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2017年3月13日

人間にベストな決断なんてありゃしないと思う

ネタ帳ラボ!一期一会

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豊洲問題で、小池都知事結論を先送り。これから「いい思い」をした者を捉えて何をするのか?20年にも渡り完成したモノを、選挙公約にもないのに、投じたコストを無視して凍結している。もっと大きなガバナンスで動かせないものか。1日維持費が数百万といわれている物件なのに、夏の選挙の具にするつもりなのか?

いよいよこれからの場面で、正義の旗をあげて再び責任の在処をなすりつける行為で、日本は停滞する。そもそも10年も前のことをほじって今さら何が見つかるのだ。政治は先見性、将来の可能性を見越して、政治の力で梃子入れするべきで、表の通り一遍ではすまぬ事ばかりだ。

既定路線(青島→石原さんの引継ぎ)なんだろうから、今さら10年も前のことをほじってどうする。豊洲移転が既定路線ではなかったという一部の小者の証言だけを切り取って報道するマスコミもいかがなモノか?

調略、はったり、思いがけぬ油断で局面は一瞬に変わる、小池さんも、大丈夫なんだろうか。 陰湿な攻めにでるひとは、失策がおきたときは執拗に攻撃されるにちがいない。

人間にベストな決断なんてありゃしないと思う。大決断の時は、多くの理不尽と矛盾を飲み込んで、内臓が消化不良になるに違いない。どう誹られようと、選んでくれた人の負託にいかに応えられるかを考え、あるときは啖呵を切って、吐いた言葉はもう飲み込めない。

石原さんは、男気があり、気骨である。リスクをとった決断だろう。妥協とネゴの下敷きの上の最大公約数の法則、それで豊洲移転は決まったのだろう。

小池さんは、なにか事を為したのだろうか?茶番劇のようにしかボクには思えないのだ。

さて、土曜日の午前中に息子が東京での新しい大学柔道生活に旅立ちました。

なにか気のきいたことでも、最後に息子に言おうと思ったのではありますが、ジャージといういでたちに、ちゃんとズボンを履け!とガチンと一言。くしゅんとなって、彼は何を感じていたのかは、想像の外ではありますが・・・映画のワンシーンのような場面に、ドラマチックは僕にはにあわないよいうであります。(笑)あとでACミラン本田の移動姿の背広姿の写真をLINEで送ろうと画策しています。(笑)

たぶん、一抹の淋しさを噛みしめていたのは妻のほうでしょう、息子に自分が習っていたそろばんを習わせ、幼稚園から棟田武道館で柔道を母親として日々見守りながら、時には先生から「たまには見学休んでみたら、息子さんも息抜きできるよ」、という言葉にも耳を貸さず、自分で自転車を走らせ息子がそのあとを走るという毎日の日課は、近所でも話題になるほどで、柔道好きの人がガリ版で出す、柔道情報を定期購読し、本屋で月間柔道を年間契約し、毎試合のビデオ撮影は天井まで達するほどで、試合の結果のデーターや新聞のスクラップは山となって、思い出は何度上書き保存されてきたのだろうか。小学校のころ息子と風呂にいったときに「お父さん、母さんは風呂に入っている間も柔道の話しかせんのよ」、と言ってたのを今思い出す。

そんな母親が、昨日の夕方でかいダンボールに残った荷物をつめていた。郵便局に出す手はずを整えていた。取りに来てもらわないのか?と聞くと、「テレビでやっているでしょう、自分でもっていくと100円安くなるの、あなたにはわからないよね、100円安くなることが」と。その空に解き放たれた言葉こそが彼女自身のプライドなのだろう・・。妻には一生勝てません。

2017年3月13日

ネタ帳ラボ!一期一会

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ビル・ゲイツが「指先から情報を」と言葉に力を込めたのはWINDOWS95の1995年。

あれから22年。

ついに高齢者が参加できる環境が整った。4,5年前はインターネットのソーシャルメディア利用率は50%も満たなかった。今は70%近くという驚異的な数字が発表されている。

そうしたのはスマホとLINEの登場だ。

時間を持て余している高齢者が「指先から情報を」を初めた。彼らは人と「つながる」ことを楽しみ始めた。

頭のいい経営者は、インターネットの使い方を劇的に変えないとならないと気がついている。わからない経営者は、お地蔵様のようにネット社会をみつめている。

求められているのは「わかりやすい」こと。つまりスマホの第一印象。わかりやすいですが、お宅のホームページは??

スマホの第一印象は、この数年をかけて試行錯誤しながら、お客様とつながる方法を模索しなければなりません。

「簡単にできることは、簡単に忘れ去られるのです」特にロクなネット製作会社がいません。(笑)ほとんどの製作会社は、お任せ下さいスタイルで万能にできることを前面に打ち出します。ところが、会社案内や営業案内など写真の雰囲気で伝えるの時代は終わってしまったのです。(みんなやってます)

もう一度いいます。「すぐできることは、すぐ忘れられるのです」

「忘れられないのは、人柄です」仕事を楽しんで、極めようと試行錯誤しているような人柄もあるでしょう。あなたから買いたいというまでに、自然な流れはあるでしょうか?

どうすればいいのか?

そんなことは、人それぞれ背景が違うのでわかりません(笑)

「もっとわかりやすく、もっと楽しく、もっと役に立つ」

これがキーワードのような気がしています。

例えば歯医者なら、お年寄りの歯の問題に寄り添っているだけのホームページで相談を受け付けるなど、そういうコトだと思います。

企業は2つも、3つもホームページを持つ時代が来ましたね。

 今日は、こんなところです。

2017年2月27日

人間は恋と革命のために生れて来たのだ

ネタ帳ラボ!一期一会

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「男はつらいよ」を48作まで結願しました。

太宰治が斜陽の中で「私は確信したい。人間は恋と革命のために生れて来たのだ」と虚空に言葉を放った。革命とはなんだ?政権が変わることだろうか、例えば自分がビジネスで成功して、地域を社会を笑顔に変えていくことだろうか?高度成長時代にがむしゃらだった大人達が、自然のシステムを壊してまで、ギラギラして勝負して、結句残してしまった若者へのツケに責任を持って生きていく事だろうか?勿論それはエキサイティングで正しいと思う。ただ、なにかしら自分の達の都合が優先されているせいか、世の中に弾みがないのはなぜなのだろうか?

そろそろ花粉症の季節がやってくる、森林の輪廻まで根こそぎ伐採しはげ山にしてスギを山一面に植えて、山の自然を破壊し俺達は花粉症に悩まされている。政治家は高度成長時代を心血を注ぎ、競争に勝ってきた長老が居座り、若い者へのバトンの引継ぎ方を見失っている。音楽業界でも、大御所健在でまだまだ若い奴らには負けないと気を放ち、若者の満ちたりない気持ちまで歌にして、上手すぎる。(^^;)この世の中には、自分勝手で家族的な愛が満ちたりてない気がする。

革命とはなんだ?革命という言葉が頑丈すぎて、高い壁となり息苦しい世の中で、若者は90%くらいはアクセルを踏まないで安全に生きている。マスコミのニュースは事件の一部だけを切り取り面白おかしく報道し、若者はスマホでそれを信じている宗教に近い。湾岸戦争なんて最後の評決の時に、クエートの赤ちゃんがイラン人によって保育器から投げ出されているのをみたという少女がニュースに出て、その少女の発言をブッシュ大統領が引用し80%が反対だった戦争の判決は最後に覆った。僅差で湾岸戦争がはじまった。後に、その少女は在米クウェート大使館の娘で、 クウェートにも行ったことがないし、すべてが嘘だったとわかった。世の中の真実の在処を、簡単に報道からは判断できない時代の到来を感じた。

「男はつらいよ」をみながら、寅さんが毎回美人にすぐに恋をしながら、恋をする人間はなぜこんなに無様なんだろうと考えた。誰にだってそんな恋の記憶があるだろう。甥っ子の満男が「叔父さんを笑うことは、自分自身を笑うことなんだから」とつぶやくシーンをみながら、「無様さを晒すことは、青春で、年をとっても忘れてはならない」、と思った。千々に乱れる人生で、のっぴきならないことばかりがおこる。無様な孤独の旅人は「困った時はお互いですからね」を真剣に生きている。時にもうどうにでもなれと捨て鉢のようになるのをみながら、僕は48作に自分を重ねていた。思うんですよね、結婚していても恋をする。不倫をしろというのじゃなくてね。司馬遼太郎先生の作品には、男と女の描写が少ないけど、主人公に恋しているんですよね・・・女より、男より興奮できるモノを見つけること・・うーん大事やね。

映画のラストシーンで、寅さんがとやらにおくっているハガキは哀愁が漂い、人となりが立ち上がる。江戸時代の読み書き教育というのは、日本をことばの文化に生涯染めにしたのかも知れない。直筆、手書きというぬくもり、なつかしい顔が浮かんでくる。正月の年賀状ひとつが人と人を結んでいる、哀愁はそこに横たわっている。日本人は律儀な人が好きで、そこが愛らしい。

革命は手紙やハガキからおきるのでは、と仮説を立ててみる。あの織田信長でさえ、こまめに手紙をかいていたという。誰かとつながるのに、LINEやメールで足りない、直接あうのも頻度は神の領域かも知れない。文字でつながるというのは、奇妙でもありながら、律儀さは紙からプンと立ち上がる。手紙には生きていく脈音があって、吐息まで聞こえそうだ。

実家に世界中を旅していたときに、僕がエジプトやヨーロッパ、NYCから送ったはががコルク板にはってある。おふくろがピンで楽しくはっていたのだろう。それが家族というのだろうね。

21歳の僕が沖縄を28日間旅したときのハガキ「私は今、竹富島にいます、ともかく暑くて長い旅です。学生の時にできるLastの旅ということでEnjoyしています。こちらの方は1ヶ月も雨がふってないということで断水になっています。体調も万全で健康です。ただ刺身が毎日でるので、これには頭をかかえています。みんな元気で8月12日7:30に松山に帰ります。海がでっかい!心がからっぽになってしまいそうだ。S58年7月29日PM2:35 By Masayasu」

48作を観て、寅さんと酒でも交わすことが、こんな会話だろうか

私より馬鹿がおりますか。

だがちょいとだけ、いい男ぶらせてくれよ

ハガキ1枚送ると、人生の彩りはどうなるんでござんしょうね

人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ

お前、まだ若いじゃないか、燃えるような恋をしろ、大声出してのたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような、恋をするんだよ。

いいかい恋なんてそんな生易しいもんじゃないんだぞ若いときっていうのはな、胸の中に炎が燃えている、そこへ恋という一文字を放り込むんだ、パァーッと燃え上がるぞ!

どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。青年、行け!

そして青年、女に振られた時は、じっと耐えて、一言も口を利かず、黙って背中を見せて去るのが、男というものじゃないか

寂しさなんてのはなぁ、歩いているうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ

もし何かあったら柴又のとらやに訪ねてきな、悪いようにはしないから

 今日は、こんなところです。

2017年2月20日

錦織圭のアルゼンチン・オープン決勝観戦記

ネタ帳ラボ!一期一会

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月曜日の丑の刻の朝2時から、錦織圭のアルゼンチン・オープン決勝をみる、みなければ自分の何かがおさまらないような気分だった。世界のトップランカーが出てないATPツアーで、世界でもてはやされてないマイナーなこのゲームで、何をしようと試みるのか?なぞと、洒落てみながらパソコンのLIVEを準決、決勝と獣も寝静まる時間に、珈琲を頼りに孤独で画面をにらんでいた。

結句、錦織選手はアクセルを踏むことなく、世間からみたら俗にいう覇気のないゲームだった。相手に打ちやすいボールを返していたようなゲーム。ドロップショットもネットプレーも少ない、いつもと違う彼のプレーをみながら、どこかに枷をはめているような気分は、謎めいていた。突っ込めないのか、突っ込まないのか?なにかの間合いを計る、実験データーでもとっていたのだろうか。負けた。

地球の裏のアルゼンチンからの、LIVE中継は、派手さがないのがイイ。観客の浮かれた笑顔を必要に追いかけることもない、きちんと選手を追いかけていて、集中できる。いい女のカットインもない、地味系のセニョリーターをとらえる。アルゼンチンにたいして、そんなちっぽけな所作から、容易く好きな気持ちが芽生えるのが不思議だ。

YOU TUBEでLIVE放送をやってたのだけど、書き込みの95%は日本人で、アルゼンチンの方の書き込みは5%あったかどうかだろう。

日本人というのは、外の世界ではどんだけ不自由なんでしょうね、その反動というか、ネットという内なる世界でひとたび自由になれば、恐ろしいほど、手のつけられないほど、跳ねてしまうようだ。ネットの世界では、節操のないほど自分を吐き出している。

人間の脳力が一定だとすれば、内なる世界や、妄想といった世界で、そのエナジーを発揮しないと、生活が成り立たないのかも知れない。だから、漫画や、アニメ、エロビデオまで、この分野にかけては世界一といえる。ノイズが聞こえない世界、いいかえれば純粋枠では、若者は実力を発揮するようで、まるでネットの中に神がいて、宗教的ではないかとさえ思ってしまう。(^^;)ますます、加速していくことはまちがいない。

コメントを読みながら、観察眼に関しては鋭いモノも存在している。一見無防備に見えて、内実はキレキレなコメントも多い。人間関係に不器用でも、社会規範に照らし合わせたら今ひとつでも、感性は一人歩きして育っているのだ。「本音と建て前」みたいな、仕分けが上手なのよね。

チョウチョの完全変態のように、芋虫であったものが、さなぎになり。さなぎの間細胞をリセットして、まったく姿形をかえてチョウチョとなり、別人28号となり飛び立つ事もあるだろう。そうさせる、ドラマチックウィルスとの出会いは自分の中には存在しない、外からやってくる。

人生は出会いだけが、人間を変えていくんでしょうね。

しんしんと夜の夜気も少しやさしくなり、春への息吹を漂わせている。梅の花のような仄かな香りとでもいうのだろうか

夜の気怠い眠気を通り越し、なんで俺は徹夜していだろうと思う。昼間にあがないきれない眠気がやっているのはわかっているくせに・・。

クレーコートの闘い、錦織圭を追いかけるのはこのシーズンが好きだ。

 今日は、こんなところです。

2017年2月13日

「男はつらいよ49作」を第一作から見てます

ネタ帳ラボ!一期一会

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時の狭間に置き忘れたような物を、回想するかのようにNetflixで「男はつらいよ49作」を第一話から見ています。現在37作目「男はつらいよ 幸福の青い鳥」、マドンナは志穂美悦子さんです。ラーメン屋で長渕剛さんが登場した時にびっくり、映画で知り合って結婚したのかと、記憶の糸をたどりましたが、さっぱり事実はやってきません。(笑)

  

1作目を見たら、止まらなくなったんですよね。

  

寅さんはトランクひとつの旅人、「風の吹くまま、気の向くままに」日本を北から南まで。

  

どうだい、今はiphoneもってればナビと観光サイトを見ながら、ぐるなびの星★★★の数をたよりに食事をして旅をして、スマホで写真の思い出をとる。それはそれで楽しいかも知れないよね、でも、それで満たされないものがあるということには気がついていない。

  

寅さんは映画の中で、人差し指をなめて風の吹く方向を感じ、風の吹くままに、流されるように旅をつづける。あるがままなんだよね、画面の昭和の原風景がなんとも、ノスタルジックな風景を指でなぞりたくなる。

  

今の旅はどうだろう、なにか自分が調べた物の「答えあわせ」をする旅だ。iphoneに答えを探して納得しているのだ。迷わないんだよね、そこが悲しみの果てではないか。ちゃんとお金も持っているしね。

  

民くれの毎日でさえ、「答えあわせ」のような人生では、疾走感やロックンロールをわすれてしまう。

  

学生のときに沖縄を船旅して、沖縄から神戸まで船に乗ったらポケットを探ったら、残り金が100円しかなかった。カップヌードルだけを食べた二泊三日、腹が背中につきそうな空腹は忘れられない。その旅で、両親に三枚ほどハガキを書いた、いまも実家のコルクボードに画鋲でおされ生き生きと輝いている。たまに、あの二十歳の多感な青春野郎の自分に、僕は勇気をもらうことがある。

  

喧嘩ばかりしながら、仲がいいというのは本当の家族だと思うね。「困った時はお互い様」という感じが、いっそう羨ましい。

  

夏目漱石が「愛嬌というのはね、自分より強いものを倒す柔らかい武器だよ」とかいてたけど、愛嬌があるのは、この世では子供しかいそうにない、それにスマホもたすから、中学生くらいで愛嬌を忘れ去られている。

  

寅さんが毎度使う「釣りはいらないよ、とっといてくれ」がいいね、気っ風がいい、東男の羽振り。そういえば、親父も気分がいいときは、いつも釣りをとらない男だった。

  

寅さんの啖呵売が、寅さんの生きる力で漲っている。男が惚れ惚れとする。精神と、肉体の活性化がたまらない。あの瞬間、寅さんはファッション雑誌から切り取られたような美人との、ほのかな恋を終え、ちょっとばかしの未練と、惨めな自分を上書き保存する。そして、再び祭りの縁日で自分をとりもどし。元気ですよと、とらやにハガキを送る。

  

その連なる物語が、大人達に自由をとりもどせと叫んでいる。

  

日本人というのは模倣が得意だ、そこから突き詰めて、組み合わせをかえて没頭し、パクリから発明をしていく。鉄砲なんて、分解してつくらせたら、あっという間につくってしまう。堺で分業で大量生産で世界の半分くらいの鉄砲をつくってしまった。

  

捨て鉢のような寅さんの孤独、旅人としての孤独、自由とひきかえの孤独、巣食いされた孤独。孤独のムーディで危険な薫りを好きになろうではありませんか。

  

たまには味方のいない孤独な闘いに出ようではありませんか。最後は所詮、孤独のうちに死んでゆくのだから。

  

愛嬌を寅さんのように、持ちながらね。(^o^)

  

2017年2月13日

「受け身こそ最強の主体性」

ネタ帳ラボ!一期一会

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スマホで天気予報を見る。今日雨が降ることをしる、想定通り雨が降る。なんか、つまらない・・。
カーナビで、見知らぬ街を簡単に目的地へたどり着ける。迷わないなんか、心に弾みがない・・。
  
カーナビ使わなきゃ観れていた景色って、結構大事だと思っているくせに。気象衛星ひとつで、台風を予測できるのは確かに恩恵が大きい。洗濯物が雨でびしょびしょになることも少ない。イベントでは助かる。天気予報を見なければ、人生はスリリングになる?(笑)どうだろう。
  
僕は、大体出るときに雨が降ってなければ、傘は持っていかない人生だった。天気予報は、ほとんどみなかった。(笑)なんとかなった。
  
23歳の時にロンドンで雨が降り出した時にバスガイドさんが「ロンドンの紳士は傘をささない」のよ、見て下さいと車窓からみていると本当に傘をさしている通行人がいなかった。
  
ロンドンのリージェントストーリーで「なんで傘をささない?」のかと尋ねてみた。その紳士は「どうして傘をさすんだい、かっこわるいだろ」と答えた。
  
その映画のワンシーンのような光景を、忠実に生きてきた。(笑)
  
旅は、妙な性を僕に与えてくれた。
  
さて最近、荘子を読んでます。 受け身こそ最強の主体性が面白かった。この受身というのは「私が決めれないから、あなたがきめて」というのではない。自分におこる不測の出来事や、人間関係、避けて通れない問題などを受けとめることが、最強の主体性だという。
  
計画や目標が大事に思われ過ぎているが、予想外のことが起こらなければ充実感が無いし自分の人格が広がらない。あらかじめ情報を調べたりして、予断(予め判断してしまうこと)するより、先のことを予測せず、未来のことが分からない状態で、毎日遊々と生きる。
  
運命だと受け容れて、今に没頭して楽しむように生きた方が賢明・・・なるほど
  
御意。
  
それでは何に頼ればいいのか? 「気」だと荘子は言う。うーんわかる。右折すると何かが起こるのでは? というような胸騒ぎ・予感。「不測に立ちて無有(むう)に遊ぶ」(応帝王篇)状況に任せ切れることの強さ・・・。
  
司馬遼太郎先生が、いつも荘子の本を持参していたという記事を読んで荘子を読みすすめてます。
  
椿祭りも終わりましたね。立春ですね・・・軽やかに受身でまいりましょう。
  

2017年1月30日

大切なことは、日常にある

ネタ帳ラボ!一期一会

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 1月も月末ですね、週末は実家のレースのカーテンが破れたと言うことで、小生はおふくろと「お値段以上ニトリ」へ、3,500円ほどで両開きのレースカーテンをGET、製造から販売まで一気通貫の威力ですね。5分で入れ替え完了、気持ちも刷新されます。

 不思議な事がありました、五年ほど前に買った居間のテレビが調子が悪く、おふくろが困っていたときに、夢で親父が出てきて、取説、取説と話しかけてきたそうです。取説を探してみると、表紙になじみのデオデオの係の人の電話があり早速修理を頼みました。どうやら、製品不良(液晶パネル無償修理期間3月末)だったのですが、取り替え用のパネルがないため、43型でサイズが大きくなり新品のテレビになりました。「まだ、どこかでつながっているんやね」と大阪王将で餃子を食べながら、楽しそうに語る母。ほっこりしますね。さすがSONYです。

 デオデオが第一家電で松山に進出してから35年位になりますが、親父は同じ店で他の店に浮気することなく、電化製品は買っていました。何の変哲もないことですが、これが男のイキなのだと思います。昔気質ではありますが正しい事だと思ってます。

 頭が楽だったんだと思います。いろんなところで選んで値段を安く買うこともできたでしょうが、そういうことを考えるのをやめるという事は、無駄な時間、エネルギーの消費と考えて行動したかというと、そうではなく無意識、むしろあたりまえの自分の行動。意気地なんでしょうね。

 親父が足が悪くなって、よく重信の愛大病院まで送っていったんですが。かならず2,000円くれるんですよね。「いいから」といっても・・・、なんかしてもらったら寸志を出すのがあたりまえ、それがキレイなんだと言ってました。

 親父は自分のそういう行動を無意識に愛していたんだと思います。

 そして、長年そういう行動を自分を丁寧に扱っていたんだと思います。

 テレビの取扱説明書には、購入日、担当者、連絡先、値段がメモされてました。

 
 大切なことは、日常にあるんだね。

 今日は、こんなところです。

2017年1月23日

世の中はますます言葉で成り立っている

ネタ帳ラボ!一期一会

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朝起きて、ホッカイロを貼る。コストにして1枚25円くらいになる。これをお尻の割れ目の切れるあたりに貼る。場所はお尻の割れ目がきれた3.5cmくらい上のところで、骨が少し突き出ている場所だ。ホッカイロ貼るタイプは誰が考えたのか?そして貼るためのノリは剥離性にもこだわりが有り、優秀だ。

こんなささやかなものが、今日一日をなんとかこなすために必要なのだ。たまに、パワーがなくなると霧吹きで水を与えてやると、生き返るところが好きだ。(笑)寒いときは、ほっこりする言葉が好きだ。

ほっこりするというのは、褒められる時がおおい。

「今日の服イイですね、服がよろこんでますね」

「ネクタイの柄の色の組み合わせお似合いですね、 わたしこういうの好みです」

「ご連絡お待ちしております」より「ご連絡頂けると嬉しすぎます」と持ち上げ

たりね

そして、嫌な質問とかされると、まあ僕の場合太っている話題などですね・・

「すみません、その話題は国家秘密です」

「すみません、その話題は事務所を通してもらえますか?」

「すみません、その話題はドクターストップです」

新年会に誘われて断るときも

「仕事で参加できない」というよりも「(せっかくのお誘いですが)残念です仕事で、体が二つあったら行きたいです」

言葉をつくしても伝わらなくなってきた時代ですよね。

言葉でたどり着ける範囲なんてしれてますもんね。

会話ですぐキレるのは、自分の気持ちを表現する適切な言葉を知らないことが多いのが残念

そして大抵の人は言葉を我慢しているのでストレスが溜まってしまう。

SNSが流行し、世の中はますます言葉で成り立っている。

それを、打ち崩すのはちょっとした笑いですよね。

『笑いとはすなわち、反抗精神である』 チャップリン

今日もホッカイロのような、ささやかな癒やしがありますように

2017年1月16日

毎週月曜日メルマガスタート。15年目に突入

ネタ帳ラボ!一期一会

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2017年【情熱の嵐3】毎週月曜日メルマガスタート。15年目に突入です。

ここまで来ると、「やめられないとまらない」かっぱえびせん。(1964年発売)

ちなみに、ニコチン並みの常習性を持つこのお菓子の発端は、カルビー創業社長が、広島の川で捕ったエビをかき揚げにして食べていたという海老好きに由来しているらしい。(ネタ元:ウィキ)、日清のカップヌードルも創業社長が海老に執着したとプロジェクトXで言ってたけど、海老はヒット請負人ともいえるかもね。

よく講演会の講師が、1,000円札の裏側になにが書いてあるか?10円の絵柄は何かと?最初にブレークショットとを放つ・。あなたは海老の足が何本あるか知っているだろうか?答えは20本(ハサミをいれて)。甲殻類は足がハサミいれて10本らしい。

そうこんなことは、どうでもいいことだ。ただ、人生はどうでもいいことに埋もれているのも間違いない。

エジソンが発明した白熱電灯は、フィラメントの素材なかなか見つからず、何千もの素材を試していたらしい。木綿糸にタールを塗ったものをフィラメントに使って45時間持つところまできたがそれでは実用性が足りない。ある日お土産にもらった、扇子の骨に使われていた竹をフィラメントに使ってみると、連続点灯時間が200時間を越えた、エジソンは世界の竹を1200種類集めようとした、採用された京都の真竹は1200時間という連続点灯時間をたたきだした。その時エジソンの研究所にいた藤岡市助は、日本に戻り、白熱電球製造を志す。それが東芝の一翼を担っていくのは案外知られていない。

土曜の夜寝れなくて、夜中の3時にJOYFULLで本を読んでいた。脚線美の誘惑といえるほどの若い二人組のお嬢様タイプが店内に入ってきた。こんな時間に何をドリンクバーで飲むのかなと思って観察すると、二人ともメロンソーダだった(^o^)、紅茶か珈琲かと思っていた僕は裏切られた。ちょいと考えた、「このメロンソーダーの味はコンビニで買えるだろうか?」観たことがない、ペットボトル1本は飲めないんだろう(笑)

子供のころデパートで飲んだクリームソーダーは今も鮮やかに蘇る、なぜかチェリーがはいっていた?なぜだ?そして、その軸を舌で結ぶことに執着した。君も、あした彼女と喫茶に行って、彼女とチェリーの軸を舌で結ぶことに挑戦したまえ、そこにセクシーが存在するかを確かめるのだ(笑)。狂っている、そうだ俺は壊れかけが好きだ。高校生はこうやって舌を鍛えるのだ・・エロすぎた(笑)。

人はどうでもいいことを無視し、どうでもいいことに悩まされる。それを教育でもやるから質が悪い、小学生にあがるまえに「一年生になったら、一年生になったら、友達100人できるかな」なんて子供に歌わせる。100人も友達できるわけないやろ(笑)

毎日日記をつけろと言われて、夜つかれているのに、悩む。ネタがないなら、寝た方がええやろ・・・(笑)こんなことをしているから鬱になる。ダメ出しがらはじまり、自分が好きになれない。

2017年どうでもいいことを時にあっけらかんと無視し、時にこだわり、頑張りましょう。

2017年1月7日

四国お遍路88か所結願!

ネタ帳ラボ!一期一会

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四国お遍路88か所を12月10日(土)に結願しました。

結論から言えば、「あなたは、あなたの今を生きろ」ということの深掘り掘削作業がお遍路。

過去も未来もない、悩み抜いて、今を肯定して生きよう、そういうシンプルにおちついた。病気なら、病気のありのままの自分を悩み抜いて生きようということ。

鮭がなんで元の川に帰ってくるか、それは鮭におたずねしてもわからない、鮭はただ今を一生懸命必死で生きていて、一生必死で泳いだら生まれた川にもどってくるんだろう。そのメカニズムを論じてもいたしかたない、人は同じような事を日常でやってしまっている。ありのまま今を生きるシンプルでイイ、やっていれば元の川に帰れると信じれるのは才能だ。

人間は同じポテンシャルを持って生まれてくる。子供のころから1万時間同じことをやっていたら、プロという領域に達する人は多いだろうし、フランスのバーゼルあたりにすんでいれば、フランス語、ドイツ語、英語、イタリア語の4カ国語くらいなんなくしゃべれるだろう。

神様は自分に必要のないものは与えてない、そう割り切ったらどうだろうと思えてきた。「今もってないのは、必要ない」それでいいではないか、そう思えるのも才能で有り、才能は運命と同義語だと思う。自分の今を信じて、悩み抜いて 勝負をかけるのだ。「悩む」の先に「考える」がうまれ、情熱という無敵がたちあがる。

いろいろな教えは自分の中にあるだろう、ただし自分探ししても出会えない、ココが肝。自分の中に真理や悟りを持ってないからね(笑)。教えは自分の外にある。そのひとつの考え方や体験として、キッカケとしてお遍路がある。1,200年お遍路は続いている。

毎日、出会うのは他人だ。関わりたくない他人に関わらないと、人間は変われない。他人は10人中9人が敵だと思う。他人に理不尽の饅頭を食わされ、心に土足で入りこまれ、他人にボコボコにされる。それでも、そんなときにね、一人が味方をしてくれたらどうだろう、僕は生きていけれるのだ。その一人と出会える、出会えないかがどんだけ大事か・・・。9人が敵をやり過ごせばきっと味方に会える、そう信じて今を進むしかないよ。きっとその一人は、優しいだろうね。

世間で「私は一人が好き」という人がたくさんいる、嘘だ(笑)砥部動物園のカバの口にでも頭をいれて、喰われてしまえ。山の中で自給自足で、ネアンデルタール人とでも暮らせば良い。ほんと、だれかと一緒にいた方が楽しいよ、病気でもしてみればわかるくせにね・・・。この往生際のわるい奴、素直になろうよね。

お遍路で、お遍路転がしといわれる岩屋寺を登ったときに、同行二人の杖のありがたさを知った。ひとりじゃないというのはありがたい(お遍路ではお杖はお大師様)。本堂にお参りして本尊の前では、その場所では嘘をつけない空気があった。お遍路はそういうところが面白い。だから不思議と自然に本尊の前では「謙虚」になれた。これは一番の収穫だと思っている。

16回のお遍路バスツアー、この世ならざるものここにあり。

「おかげさまで少し謙虚になれました、無事結願ありがとうございます」と僕は最後にお遍路で手を合わせた。

「おかげさまで」イイ言葉ですね。

ありがとうございました。

2016年 お遍路関連 読書リスト

空海
『三教指帰』  むずかしいけど、お遍路の原点

佐藤光代
『 私のお遍路日記』 これを読んで僕にもできるがうまれる

家田荘子
『四十八カ所 つなぎへんろ』 お遍路日記、極道の妻編(笑)

平幡良雄
『四国遍路 』 ※いつもお遍路に持参、年代本

五木寛之
『親鸞(上)』  親鸞は読み出すととまらない
『親鸞(下)』
『親鸞 青春篇(上)』
『親鸞 青春篇(下)』
『親鸞 激動篇(上)』
『親鸞 激動篇(下)』
『大河の一滴』  名著!
『自力と他力』  他力とは他人の力じゃない!!

梅原 猛
『歎異抄』  はい、親鸞はこれでよくわかります

司馬遼太郎
『空海の風景(上)』  最澄と空海を比べたような本
『空海の風景(下)』  司馬ワールド

森三樹三郎訳
『荘子』  ところどころかいつまんで読んでます。人生の名著!!

ドリアン助川
『老子』  親近感あり

金谷 治訳
『論語』  いまだ読破せず・・根性ひつよう

守屋 洋
『孟子』  吉田松陰先生の原点
『韓非子』  うーん経営者はご一読を、人間は弱い
『菜根譚』  田中角栄愛読書、政治家必読書
『孫子の兵法』  文句なし

池上彰
『 池上彰の宗教がわかれば世界が見える』 基本わかる

その他
孫子兵法大伝 DVD 17巻 あっというまに観れます
お遍路 ロード88

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あと20冊くらいあるけど(..;)、手つかず今年読みます。

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