑寅兎辰巳馬羊猿鳥戌亥

甲子(きのえね)→乙丑(きのとうし)と順に進み、壬戌(みずのえいぬ)→癸亥(みずのとい)で60で一巡して最初の甲子にもどります。

「10×12=120通り」ではないのです。60通りです。
※「甲子」はありますが、「甲丑」はないのです。
詳しくはgoogleで調べてくださいね。

60で干支は一周し、還暦を迎えるというわけです。

丙申(ひのえさる)の年、お遍路にいっても御利益があるかどうかはわからない。

煩悩が消えるかと思ったけど、ますますそれは輪郭がくっきり表れてきて、キラキラ輝いている。(笑)

こうなれば、何も期待しないで生きるしかないか、と笑い飛ばす。そうすれば、何かいいことがあれば、早天の慈雨として受け止められるだろう。いつもなにも期待しない事が原点だということだけは、お遍路でわかった。

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たくさんのお守りを買った、御朱印も集めた、三途の河の渡し賃の寛永通宝六文銭も70番本山寺で1,000円で買い求めた。招き猫も財布に入れた、白衣の襟に光明真言の文字(梵語)を16番札所の観音寺2,500円で書いてもらった。無駄なことばかりしているようだが、孤独を纏うようにそんなものを買い求めてしまう。まあ、そんな付属品を含めて自分自身なんだろう、それを信じるのも才能で有り、その才能は時に運命と同意語なんだと思ってしまう。

多分、僕は1mmも成長してないかもしれないけれど、こころ萎えたとき、何か一定ともいえる確かなことが、思い出されるかもしれない。

いよいよ12月10日(土)お遍路結願!!へ

2016年11月14日

NHKオンデマンドでダーウィンの番組になるほど!

ネタ帳ラボ!一期一会

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おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

NHKオンデマンドでダーウィンの番組を見ていると久しぶり面白かった

ダーウィンはありとあらゆる飼いバトの種類を飼って研究していたという、剥製

も集めたという。そしていろいろ交配もしたという。品種改良を研究した。

そしてハトの特色を3つにまとめた

1.樹の上に巣を作らない

2.樹に止らない

3.岩棚を好む

そこで、これらの起源は野生種のカワラバトと推察した。

カワラバトは松山の市駅前の日切り地蔵でなど、どこでも見られる鳩だ。

それを確かめるために、白いファンテールと黒いバールという全く似ていない種を

交配し、孫の代でカワラバトが生むことができた。それは先祖帰りを意味した。

俺は進化しているのだろうか?(笑)

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ダーウィンは進化のためには生存競争だという
「生存競争」食物を獲得しやすい種が残る。
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生存競争は食べ物が足りてないから起きる。キリンも首が長くないと、高いところ
の餌を食べれない。

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もう一つダーウィンは進化のためには自然淘汰だという
「自然淘汰」獲物として狙われにくい種が残る
=====================
生存競争のため環境によりよく適応したものが子孫を残して、その変異を伝える確
率が高くなるということだ。

雪深い高山に住む雷鳥の冬の羽の色は白

泥炭の蓄積した湿地に住む雷鳥の羽の色は泥炭色

荒れた草地に住む沼雷鳥は紫紅色

羽の色は住んでいる環境の色と似ている

生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知能の高いものでもない

。変わりゆく環境に最も適応できる種が生き残るのである。

ダーウィン(自然科学者)

2016年11月7日

最終回まであと1話お遍路ツアー

ネタ帳ラボ!一期一会

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おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

同行二人、お遍路は約1,460kmの果てしない旅。それをバスツアーで行こうと思ったのは、親父の体調がすぐれずいつ果てるかもしれない生の病気平癒のためだった。そして心の中では親父に「人生を生ききってほしい」と願い、胸だけは気持ち張りながら僕のお遍路旅は始まった。

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残念ながらお遍路の僕の願いは叶わなかった。親父は生涯の愛称”ヨリサン”の4月3日になくなった。それは単なる偶然とは呼べないものだった。その偶然に背中を押されながら、夏のラムネ色の空は心を穏やかにしてくれたが、突如現われる夏雲のいかついた感じは裏寂しい気持ちをかき立てた。

お遍路をまわりながら、なにか僕は天から語りかけられるのだろうか?

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そんなことに思いをはせてはみたけれど、いっこうに未来に向かっても、過去に向かっても、何一つ語りかけては来なかった。ただ、ただ無言だった。

歩き遍路の人の中には、独りで、孤独の皮膚を纏い、根絶やしできないような煩悩と向かい合っている人もいた。思い人のことを、ただただ遠い記憶の中に求めるように、時間を駆け上りながら、ライムトラベルをしている人もいた。彼らは突如、映画のワンシーンのようにあらわれた。彼らは浮かんでは、沈んでいく悲しみの果てに、なにかに出会えているのだろうか。

土佐の久しぶりの太平洋の海は母のごとく静けさを抱き、その凪のように札所はひっそり閑として清空間だった。阿波のお遍路で廻る札所のお寺は、余計なモノをさらすことがない静けさの沈黙が漂っていた。讃岐はどっちに転がるのかわからない人生そのもののように思えた。そして、最後の愛媛で何か僕は切実なモノを手にできるのだろうか?

さあ、いよいよ残り2回のお遍路旅

11月19日(土)
60横峰寺・59国分寺・58仙遊寺・57栄福寺・56泰山寺・55南光坊・54延命寺

12月10日(土)
53円明寺・52太山寺・51石手寺・50繁多寺・49浄土寺・48西林寺・47八坂寺・46浄
瑠璃寺

ただ、ただ無言のお遍路の風景。放心の果てのお遍路の景色。

それらが、脳細胞のほうぼうに美しい色彩のように残っているのはなぜだろう。何度目をそらそうとしても、わだかまっているんだ。

そういう意味で、お遍路は輝きを光の微光の束のように放つ、ディズニーランドだと思う。

2016年10月24日

時の洗礼を受けてないもの

ネタ帳ラボ!一期一会

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「時花」って読めますか?
 

 
これは「はやり」と読みます。
 

 
「はやり」はATOKで変換すると、「流行」としか漢字変換されません。(汗;)
 

 
流行は川の流れる様のごとく世間に流布するっていう感じですね、最近の流行は人工的な流れというか、趣にかけてしまい、共同体にいつの間にか呑みこまれて、いわゆる性懲りもなく感染というような感じでしょうか。(笑)どうもインフルエンザみたいなものにしか僕には今想像できなくなってしまったのです。美しいものが、スマホで撮影され、ネットやマスコミの情報から知っていくという現象でしょうか、それはきっと悪いことではないんでしょうけどね。でもなんかうつろな気持ちになる・・・。
 

 
「時花」のことを知ったのは、三島由紀夫さんの本を最近読み出したからです。
 

 
「時花」という漢字は、薄命な命の美しさのように、清らかで、そんな気持ちをかき立てます。たったそれだけのことで、「時花」の漢字を知っただけで、日曜日に降った十月の雨は、ゲリラ豪雨の初夏の雨とはちがい、やわらかで、張りつめたものがなく、とってもやさしい雨に感じられるのが不思議でした。外にも出かけず、本ばかり読んでいるからでしょうか(笑)
 

 
BOOK OFFの100円コーナーで村上春樹さんの「ノルウェイの森」が売ってたので、したりと思い読みました。すると、ある箇所が胸に突き刺さりました
 

 
それは・・・
 

 
「現代文学を信用していないというわけじゃないのよ。タダ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。人生は短い」「だから読むのさ。他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる。そんなものは田舎者、俗物の世界だ。・・・・あとは紙くずみたいなものさ」
 

 
そして明屋書店をぶらりとしていると、特集コーナーがあって坂口安吾の「堕落論」とか、三島由紀夫の「金閣寺」が書店の一押しコーナーに並んでいるので、迷わず購入したのです。それはまさに僕にとって「時花」という感じで、言葉がひらりと宙を舞い、新しいワールドが開墾され、それは湧水のように、さらさらと時の洗礼が流れるんですよね。
 

 
大衆にものが行き渡り、スマホさえあればまあそこそこ楽しめる時代、世界の真ん中にポジションをとるよりも、端っこの方ポジションをいかにとるか、できれば崖っぷちで爪立ちすれば、興奮はMAXになると思うけど、たぶん崖のはしにいると会話も多くて楽しいだろうね・・。今までとは違うものを食べたり、昔からの時の洗礼のあるものを食べたりしないと、ますます息苦しく、むせてくるよな気持ちが、襲ってきます。
 

 
さて、週末Netflixで「カノジョは嘘を愛しすぎてる」という邦画をみました。何の気なしに見たんだけど、言葉や、挿入歌にざわめきがあって、よかった。
 

 
それは、クリエーター達の作品としての言葉ひとつひとつが
 

 
「奇跡よ起きてくれ」と、叫びながら紡ぎ出したようで、それが音楽となると感動の増幅装置となり、大衆を貫いてくる。
 

 
言葉って、ヒリヒリする毎日を変えてくれる、今ある武器であり、お守りの気がします。
 

 
漫画が原作らしいのですが、女性コミックなのでかりにくいー(笑)
 

 
でも、そんな女性コミックの世界に、ざわめきは、気配を消して転がっているのかもしれませんね。
 

 
今日は、こんなところです。
 

  

 

2016年10月17日

ことばの世界と漫画の世界

ネタ帳ラボ!一期一会

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彼女は10月の物静かな空を見上げ、そして、何かを思い出すように目を閉じた。ファッション雑誌から切り取られたような、綺麗な少女は、さみしげだった。

東京の空を見上げながら、故郷の空を思い出しているのだろうか。

小さな背中は、壊れてしまいそうで、均衡が崩れかけていた

 

 

などと・・・適当にイントロを書いてみた。

 

 

新海誠「君の名は。」という映画がヒットしているらしい、僕は見ていない。

 

 

『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』はNetflixで最近見た。

 

 

週末、村上春樹「ノルウェイの森」を読み返していると、その表現が随所で類似しているな・・・、と思った。

 

 

やさしくて、美しい言葉を時代が求めているんだろうか

 

 

「ノルウェイの森 」は、描写にはないのに、部屋に吹き込む風とか、足音までが聞こえてくるのが不思議だった。感情をゆさぶるための、筆者のテクニックなんだろうね。それは長い会話と、たまに出てくる手紙の文章が、芸術的にうつくしく、よどみがないからに違いない。僕は、村上春樹作品は、空気感とその匂いが好きだ。

 

 

漫画を読んでいるときに、いつも思うのは「さみしい」と言葉で言わずに、どう漫画家がそこを台詞なしで描くかであって、そのための執念の放熱が漫画の熱量だと僕は思う。台詞でキャラクターが「さみしい」などと語ってほしくはないのだ、それが芸術だ。

 

 

漫画で産み出されたそんな空気感を認めるのにあたり、日本という植民地化されなかった風土で育った民の感受性は、オマージュ細胞を爆発させ、生活にそれらを溶け込ますのが得意技だ。そしてその世界観をリスペクトするので、漫画の世界観のとりこになると、もう抜け出すことが出来ない。

 

 

模倣というのは、素晴らし世界の工場だ、だって、ヒット作品なんて、過去のいろいろな組み合わせが変ったようなものだろ。まあ模倣が下手だとパクリと呼ばれるけどね。日本はこの分野が世界一だから、本気出したら絶対に負けないと思っている。

 

 

漫勉というNHKの番組をみていて、漫画家の作者はだいたいが、昔々は、へたれ男と女であったというのが、いつも興味深い。

 

 

だからみんな、今週もがんばろうぜ!(笑)

 

 

今日は、こんなところです。

2016年10月3日

モンサンミッシェルは規格外の100年プリントの輝き

ネタ帳ラボ!一期一会

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弟がおふくろをパリに連れて行ってくれている(^O^)

LINEで送られてくる画像は、旅行の楽しさの「ざわめき」があふれている。

フランスのモンサンミッシェルから写真が送られてきた。トンボロという、潮の満ち引きで島への道があらわれる場所は、香川の余島とか日本にもあるけど、モンサンミッシェルは規格外の100年プリントの輝きを放っていた。

海外の旅行というのは、この規格外のスケール感がたまらない。日本人は定住というのが大好きだ。そんな民くれにとって、旅は異次元の世界へ導き、ただならぬ、出会いを仕掛けてくる。ともかく世界はでかい。

この修道院の裏手の古い宿に泊まった、僕は屋根裏部屋に通された、ドアがあって屋根の上に出られて、茜色に染まる夕日をいつまでもいつまでも眺めていた。

ぶるぶるとした夏の日が暮れ落ち、対岸を見渡すと、無数のランタンの灯がともり、それはヨーロッパのひとのバカンスの意気込みの魂の灯火のように思えた。心はこの世ならざるほど、ざわめいていた。それこそが海外旅行の醍醐味のような気がする。精神と、肉体の活性化がたまらない。

おふくろが弟に、「これが最後の旅かな」と呟いてさびしくなるとLINEを送ってきた。そうか、僕にも遠からず、そんなときが来る。ただ思う、日本に帰るとおふくろも再起動して、心が井戸からくみ上げた水で洗われるように、きっと心晴れやかに立ち上がるだろう。旅は孤独を飼い慣らすような力を与えてくれるからだ。

10月9日(日)に昨年落ちた、総合旅行業務取扱管理者試験を受けに広島へ。

悩ましいのはろくに勉強してない。この1週間で最後の直線をまくってみたい、英語は無理としても、今度は気を抜かずに頑張ってみる。結果は1ヶ月後。

そんな家族の出来事のなか、次は息子が大学へ

柔道で東京の大学に行く予定だ、来週が推薦の試験。

入学金、授業料で初年度150万円、その他まだまだ山のように資金が必要になる。

これも結果は1ヶ月後、いろいろな事がこの年末までに動き出しそうだ。

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