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2015年10月13日

禍福は糾える縄の如し

ネタ帳ラボ!一期一会 旅ラボ!世界を旅する

それは1986年ニューヨークの冬。

 

NEWYORK & NEWYORKという新しいツアーが誕生。記念すべき第1回目の添乗員としてアサインされ、15名ばかりをつれて、自身初のNYCに向かう。

 
UAの機内でフロム・ザ・コクピットというチャンネルに合わせると、機長の交信が聞こえる。無線にのっかる、機長の交信の声はなんともいえない。会話ごとにドアが閉まる。そのほんのわずかなブレークがたまらない。子供の頃やりましたよね。電話ごっこ(笑)・・楽しいんです。途中で音が聞こえなくなっなった時、繋がりにくい時、自然現象であったり、自然の摂理があり、まさに交信はロマンポルノのようだ。(笑)

 

当時はバブルの景気でアパートの価格が上昇し不動産ブーム。SOHOという場所には時代の波に革新的な場所が点点としていた。「ライムライト」という教会を改装したディスコや、地下鉄の駅をクラブにした「トンネル」なども訪れ、ダスティンホフマンがアルバイトしたコーヒーショップや、マドンナが決断したリバーサイドのレストランで食事をとった。考えられないくらい治安の悪い、落書きされたションベンくさい地下鉄にも乗車できるプログラムが用意されていた。

 
時差で眠れない夜。用心のため、ホテル前のイエローキャブで、一番いかつい運転手を探して、ハーレムのバーに行ってくれと頼んだ。何か興奮したかったのだ。

 
第一次世界大戦の時に、ドイツはイギリスの周りを潜水艦で囲むという作戦にでて、アメリカはそれが発端となり参戦した。黒人部隊も投入され、帰還した彼らはNYCハーレムに移り住んだ。元々は白人の街だったが、大戦中NYCの労働力が不足し、各地から黒人が流れ込んだそうだ。そこで、一杯だけ飲んだジントニックの味も覚えてないが、あの黒人ばかりの薄気味悪さと、それでも陽気に語りかけてくる笑顔は今も忘れられない。

 

そのNYCのツアーのガイドは中国人のMRコウさんといった70歳くらいのひとだった。マンハッタンのバーで2人でドライマティーニを飲んで、ベイブルースとジャックデンプシー(はじめの一歩のデンプシーロール)の話を聞かされて、ラブソディインブルーの出足のクラリネットのすごさを聴いたような気分になった。

 
あれから30年もたっちゃった。

 
週末、関西大学で旅行業務総合管理者の試験を受験

 
ちょっと準備不足で、海外だけ点数が足りなかったようだ。

 
約款76、旅行業78、国内78、海外54
※60点以上で合格

 
まあ、今年の結果で国内まで合格していれば、来年は海外だけ受ければいいので最低限度の所までは目標は達成した2ヶ月の勉強期間でありました。

 

もちろん結果は悔しいのだけど、ラグビーJAPANを深夜見ていると、そんなことはどうでもいい、次に繋がっていることが大事なことだと納得されられる。同点ゴールは狙わない、逆転トライを狙わないと革命は起きないんだとも・・・。

 
人生ホップ、ステップ、バックで半返し縫いで、一歩前進

 
ヨーロッパ華やかな頃のパリジェンヌは肘の所までカモシカの手袋をしていた。片手の手袋には32個のボタンが有り、64回の想像を絶するような(笑)手続きを踏み、宝石・アクセサリーを一つ一つ外し、帽子の留ピン レースの花のペチコートを探検し山に登る・・・その山の深遠なる旅の世界が、殿方を狂わせた。それが人生の面白さかもしれない(笑)

 
『禍福は糾える縄の如し』

 
何事も甘くないよね。久々に試験なるものを経験し思ったことがありまする。判定の白黒を突きつけられること、ラグビーの試合のように結果がはっきりしていた方が、物事は次の着火剤に確実になる。

 
さあ、それでも立ち止まれない

 
いよいよ、四国88カ所巡礼を初めてまわってみる、最初は車ですが(汗)

 
四国八十八ヶ所霊場開創1200年ですしね

 

2015年10月5日

男気!黒田博樹投手

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

 
 オフコースの「秋の気配」が似合う秋深まる日曜。

 

 

 弟がメガネを買付けに行ったベルギーで買ってきたPierre Marcoliniのチョコレートに体が紅葉(高揚)していきます。それはとても控えめな味。「コンビニでお弁当を買ったことがない」という吹石一恵さんのような控えめには、ポテンシャルの内服を予感させます。このチョコはチョコでないような魅力と「はじめて」を生み出している。お控えなすった甘さのところを、カカオというシンプルが見事に守備。それはユニクロのブラトップCMの吹石さんの胸元の、美しさまでをも連想させ、口元が溶けていく。とびっきりの想像力が僕を襲う。僕はプラトップになりたい。(笑)・・あーどうも、月曜日はクラッシュから恥まる。『こんなことは今までなかった』とBGMまでがユニゾンでハモっている朝もいいもんだ。

 

 
今日は先週は選手の山本昌投手つながりで、黒田博樹投手

 

 
 日曜日クライマックス・シリーズ(CS)をかけた広島 vs 阪神との大一番。その男気黒田博樹が登場した。8回1/3まで0封で勝利。これで最終戦となる7日の中日戦(マツダ)に勝てば、3位が確定(CS進出)というお膳立てが整った。お膳立てというよりはゼロでこのゲームをもぎ取ったことは、ピアノの調律が終わったような空気感さえも感じてしまうのはなぜか・・・?

 

 
 日本のプロ野球でツーシームというカミソリ魔球を黒田選手は投げます。野球のボールには縫い目があるのですが、打者から見ると野球のボールが一回転すると、縫い目が2回見えることになります。(縫い目の関係で)、4シームというのは縫い目が4回見えます。2シーだと、ツルツルした面の出現率が高いため、その軌道が読めないところが、魔球の由縁です。

 

 
 基本的にはシュート。左打者は内角に来ると食い込んできて、体に当りそうになるのだけど、そこから外角に向かいストライクになる。ボールかなと思うと、ホームベース上に戻ってきてドアを開けるので、フロントドアと呼ばれてます。昨日もツーシームが炸裂して、凡打に討ち取っていました。凡打こそ、投手の真骨頂。打たれた後のリカバリー力こそが「求道心」。力で押さえるのではなく、不良品を出さないような工場の力強さがなんともいえません。

 

 
 黒田博樹投手にとって、広島という大地は、地べたに足がつくんだと思うんですよね。誰にでも故郷の大地は、歩いているときにそんな感覚がありますよね。「カープ復帰の決断は球団の熱意もありましたが、最後にはファンの人達でした。年齢的な部分を考えても残りの野球人生は長くない・・・」と、入団の会見で語っていましたが、ベテランの残り火を、いかに滾らして、なにを突きつけてきて、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、しっかり見届けたいと思います。(パリーグはホークス、セリーグは広島ファンですから)

 

 
 先週末は、ラグビー日本も素晴らしいゲーム。

 

 
 「人間は恋と革命のために生きているのだ。」 太宰治

 

 
 今週も頑張りましょう!!

 

 
 今日はこんなところです。

 

 

2015年9月28日

山本昌引退発表。「まだ終わってない」師匠の言葉

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

 
ラグビーワールドカップ 今世紀最大のジャイアントキリング!南アフリカ戦のダイジェストをもう10回は観たでしょうか(笑)ともかく飽きが来ない・・・

 

 

さて、今日はちょっとくどいかもしれません。(笑)
土曜日の朝、YAHOO!ニュース

 

 

球界最年長の山本昌 今季限りでの引退発表「とってもすっきりしています」
「ファンのみなさんのご声援がなければ一歩たりとも進めなかった32年間でした。感謝、という言葉しか、思いつきません。こんな幸せな野球人生は、生まれ変わっても二度と送れないでしょう」という中日ドラゴンズ山本昌選手引退の記事で、ちょっと研究してみたくなりネットサーフィンへ流れる。
いろいろ読んでいるうちに、「出会いのドラマ」の熱に浮かされていく自分がいた。

 

 

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山本昌(やまもと・まさ)略歴
プロ野球選手(投手)。左投左打。身長186cm。中日ドラゴンズに所属。1965年8月11日生まれ。神奈川県茅ヶ崎市出身。日大藤沢高校卒業。1983年 ドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。タイトル:最多勝:3回 (1993年、1994年、1997年)。最優秀防御率:1回 (1993年)。最多奪三振:1回 (1997年)。表彰:沢村賞:1回(1994年)。最優秀投手:2回 (1994年、1997年)
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プロ野球最年長の中日・山本昌投手(50)が野球を始めたのは、小学3年。日大藤沢高校時代に甲子園出場経験はなく 県大会準々決勝敗退。まつたくの無名の選手をスカウトしたのは高木時夫(中日ドラゴンズ時代は木俣捕手の控え)。ドラフト5位、背番号は34。当時のエース、小松辰雄から引き継いだ。しかし入団4年目まで鳴かず飛ばず。中日は業務提携していたロサンゼルス・ドジャース傘下のマイナーリーグ(1A)へ。いわゆるメジャーの4軍あたりに肩たたきのように左遷された。

 

 

出会いのドラマ:「まだ終わってない」アイク生原(昭宏)さん」
「アイク、彼はダメだよ。サイドスローにフォームを変えるか、トラックの運転手になったほうがいいよ…」とメジャーのコーチは山本選手評を語る。

 

 

「そうそ…。ヒドイよねぇ。けど昌はね、何か一つ武器を覚えれば大きくはばたける可能性を感じたんだよ」
ドジャース傘下のマイナーチームの用具係からたたき上げでドジャースの職員となり、日本のプロ球団から送られてくる野球留学生の面倒を見ていたアイク生原 さん

 

 

「基本を大切にしろ」、と毎日言われ、試合のあとは徹夜で一球一球を徹夜で二人で振り返ったこともあった。上から投げろ、前で離せ、初球はストライク低めに投げろ。繰り返してやることで、変化が生まれていく。

 

 
生原に連れられてロサンゼルス・ドジャースのフェルナンド・バレンズエラのピッチング練習を見に行った。シンカーをおしえてもらったが、「レベルが違って、わからない」、そんなときにメキシコ人外野が外野でやっていた、工場のキャッチボールに参加。面白半分で投げていたそのシンカーを教えてもらって投げると、なんと!!!、「めちゃ使える」よく曲がるので早速夕方の試合で試すと、花が咲くように自分が開花した。以後それを使うと1Aのオールスターゲームまで呼ばれるようになり、メジャーから打診まであった。
そのビデオをみた嗅覚の鋭い闘将星野監督。草木に隠れられてしまって見つけることが出来なくなった獲物の残臭を検知し、山本選手を日本へ呼び戻す。戦力外の男が、突如秘密兵器に抜擢された。その後シーズン途中の加入ながら、5勝負けなしという成績を収める。

 

 
山本昌選手のストレートは130キロ前半だが、ボールの回転数が1秒間に52回転。(松坂大輔が41回転、藤川球児が45回転 )
猛烈なバックスピンのかかったストレートは上向きに変化を加え、他の投手とは違った軌道を描く。しかも187cmという体格は、普通の選手より30cm位は前で投げていることになる。

 

 
YOU TUBEで山本昌投手のスーパースローをみたのですが、投球フォームから八の字を大きく描きながら、途中で一度ためて可能な限りリリースポイントを遅らせて投げ込んでいるように見える。打者からすれば150キロを投げそうなフォームで、130キロのストレートが来るべきタイミングに来ないで、遅れてやってくるわけだ。当時の中日には150キロを超える剛速球を持つ投手、郭源治、今中慎二、野口茂樹、川上憲伸がいたのも大きかったでしょうね。
クビ寸前、敗戦処理の選手に、野球への愛情と情熱の楔を打ち込み、再生させて行った。アイク生原さんは、野球に対する接し方には特に厳しかった。

 

 
二人でブルペンで何千球も投げ込み、内蔵と内蔵をこすれあわすように、この傑出した魔球を完成させた。
地獄であった師匠は、なんと慈悲にあふれていたのでしょう。師匠は弟子を正しくしつけ、マインドを教え、技術を教え、再生させる。時にドジャースのいるときは身元保証人であり、一人前になってもその役は変わらない。
アイク生原さんは出会いから、数年後になくなったけれども、山本選手はいつも写真に手をあわせ、登板の日はその部屋の明かりをつけていたそうです。

 

 
ある試合で無死満塁となり、もうだめだとあきらめそうになったときに
アイクさんは「まだ終わってない」と昌に声をかけた。
その言葉を何度唱えただろう。

 

 
愛だけが奇跡を起こす。
 

 
そんな物語をネットで拾いながら、人生の出会いのドラマに熱くなった週末でし
た。
 

 

2015年9月14日

秋の気配、車にポピー。なぜ?

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。
朝夕が過ごしやすくなってきたのですが、秋音が聞こえて来ない。
「これじゃ、だめだ」

 

こうなりゃやけくそで(笑)秋の気配を買いに行こうと思い立ち、「車にポピー金木犀グリーンボトル」が脳天唐竹割りで飛んでくる。覚えているかな友達よ(^O^)。
あの魔法の瓶を・・・。

 

学生時代の相棒、セリカリフトバックには「金木犀グリーンボトル」がコンソールに鎮座していた。あのエンジン音、オモステハンドルの加重、シフトチェンジの感覚まで、こいつがすべてもってくる。(笑)

 

実家の庭に9月になると、前宣伝もなく、金木犀君はやってきた。
「俺の香りは、好きか嫌いか」を突きつけるような、君の様に、君の甘さを煮詰めたようなフレグランスに、トイレを思い出させる君に、今日は助けられた。もうすぐ生木で死ぬほど嗅いで堪能するからよ・・。
今メルマガ書きながら、セリカリフトバックで、18の頃、擦り切れるほど聞いた浜田省吾「HOME BAND」を君と聴いている。フジツボが化石になったようなしつこい付着物が溶けているのを感じるんだ。秋の気配がピン暈けしてたんだけど、もう完全に秋にロックオンしたよ、ありがとう。

週末は今度は旅行の海外旅行の免許をお勉強。
チュニジアのカルタゴの「ハンニバル」将軍に興味津々丸になった。

 

ハンニバル・レクター(アンソニー・ホプキンズ)ではございません、あしからず。
チュニジアから、アフリカを進み、イベリア半島を渡り、スペインを征服し。アルプスをこえてローマ帝国に一戦を望んだ男。戦像を36頭、歩兵 90,000人というスケールは圧巻すぎる。どうやって、統率したのか?
江戸時代、法華津峠(635m)を越えて、宇和島に行くだけでも大変だろうにアルプスを越えるというのは、想像を絶する。

 

アルプス越えといえば「ゼンメリング鉄道」(150年前)
高架橋はローマの水道をモデルにし、2万の人員(千人の犠牲者)と6年の歳月でアルプスの山際をくりぬいて鉄路を切り開いた。
「カルタゴ」と「ゼンメリング鉄道」を人生のエンディングノートの行き先に追加。

うーーーん。
秋の気配が確実に出てきたぞ。

 

まあ、調子こかないように頑張りましょう。

金木犀の花言葉は「謙虚」ですから。(笑)

 

2015年9月7日

鳴門金時物語な僕の日曜日

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

日曜の早朝、夏の音を失ったような静けさがたなびく朝6時。松山市駅前の高島屋のロータリーで娘の友達2人を連れて、大阪へ車を走らす。

 

「September rain rain 9月の雨は冷たくて・・・」

 

淡路島SAまで約3時間。いつものお決まりの流儀で「鳴門金時コーヒーセット」400円を頼んだ。この本場鳴門のお金時様は、皮が薄いのがうまさの秘訣なのか、この薄皮の紅無双が、唾液の潤滑を促すのかレンジでほのかに温められた、1コ190円に顎が落ちる。(笑)

 

娘たち3名は、松山南校砥部分校(芸術系)の同級生。彼女たちの目的地は海遊館隣にある場所で開催される「NARUTO展」(笑)かなり、引っ張ったナルトつながりではあるけど、女子旅三重奏の思い出に元添乗員のエスコートはいかがだっただろうか?
彼女たちを送り届けた後、本来の目的を果たす為、千里にある関西大学へ向かう。1000名は優に超える人が、ごった返していた。試験会場は、残りわずかな時間を捨てがたいように、最後の時間をあらがっている若者たち。

 

青春もどきおじさんは、孫悟空の元気玉を放つがごとく愛着をこめて運気をため、座禅の瞑想にはいる。(笑)
どうせ、最後は鉛筆を転がすようになるんだから、一線の境を運だけで飛び越えてやる(笑)

 

現在53歳、人生の最後の直線(だいぶ先ですが)で仲間たちと世界を旅してみようと考えたのが、初夏の7月6日だった。偶然にも、その日が国内旅行業務取扱管理者試験の受付の終了日だった。(笑)隣のキラムラで写真カプセルにはしり、受験票を書いて、15時すぎてネットから費用を振り込み、その日の消印で送る。
その偶然の赤い糸をたぐり寄せたのは、その日が受付締め切り日だったことにすぎない。遊び心的スタート。

 

自己採点で旅行業法は88点、約款は80点、IT創業時に明日のパンを食べるために2足のわらじを履いて学習塾をやっていた。名を「暗記塾」という(笑)。瞬間記憶法というものを、自分で開発していたので(笑)記憶ものは得意なのだ。
そして最後の国内旅行実務(すべて60点以上とれば合格)は範囲が広すぎて、鉛筆をころがす。

 

例えばこんな具合、
同じ都道府県でないものはどれか
(ア)オシンコシンの滝 ー 羊蹄山 ー 那智滝
(イ)戦場ヶ原 ー 吾妻渓谷 ー 鬼押出し
(ウ)帝釈峡 ー 耕三寺 ー 厳島神社
(エ)志賀島 ー 太宰府天満宮 ー門司港レトロ地区

答えは (イ)

 

同じ都道府県であるものはどれか
(ア)熱川温泉 ー 伊東温泉 ー 寸又峡温泉
(イ)石和温泉 ー 下部温泉 ー 別所温泉
(ウ)宇奈月温泉 ー 田代温泉 ー  映伐浩?
(エ)男鹿温泉 ー 玉川温泉 ー 天童温泉

答えは (ア)

 

石川県の郷土料理は?
(ア)のっぺい汁
(イ)朴葉味噌
(ウ)じぶ煮
(エ)ます寿司

答えは (ウ)

 

前半25問 × 2点 で小生はカンが爆発し40点獲得/50点

まさに、これを「運をたぐり寄せる」という。(笑)

 

ところが後半のJRの運賃とか、バスの運賃計算とか・・・勉強してないセクションばかりが出題され、おまけに時間がなくなる(笑)

 

なんと自己採点で20点獲得/50点 トータル60点!

 

合格ライン60点すれすれ!!!!!(ケアレス塗り間違いがないことを祈る)

 

10月は旅行業法、約款、国内旅行実務にさらに海外旅行実務が加わる、旅行業務取扱管理者の試験にチャレンジ。たとえ落ちていても、この旅行業務取扱管理者の試験に合格できれば、すべての旅行を取り扱えるので、復活できる。
人生の計画という中で、仕事を勤め上げた友達と世界をエスコトーしてまわるというのが夢の1ページになった。

 

雨が上がった、神戸の元町で中華を食べて、女性三人Perfumeは帰りのお土産を品定めするが見つからない。そして、再び淡路SAに立ち寄り、元添乗員目利きの「鳴門金時」1080円をみんなが選ぶとき、

 

「してやったり」とほくそ笑む、日曜の夜でありました。(^O^)

 

あー朝から、背筋がアントニオ猪木の卍固めをくらったようだが、なぜかこころはMorning Gloryな朝であります。

 

今週も、笑顔100%な男でがんばります。

 

2015年8月31日

定番の『あの頃はよかった編』飲み会

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

週末土曜日は、愛大フォーク、商大フォークの合同同窓会(商愛戦)でした。
※どちらを前にするかで、もめます(笑)

 

定番の『あの頃はよかった編』飲み会かと思ったが、なかなか燃えるもんです。

定番というのは、「あまりにオーソドックスすぎてだめだ」という人が、夜はい

つも定番だったりすることを言います。(笑)

 

あの頃、世の中はフォークギターの世界からエレキギターに突入。

耳コピでつかんだあの曲のカセットは、すり減って伸びきるほどだが、そんな宝物

のアナログはたまらない。あの伸びきった感は、なぜか、「おまえ、頑張ったな」

と声をかけてくれる。どうしてもフェンダーのベースが買いたくて「18万のクレジ

ット組んだよなーあの頃」「あの時のGibsonのギターが宝物、大事にしたよ。見る

だけで飽きなかった」学生でも、いい音出すために家賃は滞納しても、楽器には拘

わった。

 

古いものと、新しいものの変革期であり、高揚感は半端なもんじゃなかった。

バンド予備軍の押し上げもすごく、女の子バンドが登場。100%女な歌を届けて

くれる。音楽が充ち満ちていた。一番いい時代を生きられたことに感謝!感謝!

高揚とは、このように女子が絡むことで化学反応を起こし、手に汗を握る展開が期

待されますが、期待外れに終わると、虚無、孤立をおこし沈没すると浮上に時間が

かかります。

 

学生があこがれた高級楽器は、人生の打ち上げ花火だと思うんです。

夏の夜空に消えていく花火。それは何千万のお金が一夜で消えるが、それだけに美

しい。札束に火をつけるくらいのことしないと人生面白くない。

花火の2尺玉だと直径500mになるらしい。お値段は60万円。人生の最後に購入

し、夏の夜空に散りゆくのも、いとよろし。

 

こうして夏の終わりの、残り香をかぐように酒くみかわしながら、時は流れた。

時折、人生の残り時間を、かみしめているようにも見える。(笑)

ふと思ったのは、みな昔の曲ばかりで新曲というものがない。(笑)あってもやら

ない。18歳の頃の歌を30年以上歌い続けている。

 

新曲、というのは何かを向こうに回し、抵抗し逆らって、凡庸すぎる人生に抵抗Ω

を与え、人生に一戦を交える覚悟のレジスタンスではないだろうか。これを読んで

いる、昔の友達よ来年の4年に一度の愛大フォークのOB会には新曲制作という道草

を踏みながら、ねちねちと創作活動をお願いしたい。

 

 

さて、週末、百田尚樹さんの「大方言」をよみました。

冗談が冗談で通じない、息苦しい世の中。

 

”方言は、常識に対するアンチテーゼであり、現状における問題提起であり、過激

な提言であった。またしばらく毒舌的であり、ユーモラスで知的な面もあった。”

なるほど、そうであります。本音と建前があるけど、本音で語ると、人間関係にひ

び割れができるようなことが多い「言葉狩り」時代へと変貌したものです。

 

松山市の市内電車には「ことばの力」というキャンペーンでいろいろな人の作品が

電車などに書かれています。

◎「しあわせもリンゴのように分ける母」

◎「退職し 帰りました松山に 還暦すぎてマドンナと」

この間見たのはよかった、電車に書かれているんですが
◎「どうぞ」と8歳、「ありがとう」と80歳

 

僕が一番好きなのは

「ピカソはピカソ、私は私」

僕が僕であるために、今週も頑張りましょう。

2015年8月24日

偏差値40あげて慶応大学に合格したビリギャルちゃん

ネタ帳ラボ!一期一会

 

 
 夕方に24時間テレビを見て、スタバのコーヒーを飲みながら、矢沢永吉の「夏の終わり」「YES MY LOVE」を聴いていると、夏のほてった体に染みてきます。そして夏が閉じられてゆきます。

 

 
 さて先日、愛媛新聞を読んでいると、とある記事に目がとまりました。

 

 
 学年ビリのギャルが偏差値40あげて慶応大学に合格。日本史の合格方法は、『学習まんが少年少女日本の歴史』を、ひたすら読んだとのこと。こういう、サクセスストーリーをなぜかこよなく愛してしまうのは、なぜなんでしょ?(笑)

 

 

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 本屋で早速立ち読みで、小学館の「日本の歴史」を読んでみたんです。なるほど、これは素晴らしい文献であります。AMAZONで23冊セットで20,466円いたしますが、悩みます。(笑)

 

 
 漫画というのは吸引力があります。「万有引力」この世のすべてのものは。互いにすべての物体は、引き合う。それが宇宙のルール。ただ、質量がばかでかくないと、なかなか現象としては理解できないので、意識はできない。

 

 
 氷の上でスケート靴を履いて力を与えないと静止したままですが、後ろから押されると慣性的に動きだし、摩擦がなければ止まりません。漫画って、背中を押してくれる力なんでしょうね・・・。そして、読みやすく抵抗が少ないので長く続けられる。勉強できるようになるには、この摩擦を少ないところに、漫画宇宙ステーションに、自分を置くというのが大切なんでしょうね。

 

 
 そして「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」を本屋で買って読んだんですが。なんか、説明が長すぎて、つまずいて、くどくて、僕には拾い読みでしか読めなかったのだけど(笑)ひとつ勉強になったのが、このビリギャルちゃん、「日記を書きなさい」といわれて、それを書き続けたんですよね。あるページには、「なんか、さびしい、なんか、せつない、なんか、つらい、なんか、くるしい、なんか、たのしい・・・。」とそれだけの羅列。でもこうして、自分の体内の毒素を見事に吐きだしている。時には、1ページ余白なく、自分の素直なきもちを吐露している。「もう、わたし女捨てるから」の言葉は、歩く道にワックスをぬったような、歌詞。周りの奴らの雑音という遠心力に、剥がされていく力に負けない、100%女の気迫という石臼のような重りなんでしょうね。

 

 
 夏はたそがれて、24時間もクライマックスを迎える夕方。テレビ観戦に参加。心臓病の13歳・山田倫太郎くんが好きな曲として、槇原敬之が「どんなときも」を「これが名曲なんですよ。」そして「障害は個性」と語る。言葉の重みが命とともに大地に足に根を張っている。黒田官兵衛V6の岡田准一君が登場。高倉健さんが「最近、気骨のある俳優が出てきて嬉しい」と言葉を残した。いろいろなロケ地の足跡をたどり旅に出て、その言葉を抱きしめ男の「強さ」と「やさしさ」をあれからいつも自問自答していると語る。

 

 
 マラソンのゴールまでみると、おなかがセンチメンタルで一杯になりそうなので。女子バレーにチャンネルを切り替えると、これが面白い。女のアドレナリン手裏剣が体に食い込んで、最後まで見てしまった。(笑)100%アマゾネスの戦いは見応え満載。やはり、男は女が好きなのだ。男子バレーだったら、こんなに興奮しないんだろうな・・。サンマさんが27時間で美人の「ハニートラップは絶対に破れない絶対無理」(笑)と語っていたけど、よくわかります。

 

 
*

 

 
 今日のメルマガから、日本語入力をATOKに変えました。有料なんですがwindows、MAC、iphone、ipad、アンドロイドで同時に僕のキータッチの蓄積で予想入力までして同期してくれます。変換が賢いんですよね。友達よ、俺のつたないメルマガに、力を与えたまえ・・・。昔使いにくくて、君を捨ててしまった僕を許しておくれ。

 

 
 君が好きになった「なんとか変換」。たとえば「なんとかひるず」と入力すると、虎ノ門ヒルズ、六本木ヒルズ、ビバリーヒルズ、表参道ヒルズなどの候補を出してくれる。下世話な僕は「なんとかおんな」と入力すると、砂の女、好色一代女、都市伝説の女、マルサの女、百万円と苦虫女・・・などと200以上の候補を出してれる。

 

 
 そして矢沢永吉「I love you OK」を選曲して、君をかみしめる夏の朝。

 

 

 そして「なんとかオーケー」と入力してみると「基本OK」と変換してくれた、君に笑顔をもらった。(笑)サンキュー!! 止まらないHA~HA!!だよ。

 

 

2015年8月24日

お盆明け徒然なるままに

ネタ帳ラボ!一期一会

 おはようございます。クレスト渡部です。

 

 
 滾るような、松山の夏。いかがお過ごしでしょうか?

 

 
 中学の夏のあの頃、蜃気楼のあがるグラウンドで、ピンポンダッシュをしながらバスケットボールを追いかけていた。大学生の頃は、大阪南港から2泊3日で南へ向かう。あの頃の方が100%を人生を謳歌しながら生きていたのは間違いない。

 

 

 読書ばっかりしているのですが(笑)五木寛之先生の「好運の条件」を読みながら、親鸞は90歳、法然は80歳、蓮如は85歳、こうしてみると念仏系の人のほうが長く生きる気がすると、面白いことを書いているのを見ながら、なるほどと、なにかビクンと感じたお盆でした。同じことを唱えなければ(笑)

 

 
 お盆の実家で、日曜日の夜の親父の楽しみ「BS日本のうた」を一緒に視聴。赤のキャップのデザインがイカス、食卓塩を、小ぶりのスイカにふりかけながら、昔ながらの手法で味の変化を楽しむ。介護の必要になった親父の足は難病で真っ黒になっている。血が通わないので、足の小指が内側に折れ曲がりくすり指の上に完全にのっかかって折れ曲がり、あまりにもむごたらしく、悲しい気持ちになる。

 

 
 「わーらにまみれてよ~」と「達者でナ」が始まると、親父の胸にその曲が食い込んで行くのがわかる。介護に大変なおふくろは、「馬鹿な出会いが 利口に化けて よせばいいのに一目惚れ なにわ節だよ人生は」とくちずさむ・・。(笑)

 

 
 最近よく実家に行く。親父の放送局人生がどんな人生であったかを確認するという作業にいそしむ。

 

 

 1970年 瀬戸内シージャック事件(ウィキペディア参照)
 https://goo.gl/ST6I09

 瀬戸内シージャック事件(せとうちシージャックじけん)は、1970年5月12日から5月13日にかけて広島県と愛媛県間の瀬戸内海で発生した旅客船乗っ取り事件。
乗っ取られた船の名称から「ぷりんす号シージャック事件」とも呼ばれる。警察官が犯人を狙撃することによって人質を救出し、解決した事件として知られる。

 犯人はライフル銃など3丁と弾丸80発、散弾250発を強奪し、ぷりんす号は瀬戸内海の向う側にある松山港に向かった。広島県警に在籍する警察官3,715人中1,256人が事件に動員。地元の中国新聞と中国放送がチャーターしたセスナ機を銃撃し、燃料タンクを貫通し燃料が漏れ出し、同機をあやうく墜落させかけた。一連の追跡劇で動員された船舶は、広島県警警備艇5隻、チャーター船1隻、海上保安庁の15隻に上ったほか、海上自衛隊も県警の要請により掃海艇と支援艇を派遣し協力し、4号魚雷艇には警察官が乗船して追尾した。ぷりんす号は愛媛県の松山観光港に午後
9時40分に入港した

 

 
 親父は、報道合戦が繰り広げられる現場の船の中で、犯人の乗船する船を照明で照らすという役目で最前線の取材チームにいた。弾丸が照明に向けて飛んできて、「照らすな!」という怒号が飛び、まさに命がけの仕事だったらしい。

 

 
 1966年の松山沖の全日空機の墜落事故も、最初に現場に駆けつけた報道チーム数名の中にいた。

 

 
 これらの痛ましい事件を、僕が多感な時期だったこともあるのだろう、親父の口からほとんど語られたことはない。だが、実家にちょいちょい行く度に、今、ヒアリングをしている。

 

 
 僕は、大学生の頃は、親父に頼んで放送局でアルバイトをした。ベスト10の中継や、ミュージックナイター、高校野球、デパート前でのラジオ中継、歌のない音楽会、愛媛各所でローカル番組、コンサートの中継など。結婚式などのピンスポットは楽しかった。1冊の本にできるくらいのドラマはあったのではないだろうか。

 

 
 親父は新しいモノ、コトが大好きだった。我が家は、カシオの電卓が出たり、テープレコーダーが登場したりすると。いつもいの一番に親父が買ってきた。実家の増築した座敷には、スポットライトが取り付けられ、そうめんを冷やすためのボウルを改造し、内側にアルミホイルを貼り、ストロボマシンを親父が作ってくれたリもした。

 

 
 放送局マンとして血沸き肉踊る日々の連続もあったが。今苦しんでいる。難病の足は、歩行を困難にし、ゆるやかな老後を与えてはくれない。生きることは悲鳴の連続のようだ。

 

 
 最近、幻覚が見えたり、意識が5分位なくなることが多い。その度に、オフクロは神経をすり減らしている。救急車を呼ぶでもなく回復を待つ時間はつらい。先日もディサービスの途中で、意識が薄れ。小生が車で迎えに行き、県病院に連れて行った。お盆の前だったが、いつもの先生がたまたま電話に出てくれて、診察の日でなかったので、オフクロの話をじっくり話をきいてくれた。幻覚とか、意識がなくなるというのは副作用かもしれないとのことで、皮膚科、内科、泌尿器科から出ている薬を点検してくれて、ある薬をやめた。「何とかうまく行ってほしいね」とオフクロと溜息をついた。

 

 
 「もう手を尽くすことはない。」といわれても、「何かいい方法はないのか?」と家族は考えるだろう。しかし、医療の現場では医師とじっくり話せる時間はない家族としては「なるようになるしかない」と果たして考えていいのだろうか?

 

 
 「何かいい方法はないのか?」最後までそう考えるのはなぜだろう?たくさんの家族は「もう手を尽くすことはない。」といわれても、丸山ワクチンの注射をしたり、いろいろと世話をやく。

 

 
 自分事となり、介護を手伝いながら、命の大切さを身にしみて感じる。何かをつきつけられたように考えさせられるコトが、なんと多いことか。そして、この営みの中に、夫婦や家族の愛を再確認していることもわかった。

 

 
 さあ、お盆明けですね。

 

  親鸞は9歳の時に出家、出家の際に「明日ありと思う心の あだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」と一首の歌を記されました。

 

 
「今を盛りと咲く花も、一陣の嵐で散ってしまいます。人の命は桜の花よりもはかなきものと聞いております。明日といわず、どうか今日、得度していただけないでしょうか」という意味です。

 

 
 私も「今こうして生きていることがありがたい」と念仏を唱え(笑)

 

 
 お世辞の手裏剣を飛ばしながら、人を3倍喜ばし、頑張ります。

 

 

2015年8月3日

生存競争を生き残った強者が奏でる実家の鈴虫のメロディ

ネタ帳ラボ!一期一会

 

 
 おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

 
 朝のNHKのニュースで、「長崎、広島に原爆が投下された日を知ってますか?」というアンケートで、かなりの人が知らないという結果を伝えてました。

 

 

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広島 1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分
※当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万~16万6千人が被爆から2~4カ月以内に死亡したとされる(ウィキペディア参照)

長崎 1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分
※この一発の兵器により当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した(ウィキペディア参照)

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 たまたま、今日の朝は実家に泊まっていたんですよ。おふくろのドラえもんのポケットである冷蔵庫からは、生協の共同購入で指さし買いした、旨さ16ビートの干し葡萄のパン。そしてルビーの指環ぐらいしぶいコーヒーを飲みながら親子対談がはじまりました。

 

 
 おふくろ(当時8歳)が、8月15日の玉音放送を正座してきいたことを思い出しながら、ふと語るんです。

 

 
 一番覚えてるのは「欲しがりません、勝つまでは」という言葉だと。 ※「国民決意の標語」らしい

 

 
 シラミ退治のDDTを小学校で頭からかけられたのも忘れられない記憶。

 

 
 「道端にばあちゃんが植えたというさつまいもを食べて、茎と葉を干したのを食べていたんよ」

 

 
「平和を感じたんはいつごろなん?」

 

 
「そうやね、ラジオ体操をみんなでやりだしたころかな」

 

 
 そんな、時代を綴ったような記憶の話を聞きながら、朝蝉の鳴き声をBGMに親子
の夏の朝が流れてた。

 

 
 まずい!そろそろこのメルマガ書かないといけんと思い、そそくさと玄関へ。 今年も虫かごには鈴虫が、夏ナスが3本串刺しされ(笑)炭もいれられてそれは見事に夏のアートがそこにあった。

 

 
 子供の頃から覚えている。我が家のこの鈴虫は精力絶倫の強者なのだと・・。おふくろの友達には鈴虫を100匹いつでも提供してくれる、秘密組織のような女友達がいるらしい。(笑)10匹でいいと思うでしょう・・みなさん。なんで100匹なのか?
 

 
 しばらく、この100匹を虫かごにいれるんですよ。するとどうなるか・・共食いするんですよね。そして2/3くらいになったところでそれを近所の人に配るんです。そして残った10匹の精鋭が我が家の玄関でお客様をむかえるわけです。

 

 
 雄雌の生存競争と子孫繁栄のバトルが、夏の実家の玄関に人生教訓のように示唆されながら存在していた。

 

 
 一瞬残酷のようだが、人生のドラマをみるようだ。オスは常にセックスのチャンスを伺うも、体の大きいメスは受精するとそのオスまでを、栄養源として食べていく。こうした性淘汰の結果生き残ったのが、自分でもあるんだな・・・と考えさせられる。そして、朝から♂の求愛は始まっていた。

 

 
 残ったオスがどれなのかは分からない。性欲絶倫も入れば、子育て上手なものもいるはずだ。それが自然界の黄金率のように存在しなければ、子孫繁栄には結びつかないだろう。

 

 
 少し話は変わりるけど、鳥はおしどり夫婦といわれ人間と同じように一夫一妻でつがいをつくる。オスは巣を見事に完成させ、子育てをサポート。有名な実験で、そのオスをパイプカットするとはたしてどうなるか?子供は生まれるのか?

 

 

 答えは「なんと、卵からひなが生まれるんですよ。」

 科学的には考えられません。

 パイプカットしたオスが、トカゲのしっぽのように、能力で再び蘇るわけでもありません。

 

 
 実はメスは、子供が生まれないことを知ると、どこかで浮気をして、性欲の強い雄とその場限りのセックスをするのです。その性欲の強者はボロ雑巾のように捨てられ・・メスは何食わぬ顔でおしどり夫婦を演じてるんですよ、、、たぶん。

 

 
子育て上手な夫が気に入っているんでしょう。(もし、自分の浮気がバレたら、オ
スに捨てられてしまうことも本能でわかっているはず。)

 

 
 もっと話を展開できるのですが・・・ドロドロになりそうなのでイントロで止めときますね、今日は。(笑)是非続きはナイトサイエンスで。

 

 
 人は脳が発達し、理性は浮気を攻める。正当化し、時に戦う。制度という枠をつくり、ガンジガラメになる。それでもその環境に対応できてしまう人も多い。

 

 
 いくらかっこ良くても、片思いをして一途な思いや、君しかいないみたいな思いは、なかなか届かない。ままならないのが人生。一発目から「つきあってほしい」が通じるのは、青春の特権。燃える夏の青春の告白は、人生に衝撃を与えるように甘美でギラギラしている。心臓が破裂しそうになる。

 

 
 男は結果を求め、女はプロセスを楽しむ。はじめは、そんなこともわからない。 しかしいつかわかる。恋も、手をつなぎ、腕を組み、あらかじめ下見した場所でファーストキスをくりださねばならない。・・・周到な準備が大切だと。キスも1,000回自己連をしておく必要がある。何を書きだしたのか・・あの玄関の鈴虫のおかげで(笑)DNAのどこかにスイッチがはいったようだ・・・・。

 

 
 おふくろの教えというのは実に、素晴らしいもんだ。(笑)

 

 
NHKのもう一つのニュース。

”中咽頭(いんとう)がんのため療養していた音楽家の坂本龍一(63)が、女優・吉永小百合(70)主演で山田洋次監督(83)がメガホンを取った映画「母と暮せば」(12月12日公開)の劇中音楽を手がけ、仕事復帰することが2日、分かった。坂本と親交のあった吉永が橋渡し役となり、山田監督との初タッグが実現。山田監督の「男はつらいよ」シリーズの大ファンという坂本は「この2人に何かを頼まれて断れる日本人がいるでしょうか」とユーモラスにコメントした。” ・・・中略・・・ ” 反原発活動を続ける坂本は、今作が長崎の原爆投下後の物語であることから「核のない世界を望んでいるぼくとしては、やるしかありません。このような大作が、復帰第1弾の仕事なのですから、ぼくは本当に幸せ者です」とコメント。吉永も「舞い上がっています」と喜んでいる。”

 

 
 すごく優しい音楽が聴けそうです。

 

 
 今日も灼熱の夏ですね。

 

 

 山下達郎さんの「夏の陽」を毎朝ヘビーローテションしています。「燃える夏の陽、窓の彼方で・・」

 

 
 さて、息子と2人で昼はランチを食べる約束があります。 柔道をやっていまして、この夏休みは福岡、高知と遠征、週末はインターハイで奈良です。高2なので来年が勝負です。

 

 
 今日はこの鈴虫の話で講釈をたれようと思っています(笑)

 

 
 通じるでしょうか?失敗するかもしれません。(笑)

 

 

2015年7月27日

FNS27時間テレビ2015、やっぱり面白いのは「明石家さんま 中居正広 27時間TV 今夜も眠れない」

ネタ帳ラボ!一期一会

週末は27時間テレビ観られましたか?

 

 
やっぱり面白いのは「明石家さんま 中居正広 27時間TV 今夜も眠れない」

 

 
恒例の「ラブメイト10」の好きな女性ランキングはなんでこんなにおもしろいのか(笑)セクシー女優との熱愛報道から話が展開され、さんまさんは語る。

 

 
「ハニートラップは絶対に破れない」絶対無理(笑)間違いなく名言です。「悟空もルフィも破れない技。何かの実を食べなあかん」(笑)このトークだけで、残り数時間のすべての空気を掴みきってしまったのを思い出します。

 

 
今年は「恋は漁師」と力説 中居くんは、看板に当たったトビウオを捕まえてきた。矢部は1本釣り。さんまさんは「オレは1本釣りなんだけど、いつも竿を2本持っている。」(笑)

 

 

このコーナー番組が面白いのは中居くんが本当に楽しそうなところ。何より、27時間で煮え切らない進行に、苛立ちを隠せない中居くんが、さんまさんと絡みながら「トーク勉強なるな・・やっぱこの人には勝てない、勝てなくてもい」的なリスペクトを醸しながら、温泉に入っているような空気感がなんとも言えない。

 

 
フジテレビが視聴率が下がっているという、その中で秋川雅史「THE TAKECHANマン~タケちゃんマンの歌~」がよかったですね。ちょっとしたミスマッチングから始まる展開から、意外性に抜ける・・・。芸術レボリューション。

 

 
歌(芸事)は1対多で見せながら、歌が届くときは1対1だというのが面白い。TEDプレゼンテーションでテレビ界への提言というのがあったけど、他人事に聞こえるのはなぜだろうか?喋るときに世の中に向かって喋るからではないだろうか。僕はこう考えているんだけど、あなたはどう思いますか?を面白く!来年はお願いします。

 

 
今年の27時間は進行で落とし所がよくわからない展開が・・多すぎ。若い現場のディレクターが育ってなんだろうな・・。そんなことを感じさせられました。

 

 
そして、最後にマクドナルドの話題をかぶせます。

 

 
日本マクドナルドは、「オープンキッチン」店舗を導入とのニュース。どのように調理が行われているかを見てもらい、店とお客様とのつながりを深め、安心して食べてもらいたいとの試みらしい。

 

 
「人間不信」が疫病のように蔓延したのか・・・。もう、自分の正義を証明するためには、自分を丸裸で晒すのが一番わかりやすい、ということか?コンプライアンスという悩ましいウィルスが世の中の自由の翼を奪って、面白いものがつくれなくなっている。

 

 
人間の脳は、理性と制度をつくるようでございます。自惚れも、絶叫も、孤独も通りすぎてもなかなか救済されない。そして僕のパターンは、自己嫌悪に潰される。

 

 
そこからどう逸脱し、異端のDNAを覚醒さすのか?

 

 
他人には通じない、官能の回路をいかにつくれるか?

 

 
一人だけの熱狂はつづきます。

 

 

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