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2017年5月22日

恩田陸「蜜蜂と遠雷」を読んだ

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

直木賞と本屋大賞と同時に受賞するとは何事だと、心は、はばかりながら

恩田陸「蜜蜂と遠雷」を読みあさる。

「なんだこりゃ、ラファエロみたいな女、恩田陸」

レオナルドダビンチ → ラファエロ →ミケランジェロと引き継がれた

三大巨匠のルネサンス

バチカン市国にいけば、バチカン美術館を鑑賞しないでかえるのは

ミラノに行って、ダヴィンチの最後の晩餐をみないでかえるのにひとしい

バチカン美術館 第3室「署名の間」は、ラファエロの間

ラファエロの最高傑作といわれる「アテネの学堂」

https://goo.gl/orqicf

50人以上の古代ギリシャの賢人が集まり、議論しあう様子が表現されている。

真実のありかを、中央のプラトンは天(イデアの世界、概念の世界)を指さし、

アリストテレスは火鉢に手をあてるように、大地(現実の世界・自然科学)に

手のひらを向けている。

アレクサンドロス大王や地球儀を持ったプトレマイオス、人物の立ち位置、ポーズ

人物の距離感など、この絵の前でギリシャ人は1時間は語れるでしょう。

日本にこういう絵はないんですよね・・・語り部が足りなかったのかな??

面白いのは、ギリシャの喫茶店にいくと、大の男が喫茶店で

それはそれは何時間も頭のボルトが三本くらい抜けたほど陽気に

昼間から喋っているのだけど、ギリシャの奥深さをしれば、

その日常は至極自然のことなのだと思う。

語り部の数が違うんですよ、それが文化なんだ・・・。

恩田陸「蜜蜂と遠雷」

タイトルをみたときは、音楽コンクールの物語とは思えなかった。

主人公は養蜂家の息子で、ピアノの天才という設定。

養蜂家という仕事の解説はなかったけど、なるほど花から花へと授粉することの例

えのように、見知らぬ人と見知らぬ人を音楽という「ギフト」でつないでいく。

ラファエロには愛人がいた、ローマのパン屋の娘マルガリータという。

なんか・・・野に咲く綺麗なお花のようだ。好きになりそうだ・・早すぎる(笑)

ラファエロは枢機卿の娘と婚約。結婚直前で花嫁は死亡。

枢機卿から他の娘と結婚を許されないという不条理に置かれた。

そんなときにマルガリータがあらわれる。

彼女を描いた『ララ・フォルナリーナ』完成を待たずにラファエロは死んだ。

この絵は弟子たちによって完成。

完成時の絵の中のマルガリータの左手の薬指には、

あったはずの指輪が消されていた。

それは許されぬ愛が故の修正だった。後年、絵の修復のため、エックス線写真を

撮ったところ、左手の薬指部分に指輪の痕跡が写った。

参照
https://note.mu/toshimitsu_k/n/n5498b1afc5c9

「アテネの学堂」という絵の中には、若きマルガリータとラファエロが

ある程度の距離を持ちながら描かれている。

生きている間には決して縮めることができなかった距離。

2時間も待って入ったバチカン美術館で、その時間を忘れさせてあまりある

ローマ在中のMS井上さんのガイディングに聞き惚れ、感動がとまらなかった

あの10月のインディアンサマーの一日を思い出していた。

僕は、一日でラファエロが好きになった。

恩田陸「蜜蜂と遠雷」

音楽を文字で聴かせた一作。

ラファエロが一枚の絵に込めた思いと、等質のものがここにある。

ぜひ、ラファエロと音楽好きの方にオススメです。

2つとも好きな人はおらんでしょうね(笑)

バロック音楽の根底には、絶対王政とカトリック教会の威信を高めるためだった

そのことを深掘りしてみたいけど、お前のメルマガは長くて読みにくい

と言われるので(笑)次の機会に

今日は、こんなところです。

2017年5月15日

『飲み放題1,500円について』

ネタ帳ラボ!一期一会

日曜日、母日。母と実家近くローズガーデンへバイキング朝食。

国道56線飲食店生存競争を生き残っている数少ない店だ。

健康派から、カレー、唐揚げ、グラタンなどがっつり派まで虜にする。

こういう店は、なにか持っているにちがいない。

ヨーロッパに日本から団体を連れて行くときは、到着が夜になる。

金縛りシートに12時間以上監禁され、空港からホテルへついた頃には満身創痍。

顔が15%むくんだ人もいれば、縛っていた、くいこんだ縄感覚が残る人もいる。

そこで、旅行企画段階では、最初はホテルグレードは低くてイイ(ねるだけ)
ブッフェあるホテルを選ぶを自分旅行企画決まり事にしていた。

ビール一杯飲んで寝たい人、腹が空いた人、少しだけ腹を満たしたい人

それぞれが、じぶん加減で食べられるというは、案外便利なだ。

ローズガーデンバイキングは850円。市井財布がま口限界朝食価格。

 

最近増えたごはん屋。料金は約500円で、メインひと皿と、副菜2小皿、ごはん、味噌汁。

テーブルをくっつければ、10人掛けでも簡単にできて3世代空間ができる。

駐車場スペースがでかく、旅行団体客バスが止まっているも見かける。

昼も、夜もバイキングなで食材に無駄がないように、設計されている。

人件費も抑えられ、レジも混まない。粗利70%はありそう。

おふくろが食べた量から考えたら、損している。

よくよく見渡すと、若者がすくなく、得しているは10%もいないだろう。

損得を考えず、好きなモノだけ食べるという感覚が好きな人もいれば

やはり元を取らなくてはならないという煩悩に悩まされる人がいる

最近は、僕もバイキングで元をとるという発想をすこしかえてきている

そんなこと、本当だどーでも良いことだけど。(笑)

それはこんなことを連想しているからだ。

男と女で元をとるという発想がある。大概男は損を損をする。

仕事では、損して元をとるという、摩訶不思議な言葉がある。

バイキングで、あえて食べないと、相手が気にしてコミュニケーションはひろがる。

食べない変態な自分を好きになる。

恋愛で損しても、怒らなくなる。(無理かそんな

いいだ、元をとるという発想をすて、欲を制御する道場だとおもうしかないだ。(笑)

さて、週末本屋大賞、直木賞「蜜蜂と遠雷」を完読しました。

久しぶりに音楽がそこにあって、楽しかった。

また、来週レポしますね。

今日は、こんなところです。

2017年4月24日

松山の老舗『バー露口』

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

バー露口ある東西通りは、昭和懐かしさが、ところどころに佇んでる大好きな通りだ。

タイムトラベルように何十年ぶりに、先輩につられバー露口真夜中ドアをあけた。

僕にはバー露口は昭和海を渡ってきた船ように見えた。

昭和33、船長夫婦は伊予国に碇をおろしたという。
(昭和33年僕は生まれていない。創業58年)

ご主人は白いシャツと蝶ネクタイでキリッとした立ち姿で向かえてくれた。奥様は白いおしゃれなワイシャツと愛嬌たっぷりメガネ姿に、口元赤いルージュは100%マドンナような気概が感じられた。

席に座るやいなや「ハイボールおねがいします」、と先輩は腰をかけると同時に頼んだ。

絶妙タイミングと音量が心地よい。僕は、最初一杯常連客流儀をそこで知った。

バードア呼び鈴がなるたびに、SNS口コミにつられ全国から旅人はやってくる。「松山メッカ巡礼か?」、と思うほど勢いで、県外から訪問者はおしかけてくる。(最近は1泊朝食スタイルで、夜は街にくりだすらしい)

店は素知らぬふりで、見物するにまかせているようであったが、満員となり、長いバーカウンター後ろスペースでまとうとすると。「ごめんね、満員だから、また来てね。店内では待てない」と、奥さんが見事に露払いをして、店内温度と美を守っている。

昭和野郎僕たちは、音楽、靖国参拝、教育勅語、韓国、そしてバックなか数億現金にそれはないだろうと、唾をとばし激論して夜はながれた(笑)男と女であれば、真夜中ドアをあけると「恋と愛とは違うモノよ」なんて会話をするモノ・・・。

こうして威丈高にけぞりながら、めりになり話したくなるは、時洗礼をうけたこお店なかに、会話素粒子が、わだかまりながら壁に吸着しているからだろうか。僕は店を見渡しながら、そんなかたまりがほうぼうに残っているを感じていた。

たまに漏れ聞こえる、バーテン夫婦とお客さん会話がイキだった。

自堕落なアラフォー女どうでもいいような会話に、まともらしさを。そして店中で黙りこくっている男には少し薬とジョーク軽口も売る。

松山夜に「夫婦は一対反射鏡」か・・・夫婦二馬力には勝てないね・・(^^)

バー露口は、旅人を迎えてくれる母船ような場所だった。

どうか1年でも長く、続けていただきたい。

歴史は夜つくられる。子供も夜つくられる。(笑)

僕たちは意識が停電をおこしながらも、たった一夜に、語り尽くせぬことを語りあっていた。これでいいだと・・・。

2017年4月17日

『大阪フェスティバルホール山下達郎コンサート』

ネタ帳ラボ!一期一会

週末大阪フェスティバルホールで、山下達郎コンサートを観てまいりました。

達郎さんが64歳。

Ride on timeを歌い終わり、お決まりの雄叫びで、舞台奥深くまで下がる。ナマ声で山下達郎は歌を通じて、生の「気」を放つ。

オフマイク

自声

お決まりのファンサービス!お互い頑張ろうぜという、兄貴のメッセージ。それは、毎回コンサートを観に来てくれる観客への、定点のようなものであり、一定なるモノを感じさせてくれる。

このひと夜かぎりの達郎さんの与えてくれる音楽は、ちっぽけな俺みたいな民くれにも、そばで寄り添ってくれる。

そう思えるのは、達郎サウンドは心地よさが半端なく、歌にメッセージをこめるというより、音楽に向かう一人の男の生き様を、このワンステージにすべてぶつけてくれる、言い換えれば「人を喜ばすことに、すべてをかけている」、師匠と一対一の芸事のような瞬間がそこにある。目の前の人、一人の心に届かないものが、大衆を魅了させることはできない。それが山下達郎の気迫で、ビンビンとそのことが伝わってくる。

ドーム公演はやらない、パイプイスにお客さんをを座らせたくないからだ。お客さんに自分の音楽が届く距離を知っているからだ。勿論テレビにも出たことがない、だからYOU TUBEで達郎さんの映像はない、LIVEという場できいてほしいからだ。

アンコールのすべてが終わり、暗天となり、達郎さんがある30代の人がTwitterでつぶやいた言葉のことをとりあげた。

山下達郎のコンサートは、いままで観たコンサートの中で一番年齢層の高いライブだった、というような内容だったらしい。

達郎さんは「彼だって、30年たてばおんなじなんです。ですが30年後に彼のきいているアイドルのバンドがですよ、30年後にこういう音をだせているか・・・甚だ疑問です」と、達郎フアンが達郎フアンであることの誇りを代弁してくれた。

そして、くれぐれもお体をお大事に、一緒にカツコよく年とっていきましょう!と締めくくった。

僕のまわりの尊敬できる人は、目の前のひとにどうやって楽しんでもらえるかを考えている。この世ならざるモノを、プレゼントしようと心がけている。そこにあるのは居心地のよさだったりする。ストレスを癒やしたり、悩みを癒やしたり、それが少しでも和らぐことに心血を注ぎ命を削っている。それしか考えてないといってもいい。

民くれは、達郎さんのようなステージに立つことはない。だけど、目の前の人一人を楽しませることはできる。

大阪フェスティバルホールは最高の音がする、最高の夜をありがとう達郎さん。

今週も頑張りましょう!

2017年4月10日

『韓国の38度線、板門店ツアー』

ネタ帳ラボ!一期一会

30年も前ことになるだろうか、韓国38度線、板門店ツアーに参加した。

1945年日ソ不可侵条約を破り、ソ連は降伏際日本に宣戦布告した。日本が太平洋戦争に負け、満州、朝鮮半島から日本人が引き上げると、ソ連は朝鮮半島を南下してきた。そして平壌を制圧し、軍政を引いた。ソ連軍は、韓国生まれ、中国育ち、ソ連軍大尉となったキム・ソンジュ(金日成)を新生朝鮮顔にした。

そこに、ソ連勢いにアメリカが待ったをかける。レーニンと話し合い、38度線で朝鮮半島をお互いわけようとなった。すべてはソ連と米国 更腓ヌ38度線はできた。

分断された均衡は保たれていたが、ある日突然。いや、韓国側兵士らが大酒を飲むようなイベントがあって、日を狙い澄ましたように朝鮮戦争は起きた。北(金日成)は、ハン川をわたり、3日でソウルを制圧し、さらに南下して韓国は釜山あたりを残して壊滅状態になった歴史がある。※1950年朝鮮戦争

ここで、詳しくは覚えてないけど国連軍ができた。下アメリカ軍は韓国を応援し北軍と戦うこととなった。アメリカ軍は本土から来るではなく、日本駐留米軍7.5万人が動員された。

アメリカ軍は釜山側東海岸から上陸するように見せかけて、ところは西側に周る。仁川(今ソウル空港があるところ)に上陸し、補給路を断ち、釜山周辺軍は壊滅状態となる。司令官はマッカーサーだった。

そして今度は、韓国側からアメリカ軍が朝鮮半を北へ攻め上がり、ソウルを奪回し、平壌を陥落させ、更に北へむかった。ほぼ国境まで追いつめ、北は崩壊寸前となる。

ところが、そこに反撃がおこる。アメリカ地雷源を打ち破るため怒濤波が押し寄る。地雷源は屍山となるが、屍をこえて人並みが押し寄せる。中国軍だ。アメリカ軍は、そ様に、精神的に追いつめられる。ちょっと調べると、アメリカ軍は7.5万人、中国軍は350万人。おぞましい姿は、想像を絶するもだろう。ことき毛沢東子供が亡くなった。

いまでも、北朝鮮を中国が応援するというは、そういうことなだ。つまり、北朝鮮は南が北に上がってこれないため緩衝地帯みたいなもだろう。

北は再び、平壌、ソウルを奪った。国連軍は中国を侵略者とし、再度反撃しソウルを奪回し、南北は38度線で膠着状態となった。

朝鮮戦争休戦協定場所が、板門店だった。

30年前、もう僕タイムラインはそんな昔を指せるようになった。こんな話しはガイドはしなかった。ただ、歴史的な場所というは、異様な空気が充満し、細胞に何かを考えさせるようなウイルスを空気中に放っているような気がいつもする。

自分が訪ねた場所というは、何かを語りかけてくる。眼を閉じると荒廃していた韓国が思い出される。30年前韓国は、南下に備えて橋には爆弾が仕掛けてられていた、高速道路には中央分離帯はなかった(いざというとき戦闘機は発着陸)、いまでもそれが爆破され、高速に離着陸する戦闘機群れ夢を見ることがある。

板門店からみる、北朝鮮は張りぼて街並みで。双眼鏡を覗きながら、歴史荒涼とした地場ようなもが、感じられた。人気ない、街並みがあまりにも異様すぎ、虚構に染められたた眼下景色を、中でいまも僕はたまに双眼鏡をみるように覗いている。

さて皮肉なことに、こ戦争をもって日本は特需を迎えた。

戦争が終わり、日本に常駐する軍はいなくなり、日本をソ連が攻めてはまずいと、マッカーサーは警察予備隊7.5万人を日本につくることを指示した。軍をもたないと憲法で決めながら・・・なんという矛盾。

マッカーサーはこ闘いで、日清、日露戦争で戦った日本代わりに戦ったことで日本存在を思いしったではないか、そして日本という防波堤大切さをひしひしと感じえずにはいられなかっただろう。自ら潰した日本を復興させようと、サンフランシスコ平和条約では日本へ賠償要求も放棄された。そして僅か数年で戦前国力を日本はとりもどした。

歴史というは、幾つもエゴがつくっているようにもみえる。

どれが正しく、どれがダメなかわからない。

僕は、もう一度板門店に立つことがあるだろうか・・・。

なぜか、地球上で北朝鮮と、中東だけはいろんなことを考えさせられる場所だ。

まあ、現代史ですからね。

2017年4月3日

『4月3日(月)親父の一周忌 』

ネタ帳ラボ!一期一会

桜色シーズンはずなに、まだ春便りがやってこないんだ。どうしたんだい、郵便屋さん(笑)

千年時が悠々とながれても、花は季節をほとんど間違えることはない。人は1週間くらいが、待てぬモノは待てぬと文句を言っている。桜も咲いてないに街中でお花見会を開催している。もうすこし自然とたわむれればいいもを、せっかちな人間は常にナルシストで自分本位ようだ。自然だって機嫌が悪いときがあるだよ・・・。

ちょうど1年前今日は桜が満開だった。そして、満開なか4月3日に百花繚乱人生を歩んだ親父が永眠した。

親父座右銘、生涯青春!今日という日は僕に、抜き差しならないことを問いかけてくるに違いない。青春井戸水は枯渇してないか?青春が薄められていないか?放つパンチが緩慢になってないか?・・なぞと・・・。

足下に転がる茫漠な時間を、男は消耗品ように生きていく、そして失っていくモノに絶望をかんじながらも、何かを勝ち取っていかないと青春灯火は消えていく。思考停止、人生最大敵は退屈。そんな戯言をこメールを書きながら僕は紡いでいる。

親父命日、早朝ふやけた脳みそに、何か信号ようなモノがきれぎれに届いてきている気がする。あまた浮かぶ親父と思い出、22歳時に買ってもらったゼロハリバートンアタッシュは、もはや僕付属品であり、自分自身ようだ。

さあ、今日という一日はどんな一日になるんだろう。
花をみつけて、空をみあげて、くんくんと犬ように鼻をならし、風に吹かれるだろうか。

さて、桜シーズン、日本で一番感動した場所は高遠城。きっぱり!桜花は赤みがかっていて、大地から諏訪歴史血を吸ったような色なんですよね。「天下第一桜」といわれるだけあって、スケールは圧巻。

今週も頑張りましょう。

2017年3月27日

『もう一度泊まってみたいホテル!シーザス・パレスホテル 』

ネタ帳ラボ!一期一会

旅行映画シリーズ『もう一度泊まってみたいホテル!シーザス・パレスホテル 』

映画「レインマン」をご覧になった人はいるでしょうか?1988年作品。銀座マリ

オンで僕は観た。

作品でアカデミー主演男優賞をとったがダスティンホフマン。精神を病んだ彼は、社交性はなく、自閉症で一人では日常生活は送れない。心は純粋、驚異的な記憶力を持ち、ラスベガスカジノではそ驚異的な記憶力を発揮する。

名前がいいじゃない「レインマン」雨男!夜雨中を街に飲みに行って、雨が上がると、心BGMにRCサクセション「雨あがり夜空」が流れ、なぜかダスティンホフマンを思い出すように生きてきた。

ラスベガスシーザス・パレスホテルカジノはきらびやかだった、何か映画で4回黒が出たら、赤に賭けろという流儀をいつも実行する。これが結構成功するが不思議だ。

ニューヨークに初めて行ったときに、ガイドが中国人70歳くらいガイドさんで、レインマン話しをしたら「コーヒーを飲みに行こうや」と誘ってくれ、小さなコーヒーショップまで僕達はイエローキャブを走らせた。

確かソーホーかリトルイタリーあたりで降りた。小さな小さなコーヒーショップだった。「ここがダスティンホフマンが売れない頃アルバイトしてたんだ」、といきなり語る謎中国人ガイドKOHさん。彼は移民でこNYCにきたという、映画が好きで色々なNYC話しをしてくれた。映画というは、海外旅行をしていると、ひとつ共通言語ように思えてくる。映画談義がそコーヒーショップで白熱し、流れる時間はこころを濡らしてくれた。

映画というは、創作だろ?なんていう・・やからがたまにいるけど、僕には男生き方教科書みたいなもんだと思う。女性がハイヒールを履いたら牛丼屋には行こうとは思わないだろう(笑)、ハイヒールは気分までも爪立ちさせてちょっと小粋な場所に女心を導く。男だって映画が好きなだけで、日観た映画が僕達を見知らぬ場所に僕らを連れて行ってくれるじゃないか。中学生時に見たナイル殺人事件を観て、アガサクリスティがそれを書いたオールドカタラクトホテルまで僕は行ってみた。ナイル流れる音が聞こえるミステリアスが満ちていた・・・

映画を観ていなければ、決してそこに行くことはなかった、それだけは間違いない。

レインマン、主人公レイモンドは 想定以外ことはなかなか受け容れられない。時間どおり、予定にそって行動しなければ、自分が自分でなくなる。抱きしめられるも嫌う、冗談は通じない。

映画は世界たくさんレインマンに捧げる素晴らしい映画だと思う。なぜって?悪役が出てこないいんですよ、こ映画はね・・・。

2017年3月21日

今こそ!「三行革命」

ネタ帳ラボ!一期一会

ネット時代、テキストはもう自分自身である。

世の中を変えたのは「産業革命」。そして今!ネットの世界で今こそ「三行革命」をおこさなければならない。原稿用紙20文字×3行=60文字を自分にノルマをか

すのだ。(^o^)

テキストでよく使う「了解」という言葉、ジャックバウワーはCOPY!とかCOPY THAT!を使うけど、御意、合点、ラジャー、仰せのままに、意のままに、good idea、さすがでございます・・・など、いろいろあるではないか。

言葉はもう、あなた自身なのだから、特に社内のLINEなどが、如何にも味気ないのは、リーダーの使うあなたの言葉が七色でないとか、つたない事が多すぎる。

「よろしくお願いします」だったら、何卒何卒よろしく・・、と2回繰り返してみるとか。ニュースを利用して、その件はひとつ水面下でお願いしますとか、臨機応変に取り上げて楽しむことが大事ですよね。

そこで「何を書いたらいいの」とよくきかれるのだけど。インプットが足りてないから、アウトプットがないというではないだろうか。そういう人は砥部動物園にいって動物を観察するか、ビレバンでPOPを読むか、100円ショップに行きましょう。

僕の親父は放送局でカメラから始まり、最後は照明をメインにやっていた。ちなみに実家には照明装置と、ストロボと、マイクなどの舞台セットが完備していた。

結局は誰もが照明係として何にヒカリをあてて、何を切り取るかこだわり、ライター気分でノリノリで書くかではないだろうか。毎日食べているモノの食レポでも、どこかを見事に切り取れるとイイ気持ちになる。

先日ホットペッパーの広告費を数百万円かけていた社長は、今年から広告費を半分にした。そんなに売り上げは変わらないという。ただ、次の広告の一手がないというのが残念すぎる。

そうなると、小生のようなメルマガまもなく20年間書き続けてきたのが、やっと役に立つ時代がやってきた。おかげさまで、ソーシャルマーケティングを企業の力として使うことにトライする人が増えてきた。いかにソーシャルに対応し攻めるか、そしていつのまにか検索1位になるかの闘いが始まっている。

ネタは結構TWITTERにある

(日本語訳)ドナルド トランプのTwitterを読んでいるだけでも面白い!英語の勉強になりますよ。

https://twitter.com/donaldtrumpjpn

小池百合子さんも今は要チェック!
https://twitter.com/ecoyuri

#石原慎太郎さんについてのつぶやき
https://goo.gl/bN7HRv

さて週初め月曜日ですね、WBCは明日朝8時からです。

他人のことを忖度するというのは難しい、嫁の心でもわかりにくい

それに忖度は間違えば、えこひいきにもなる。

今日も忖度の連続だ・

今日は、こんなところです。

2017年3月13日

人間にベストな決断なんてありゃしないと思う

ネタ帳ラボ!一期一会

豊洲問題で、小池都知事結論を先送り。これから「いい思い」をした者を捉えて何をするのか?20年にも渡り完成したモノを、選挙公約にもないのに、投じたコストを無視して凍結している。もっと大きなガバナンスで動かせないものか。1日維持費が数百万といわれている物件なのに、夏の選挙の具にするつもりなのか?

いよいよこれからの場面で、正義の旗をあげて再び責任の在処をなすりつける行為で、日本は停滞する。そもそも10年も前のことをほじって今さら何が見つかるのだ。政治は先見性、将来の可能性を見越して、政治の力で梃子入れするべきで、表の通り一遍ではすまぬ事ばかりだ。

既定路線(青島→石原さんの引継ぎ)なんだろうから、今さら10年も前のことをほじってどうする。豊洲移転が既定路線ではなかったという一部の小者の証言だけを切り取って報道するマスコミもいかがなモノか?

調略、はったり、思いがけぬ油断で局面は一瞬に変わる、小池さんも、大丈夫なんだろうか。 陰湿な攻めにでるひとは、失策がおきたときは執拗に攻撃されるにちがいない。

人間にベストな決断なんてありゃしないと思う。大決断の時は、多くの理不尽と矛盾を飲み込んで、内臓が消化不良になるに違いない。どう誹られようと、選んでくれた人の負託にいかに応えられるかを考え、あるときは啖呵を切って、吐いた言葉はもう飲み込めない。

石原さんは、男気があり、気骨である。リスクをとった決断だろう。妥協とネゴの下敷きの上の最大公約数の法則、それで豊洲移転は決まったのだろう。

小池さんは、なにか事を為したのだろうか?茶番劇のようにしかボクには思えないのだ。

さて、土曜日の午前中に息子が東京での新しい大学柔道生活に旅立ちました。

なにか気のきいたことでも、最後に息子に言おうと思ったのではありますが、ジャージといういでたちに、ちゃんとズボンを履け!とガチンと一言。くしゅんとなって、彼は何を感じていたのかは、想像の外ではありますが・・・映画のワンシーンのような場面に、ドラマチックは僕にはにあわないよいうであります。(笑)あとでACミラン本田の移動姿の背広姿の写真をLINEで送ろうと画策しています。(笑)

たぶん、一抹の淋しさを噛みしめていたのは妻のほうでしょう、息子に自分が習っていたそろばんを習わせ、幼稚園から棟田武道館で柔道を母親として日々見守りながら、時には先生から「たまには見学休んでみたら、息子さんも息抜きできるよ」、という言葉にも耳を貸さず、自分で自転車を走らせ息子がそのあとを走るという毎日の日課は、近所でも話題になるほどで、柔道好きの人がガリ版で出す、柔道情報を定期購読し、本屋で月間柔道を年間契約し、毎試合のビデオ撮影は天井まで達するほどで、試合の結果のデーターや新聞のスクラップは山となって、思い出は何度上書き保存されてきたのだろうか。小学校のころ息子と風呂にいったときに「お父さん、母さんは風呂に入っている間も柔道の話しかせんのよ」、と言ってたのを今思い出す。

そんな母親が、昨日の夕方でかいダンボールに残った荷物をつめていた。郵便局に出す手はずを整えていた。取りに来てもらわないのか?と聞くと、「テレビでやっているでしょう、自分でもっていくと100円安くなるの、あなたにはわからないよね、100円安くなることが」と。その空に解き放たれた言葉こそが彼女自身のプライドなのだろう・・。妻には一生勝てません。

2017年2月27日

人間は恋と革命のために生れて来たのだ

ネタ帳ラボ!一期一会

「男はつらいよ」を48作まで結願しました。

太宰治が斜陽の中で「私は確信したい。人間は恋と革命のために生れて来たのだ」と虚空に言葉を放った。革命とはなんだ?政権が変わることだろうか、例えば自分がビジネスで成功して、地域を社会を笑顔に変えていくことだろうか?高度成長時代にがむしゃらだった大人達が、自然のシステムを壊してまで、ギラギラして勝負して、結句残してしまった若者へのツケに責任を持って生きていく事だろうか?勿論それはエキサイティングで正しいと思う。ただ、なにかしら自分の達の都合が優先されているせいか、世の中に弾みがないのはなぜなのだろうか?

そろそろ花粉症の季節がやってくる、森林の輪廻まで根こそぎ伐採しはげ山にしてスギを山一面に植えて、山の自然を破壊し俺達は花粉症に悩まされている。政治家は高度成長時代を心血を注ぎ、競争に勝ってきた長老が居座り、若い者へのバトンの引継ぎ方を見失っている。音楽業界でも、大御所健在でまだまだ若い奴らには負けないと気を放ち、若者の満ちたりない気持ちまで歌にして、上手すぎる。(^^;)この世の中には、自分勝手で家族的な愛が満ちたりてない気がする。

革命とはなんだ?革命という言葉が頑丈すぎて、高い壁となり息苦しい世の中で、若者は90%くらいはアクセルを踏まないで安全に生きている。マスコミのニュースは事件の一部だけを切り取り面白おかしく報道し、若者はスマホでそれを信じている宗教に近い。湾岸戦争なんて最後の評決の時に、クエートの赤ちゃんがイラン人によって保育器から投げ出されているのをみたという少女がニュースに出て、その少女の発言をブッシュ大統領が引用し80%が反対だった戦争の判決は最後に覆った。僅差で湾岸戦争がはじまった。後に、その少女は在米クウェート大使館の娘で、 クウェートにも行ったことがないし、すべてが嘘だったとわかった。世の中の真実の在処を、簡単に報道からは判断できない時代の到来を感じた。

「男はつらいよ」をみながら、寅さんが毎回美人にすぐに恋をしながら、恋をする人間はなぜこんなに無様なんだろうと考えた。誰にだってそんな恋の記憶があるだろう。甥っ子の満男が「叔父さんを笑うことは、自分自身を笑うことなんだから」とつぶやくシーンをみながら、「無様さを晒すことは、青春で、年をとっても忘れてはならない」、と思った。千々に乱れる人生で、のっぴきならないことばかりがおこる。無様な孤独の旅人は「困った時はお互いですからね」を真剣に生きている。時にもうどうにでもなれと捨て鉢のようになるのをみながら、僕は48作に自分を重ねていた。思うんですよね、結婚していても恋をする。不倫をしろというのじゃなくてね。司馬遼太郎先生の作品には、男と女の描写が少ないけど、主人公に恋しているんですよね・・・女より、男より興奮できるモノを見つけること・・うーん大事やね。

映画のラストシーンで、寅さんがとやらにおくっているハガキは哀愁が漂い、人となりが立ち上がる。江戸時代の読み書き教育というのは、日本をことばの文化に生涯染めにしたのかも知れない。直筆、手書きというぬくもり、なつかしい顔が浮かんでくる。正月の年賀状ひとつが人と人を結んでいる、哀愁はそこに横たわっている。日本人は律儀な人が好きで、そこが愛らしい。

革命は手紙やハガキからおきるのでは、と仮説を立ててみる。あの織田信長でさえ、こまめに手紙をかいていたという。誰かとつながるのに、LINEやメールで足りない、直接あうのも頻度は神の領域かも知れない。文字でつながるというのは、奇妙でもありながら、律儀さは紙からプンと立ち上がる。手紙には生きていく脈音があって、吐息まで聞こえそうだ。

実家に世界中を旅していたときに、僕がエジプトやヨーロッパ、NYCから送ったはががコルク板にはってある。おふくろがピンで楽しくはっていたのだろう。それが家族というのだろうね。

21歳の僕が沖縄を28日間旅したときのハガキ「私は今、竹富島にいます、ともかく暑くて長い旅です。学生の時にできるLastの旅ということでEnjoyしています。こちらの方は1ヶ月も雨がふってないということで断水になっています。体調も万全で健康です。ただ刺身が毎日でるので、これには頭をかかえています。みんな元気で8月12日7:30に松山に帰ります。海がでっかい!心がからっぽになってしまいそうだ。S58年7月29日PM2:35 By Masayasu」

48作を観て、寅さんと酒でも交わすことが、こんな会話だろうか

私より馬鹿がおりますか。

だがちょいとだけ、いい男ぶらせてくれよ

ハガキ1枚送ると、人生の彩りはどうなるんでござんしょうね

人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ

お前、まだ若いじゃないか、燃えるような恋をしろ、大声出してのたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような、恋をするんだよ。

いいかい恋なんてそんな生易しいもんじゃないんだぞ若いときっていうのはな、胸の中に炎が燃えている、そこへ恋という一文字を放り込むんだ、パァーッと燃え上がるぞ!

どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。青年、行け!

そして青年、女に振られた時は、じっと耐えて、一言も口を利かず、黙って背中を見せて去るのが、男というものじゃないか

寂しさなんてのはなぁ、歩いているうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ

もし何かあったら柴又のとらやに訪ねてきな、悪いようにはしないから

 今日は、こんなところです。

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