RECENT POSTS

2016年2月15日

NHKスペシャル司馬遼太郎「この国のかたち」好奇心

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。
 
土曜、日曜と久しぶりに、NHKスペシャル 司馬遼太郎思索紀行「この国のかたち」よかったー、心が井戸からくみ上げた水で洗われるように、晴れやかになる。
 
没後20年。生原稿や未公開の手紙の取材が許されたとのことで、生原稿を見るだけで、何か興奮してしまう。松山の坂の上の雲ミュージアムにある作品の中でも、「坂の上の雲」の最初の生原稿を見るだけでLIVE感が心の琴線を空色に染めてくれる。
 
「この国のかたち」という本は、何冊か読んだことがあります。
日本人とは何か?初日の テーマは「島国」、日本の好奇心はどこから出てくるのか?
 
その島国好奇心にある根源的なものは、神仏習合だと司馬先生は語ります。木々や草花にも、山にも多種多様の神がいると信じられていた、それは八百万の神の信仰。壱岐の島では流れついた小さな仏像を大事にする、奈良県の丘陵それ自体が神である三輪山、鎖国時代、暗闇の箱の中長崎の出島にあいた一つの穴から入ってくる、異国への好奇心・・等々司馬先生の視点は歴史を的確に突いてくる。
 
そして、日本人は思想がゼロなのではないかと言われる、が、無思想という思想が、底の底にあるのではないかと思うと語る。
 
一番興味があったのは、日本の時代の中で室町文化の文化が今も脈々と流れていて、能狂言、謡曲 、華道茶道 、行儀作法、婚礼作法もこの室町時代からおこったという話。東山文化の特色はなんといっても書院造り。畳に村田珠光の佗茶があり、床の間に雪舟の掛け軸、そして生花を飾る・・・本当にこの床の間文化は今も続いているんですよね。
 
京都に行くと、小生が必ず行くのが足利義政ワールドの東山文化の銀閣寺。このお寺は禅宗であり臨済宗で、水を用いず、水をも象徴化した枯山水(応仁の乱で京都は焼土となり水を引けなかった)や、書院造りで有名。東山文化の象徴的な場所
ダメ将軍義政は政治を妻日野富子に任せて、応仁の乱へ突入、何十万の兵が動員され、豪傑も登場せず、よくもまあ、だらだらとそれが11年間も続いたものだ。文化に明け暮れた義政は、下克上でよく暗殺されなかったものですね。しかしながら、これで京都の貴族や公家なども全国に散らばり、義満の建築オタクと文化萌えが、地方に伝播したのは滑稽でもあり、糾える縄のごとし、歴史は深くねじまがりながら想定をはずれるのが面白い。
その頃武士ははじめて、自我にめざめ、 露骨に実力を発揮し、活気横溢となり、世は戦国時代の幕開けとなるわけです。これは何かで読んだのですが、 明日の我が身が分からない武士の兜は 香を焚き染めていたそうで、元々は貴族が着物にその香りを染めていた事がキッカケで、こういう、鎮静効果の香木を宋から集めたコレクターがこれまた義政で、 「伽羅」は黄金の価値があったそうです。うーん義政あなどれず・・・。まさに日本人の好奇心ここにありですね。
 
以上が土曜に放送の内容の感想です。そして日曜日のテーマは、“武士”。鎌倉時代の武士が育んだ、私利私欲を恥とする“名こそ惜しけれ”の精神!鎌倉の坂東武士の清々しさと、北条早雲の武士のあり方などが紹介され、汚職がない、明治の役人達の、痛々しいほど清潔さと、公の意識、高い倫理観はどこから来たのかなどがテーマでしたが、またいつかメルマガでも紹介します。
 
小生の好奇心もたいしたモノで、高校生のころ、雑誌の通信販売であそこが大きくなる装置を発見、その装置の内容はわずかな広告で海の物とも、山の物ともわからないのですが、興味はやむにやまれず。3000円くらいで購入しました・・・。そしてついに到着。両親にも発見されず、自室で心躍り、玉手箱を開けるようにふたをあけると・・・なんとでました、すごいの・・・。虫眼鏡拡大鏡。「ありえんやろ」「高校生騙しやがって」、昭和の多感な若者の抱えた、好奇心の憤りはいかばかりか・・・、それでも次の商品に向かう勇気(笑)、あー青春の好奇心でありました。(笑)
 
さて、別なまじめな話題ですが、NHKぶらタモリの2回に渡る松山特集の放送はみなさんご覧になられましたでしょうか?地形が好きなタモリさんの観点は面白いですね、興味が出てきて松山城主加藤嘉明の本をAMAZONで購入してみました。好奇心2。
 
そして、日曜の夜の真田丸を見ながら思ったのは、次男のあり方みたいなものです。長男は厳しく育てられるが、次男は親もある程度手加減が加わり、結構自由に育つ。長男を見ながらほめられるこつを学び、愛される術を自然に会得し、なにかしら出番を探している。真田の環境では、次男は城持ちにはなれないなかで、幸村がどう生きるか、そんなことを楽しみに三谷幸喜という奇才を眺めています。ちなみに、スポーツ界で次男は活躍するらしく、プロ野球では長嶋、王、イチローや松井秀喜もみんな次男だそうです。好奇心3。
 
それにしても、世の中のニュースの話題は男と女の浮気話や、国家議員の低俗な振る舞いのニュースばかり、こんな世の中に必要なのは、お坊さんの議員ではないかと、司馬遼太郎ワールドを見ながら思うしだいです。(^O^)
 
今日はこんなところです。
 

2016年2月8日

スペクタル!あっぱれ!愛媛マラソンは魅力にあふれている。

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

週末2月7日(日)は、愛媛の県民的行事になった「愛媛マラソン」が行われた。
  

 松山城を見上げる公園にあつまるランナー1万293人。天守閣から城主加藤嘉明がいれば何を思っただろうと、考える。豪傑な人物だったので「励め」と言うのか、「あっぱれ」と言ってくれるのか、満足度日本一の愛媛マラソンを開催する家臣になんと声をかけたであろう。「それにしてもこの愛媛マラソンの団結力は素晴らしゅうございます、殿」と家来は告げ、こういう。「昔、虫喰南蛮という小皿10枚の秘蔵の逸品を家臣が割った時、殿は残りの9枚もすべてわり、これで誰が粗相したのか問われんだろう。逸品であろうとも家来には代えられぬと言われました」「・・・あの時城はひとつになりました。その団結の力が今も残っているのですよ」などなど、頼もしく歓談し、ご覧いただいてあろうか・・・。

  

さてさて、小生はテレビ観戦。画面に映るスタート地点の混雑は、牛の歩みのようにノロノロしている。坊ちゃん列車の汽笛がビルに反射し唸っているようだ。熱が圧縮されてスタートから背中を押されるように走り出すランナー。年齢層も幅広で、高齢者の勇士が、いつもほほえましい。かぶり物仮装のランナーは笑顔は見えないが、マスクの下の笑顔はやる気に満ちて引き締まっているに違いない。スタート地点は、世界の中心で、愛を叫ぶで主人公のアキが病院を抜け出したロケ地の電停の場所であり、自由をもとめて駆け出すランナーに重なる。

  

このスペクタルな放送は、南海放送が地方放送局としては前例のない6時間生放送でお茶の間に届けられる。その気合いは、明治を駆け抜けた、「貧乏」を「貧乏」と感じさせない「坂の上の雲」の青年の多感さに似ていて、楽天で単純明快に爆発しているようだ。高杉晋作が奇兵隊をまえに「諸君、狂いたまえ!」その「狂」が放送の中に、たくさんあった。

  

放送マンとしての才能を発揮する舞台があるというのは、この愛媛マラソンを長年中継していた男達の魂がそこにあったからだ。実は、小生の親父も南海放送の技術部にいて、競技マラソンであったころ、テレビ中継初回から参加しその技術を伝承させてきた。電波を途絶えることのなく、中継するむずかしさの講釈を何度か聞いた。花開いた今、県庁近くの病院に入院しながら、根っからの技術畑男はベットの上では何を思っていただろうか?

  

愛媛マラソンは家族のような温かさがある。ランナーの走る姿に被さる応援愛のメッセージは、虫も殺せぬくらいの優しさで、ちょっとこそばいくらいのものが多いのだが、それもこの大会の慈愛なのだろう。その空気を盛り上げたのは、ゲストランナーの高橋尚子さんだ。

  

愛媛マラソンの難関は終盤の35kmくらいにある平田の坂で、シドニーオリンピックで言えば高橋尚子さんが、シモンとのデッドヒートを繰り広げ、勝負場所でサングラスを投げた場所にあたる。果たしてこのサングラスパフォーマンスをした人はいただろうか?そんなマニアックな事が頭をよぎるが、そんなカットがあれば面白かったにしろ、放送にはございませんでした。(笑)それでも、たぶん1万人が走れば、それをやりたい人がいるに違いない、それをやるには十分すぎる場所でもある。もしそれが撮れれば神映像でしょうが・・・まあオタッキーの戯言です。

  

シドニーオリンピックで高橋尚子さんはゴール後、小出監督を探していた、その純水のような人柄はなぜか覚えている。愛媛マラソンの優勝タイムは、和田壮平(徳島市陸協)が2時間21分0秒。高橋尚子さんはシドニーで金メダルをとり、次のマラソンで2時間19分46秒を記録する。まさにレジェンドな女性である。序盤からレースをつくり、最後は自分からスパートをかけて優勝する、圧倒的な強さが印象に残る。

  

高橋さんが「1万人とハイタッチ」と宣言。(ものマネ芸人みかんさんもハイタッチ頑張ってました。)マラソンの沿道で、高校生や、伊予の水軍太鼓の応援が繰り広げられ、子供達がハイタッチをしている。そういう空気感がすでに、あたりまえのように愛媛マラソンにはあるようだ。Qタッチ恐るべし・・。(^O^)

  

ゴール地点に三浦工業の足湯が設置され、ランナーが痛めた足の疲れをいたしていた。源泉を運んできたのでしょう、その温度が42.195度というのが面白い。なるほど、風呂の温度もそう設定できるのがあったら、これは機械としても売れそうだ。(笑)それにしても、これはあまりに嬉しすぎる、お接待だ。

  

とにもかくにも、三角にも。すばらしい、マラソン中継でした。

  

最高齢の方がインタビューで、「最高齢での出場おめでとうございます」とアナウンサーが語りかけると、ちっとも嬉しくない、そうきかれたのがむしろ不機嫌のようだった。「タイムが悪い」といいながら去った。無骨、石頭と言われそうだが、その頑固さこそが、走る原動力であることは間違いなさそうだ。

  

松山城の加藤嘉明は「これぞ、誠の志士なり」とつぶやいたであろう。

 
ランナーの皆様、関係各位の皆様お疲れ様でした。そして感謝です。

  

 今日はこんなところです。

  

2016年2月2日

申年、閏年の逆打ちお遍路スタート

ネタ帳ラボ!一期一会

 
 
 土曜日に久しぶりに第4回目のお遍路ツアーに参加(4回目/全16回)

 
 

 本来は先週の大寒波の日がツアー出発日でしたが、一週間延びての久しぶりのお遍路となりました。本年度は申年の閏年。四国八十八箇所では、順序を逆に廻る、「逆打ちまわりのお遍路」がブームとなっています。

 
 

 それは初めてお遍路周りをした衛門三郎の故事に由縁があります。

 
 

==

 伊予国河野家の一族で、砥部の運動公園からほど近い、文殊院で豪農である衛門三郎という者の物語です。欲が深く、情け容赦なく農民に接する、この男の前に、みすぼらしい僧が現れ、托鉢を行います。八日目、衛門三郎は、怒って僧が捧げていた鉢を竹のほうきでたたき落とし、鉢は8つに割れてしまった。僧も姿を消した。

実はこの僧は弘法大師でした。

 三郎には8人の子がいたが、その時から毎年1人ずつ子が亡くなり、8年目には皆亡

くなってしまった。悲しみに打ちひしがれていた三郎の枕元に大師が現れ、三郎はやっと僧が大師であったことに気がつき、何と恐ろしいことをしてしまったものだと後悔する。

 三郎は懺悔の気持ちから、田畑を売り払い、家人たちに分け与え、妻とも別れ、大師を追い求めて四国巡礼の旅に出る。二十回巡礼を重ねたが出会えず、大師に何としても巡り合い気持ちから、今度は逆に回ることにして、巡礼の途中、阿波国の焼山寺の近くの杖杉庵で病に倒れてしまう。死期が迫りつつあった三郎の前に大師が現れたところ、三郎は今までの非を泣いて詫び、望みはあるかとの問いかけに来世には河野家に生まれ変わりたいと託して息を引き取った。大師は路傍の石を取り「衛門三郎再来」と書いて、左の手に握らせた。天長8年10月のことという。

 翌年、伊予国の領主、河野息利(おきとし)に長男が生れるが、その子は左手を固く握って開こうとしない。息利は心配して安養寺の僧が祈願をしたところやっと手を開き、「衛門三郎」と書いた石が出てきた。その石は安養寺に納められ、後に「石手寺」と寺号を改めたという。石は玉の石と呼ばれ、寺宝となっている。

==
 
 

 衛門三郎は妻と別れの水盃をかわし、白衣に、手には手っ甲、足には脚絆、頭には魔除けの菅笠をかぶり、右の手に金剛杖を持って旅立ちました。・・この出で立ち姿が、お遍路さんの姿となり、巡礼したお寺に紙に自分の住所、氏名、年月日を書き、お札をお堂にはりました。これが、お納札になったそうです。(自分の居場所を弘法大師に伝えるため)

 
 

 衛門三郎は申年の閏年に逆打ちして、弘法大師へ再会できたため、申年の閏年のお遍路は御利益が三倍あると先達さんが申していました。
 
 

2015-11-23 12.20.28
 
 
 この衛門三郎の物語を、45番札所の岩屋寺に向かう中で、読み聞かせのように、しんしんと、ガイドさんが語るのですが、お手製の人形を使いながら、童に語りかけるように話されました。時間にして30分、またお遍路の起源にふれて、深く学びたい気持ちになるのが不思議です。名ガイドさんがいらっしゃいますね。

 
 

 さて、2016年のスタートにふさわしい45番札所の山岳修行のお寺岩屋寺から。靴の先に縄を巻きながら、麓の赤の欄干の橋を渡る。直瀬川は雪解け水が溶け合い、清清しく流れて、純白の景色と混じり合い、百年プリントといいながらシャッターを押す。
 
 
2016-01-30 08.46.27-2
 
 

 岩に付着する陽生植物は何というのか?全く一つもわからない、自分の学のなさにあきれながら、膝がガックガクになりながら昇ります。つづら折りの坂に体力を奪われ、湯気汗をかきながら岩屋寺へ。

 
 

 「はー、はー」が止らない。(笑)

 
 

 岩山に抱かれたような本堂は、母体の子宮のような場所にあり、洞窟は生まれ変わるような神聖な場所ともいえそうだ。もう少し体力がついたら、修行場にも挑戦したいと、柄にもなく思った。そう、思わせるのは古刹のような、生まれ変われるような、蘇生の力が漲る場所に感じたからかも知れない。

 
 

 今回は四十五番岩屋寺 四十四番大寶寺 四十三番明石寺 四十二番仏木寺 四十一番龍光寺とお遍路、毎回気づきはたくさんあるものです。

 
 
DSC_4834
 
 

 先達さんがお線香の3本は、現在、過去、未来とのことと、お話しされた。場を清めるとかなんとなく思っていたのだけど、さらに一歩深まるだけで、脳にアドレナリンが走った。線香は口で吹いて消してはいけない、亡くなられた方の食事となるのが「線香の香り、」線香の煙が、「あの世」と「この世」の橋渡し、知らなくても困らない知識ではあるが、脳の中で、それらのことが突如飛んで集まるときがある、無駄の中にこそ個性あり。

 
 

 まだ解けぬなぞが、お遍路さんにあります。それは、何故何回もお遍路さんを廻るのか、廻ろうと思うのかという事です?

 
 

 なんでも、たいがい人間は飽きます。

 
 

 最近、福利厚生で食堂を取り入れた企業もありますが、こんなありがたいサービスも2年が立つと飽きるという人が出てきたそうです。昔のテーマパークも同様。

 
 

 一番恐ろしのが、自分が飽きられるということ、「飽きる」は化け物みたいなもんだ。恋も飽きる、夫婦関係も飽きる(爆)、毎回同じメンツの会合も飽きが来る。そんなこのメルマガも、長年続けると当然飽きられるわけで、しかも、FACEBOOKのように両方向でなく、片方向の情報発信。(汗)

 
 

 その点、旅に一緒に出るというのはイイ。新しいことがいろいろある。岩倉具視 欧米使節団が1年10ヶ月世界をみて、殖産興業を興したように、気概がある旅は、刺激に満ちている。なにせ、たくさんの選択肢を見つけられる。

 
 

 お線香三本をあげながら、現在、過去、未来を考えながら、永遠の好奇心・・今年のテーマです。

 
 

 今日はこんなところです。

 
 

2016年1月27日

大寒波ということでNHKラジオをきいています

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

  
大寒波が訪れていますが、皆様大丈夫でしょうか?
四国は山沿いでは雪が降っていますが、松山は平野部では雪は降らず難を逃れています。
  
昨日からNHKラジオをつけっぱなしにしていると、交通情報やインフラ情報、被害状況がつかめ、全国規模でわかります、こういうときは「生き抜くための」情報整理の訓練にもなりそうです。もし、停電になれば、どれだけ有益になるか、まさにラジオの真骨頂「底力」でしょうね。こういう情報を織田信長がきいたら何をするだろうと思うだけで、ちょぅっとゾクゾクします。永田町の国会議員は議員会館でちゃんとラジオ聴いているんでしょうかね・・。(;゚ロ゚)
  
一方、今日の朝一に摩周湖からの中継。屈斜路湖は全面凍結するけれど、摩周湖は水深が深いので(水温が高い)部分凍結。-15くらいになると氷が浮かんでくる。摩周湖周辺では、早起きは三文の徳、朝日にはえる樹氷エゾシカやオオワシもやってくるという。
  
厳冬期、雪と氷に覆われた湖。摩周湖は日本一の透明度、氷の上にのって、その湖底が見えたらどんな気持ちになるのか・・・足がすくむ。(笑)夜はしんしんと雪が降り、その静寂はいかほどのものだろうか?-15度になると。ダイヤモンドダストが見えるという。
  

そんなこんなの情報をききながら、他人事のようにも聞こえてはいたが、パウダースノーを集めて、パーコレーターで珈琲をいれて飲んだら最高で、あわせてチョコレートフォンデュをやって見るのはいかがしょうかときた・・・。メモメモと、付箋に思わず書き込んだ。パーコレーターで入れた珈琲は、1度だけ体験した。木島平で冬の丸太小屋で飲んだ。なんとも言えない深みの記憶がある。

  
人生の楽しみは、この世ならざる物を見なければならないと、つくずく思う。
  
銀座で飲んでも、高級ホテルで美味しい物を食べて満足しているようでは、面白くない。豚にでも食わせておけば良い。もちろんそれは悪いことではない、そんな人こそパーコレーター珈琲を探すべきで、その振り子の振れ幅が大きいほど、人生は満ちてゆく。
  

昨夜、お袋の所へ行ったら。寒さ対策でCOOPでノンアルコール甘酒を買ってきていた。「寒いけん、甘酒飲もや」「ええねー」、台所で甘酒を温めて、生姜をすって入れる。この、生姜を入れるか入れないかは、バカとカバくらいの差がある。(なんのこっちゃ・・)生姜がきいていて、めちゃうまい。「ラジオききよる?」「NHKつけっぱなしよ・・さすがNHKよ・・・寝るときは1時間タイマーにしてねよんよ」・・・さすが俺のお袋。「頭が寒いんで、ニット帽をかぶったらよく寝れる」とのこと。(笑)
  
雪の思い出話をしていると、紅茶にイチゴジャムでロシアンティが登場。これまたうまい。ちょっこり、生姜を入れている。最後に緑茶じゃなくて、ほうじ茶が出てくる、緑茶は身体が冷えるけんね、緑茶以外を冬は飲むのは、お袋のちけであります。
  
人間は毎日、ご飯と味噌汁と、お新香を食べれるが、毎日同じ新聞は読めない。情報だけは、毎日同じではたまらない、なにをインプットして、なにをアウトプットするのか?
  

「錦織選手次は、ジョコビッチやね」と78歳のおふくろ。「見よんかい!!」(笑)
「今日はフランスに負けた人に勝ったんよね、すごいね」・・。

  
他人事の情報を、自分事にかえるためには、その理由があるとしたら
  
いろんな情報を入れながら。こうやっていくつになっても、子供を刺激するためなのかも知れない
  

2016年1月18日

SMAP解散のニュースに思うこと

ネタ帳ラボ!一期一会

 

 
SMAP解散のニュースが世の中に流れています。

 
 この世を、日本を支配しているのは天皇でも、政府でもなく、まさに「情報」。どうでもいい情報と、必要な情報が交差しながら、それをマスコミという信憑性の高いメディアが、担保してくれるのかというとそうでもない。それにしても今回はなぜかメディアが温かいというのが、面白いところだ。いや、面白くはない。

 
 誰もが思っているのではないか?

「人は時に制御不能に陥ることもある」、と。

 
 
そのプロセスは歴史を学ぶように知りたい。

 
FACEBOOKで昨年の暮れに、こんなことを投稿していました。
==

イチロー、マーリンズから「終身雇用」とのニュース、企業でもイチロー的な人は増えてくるかも・・。このような形を「終身雇用」=「イチロー契約」とでも言って、来年の流行語にノミネートされそう(笑)
ジャニーズもSMAPをアイドル終身雇用契約したらどうか?それは見てみたい気分でも有り、そんなことをしたら後輩の人生まで変えてしまいそうですが、賞味期限という誰にでもある悩ましい美醜の処理方法のイチロー的なあり方の行方は、いかになるのでしょう?
イチローがオール白髪となりバッターボックスに立つ日があるのだろうか、そんなこんなもイチローだからこそ見てみたいわけであります。

==

 
解散に大義があるのか、個人の「利」が優先されている、今までの「義」はどこへ行ったのか?まあ、そんなことは今回は良いのです。そんなにSMAPのフアンという訳でもないのですが(汗;)、アイドルというのはその成長を見せてくれるのが商売でございますので、解散となると別人28号になるわけで、大衆がアイドルに損得で見切られるというのは、ちょっとばかり納得がいきません。(笑)

 
 
これからのSMAPのあり方は、大衆として見てみたいんですよ。アイドルとしての登山は魅せてくれるわけですが、下山にも綺麗な風景があり、その先のサンセットまでは小生は見れないでしょうが、その下山のときに垣間見せるアイドルのライオンハートはSMAPだから見てみたいわけです。他のアイドルグループなど正直見たくないのです。(きっぱり)そんな風に思っているのは僕だけでしょうか?

 
 
僕は中居さんが好きなのですが、寂しさのほろ酔いからでるような、奇妙な寂しさの空気、笑顔でのあくたれも含めて(-_-)、多彩なところが一流です。ただ、思うのは、それはSMAPという安住の巣があってこそという気もします。例えば木村さんが、エンタメでは出てこないという共同作業により成り立っている。そのあたりまで計算した女性マネの錬金術は希有の天才なんでしょうね。ぜひ小説家になり、本を書いてほしいです。

 
 
スマップは歌は下手ですが、人を元気にさせるような歌を歌うと、天下一品です。なんかこう惹きつけられる。何故?今回は音程外すなよとか、うまく歌い切れよ。そう思ってしまうからでしょ。しかも、ソロパートもあり、出番を待つのがイイ。自然に応援してしまうんです。ヒーローには、弱点が必要不可欠です。

 
 
果たして、氷のように冷えついたこの事態ですが、どうなるのか?一度嫌いになると、好きにはなかなか戻れない。せめて、「嫌いじゃない」のポジションまで回復すればいいのか。そうは、イカの金玉なのか?

 
 
天皇制の下、戦争体験はあっても、大きな占領体験はない。単一民族国家を維持してきた日本は、本来はとても優しい。しかし、平和が長続きし、経済もそこそこに、薄型テレビももうこれ以上薄くならなくて結構になり、iphoneのようなモノまで行き渡ると、あまりに平均的な金太郎飴みたいな人があふれている。

 
 
いろんなモノがあふれると、若くなければできないことが減っていく おじさんは、おばさんは若い人に負けない。(笑)一方、おじさんも、おばさんも共同体の中に長くいると、気が狂いそうになる。 だが、何か事をなそうとしても、今はまだ時期ではないなど先送りしているうちに道行き途上で死んでいく。

 
 
うーん、早起きで・・・。だいぶ言葉が瞑想してきた。

 
 
こんな世に、僕はアイドルを信じたいのだ。(^O^)

 
 

「なんてったってアイドル」言い換えれば、「面白きこともなき世を、面白く」

 
 

Mm...なんだかんだ言っても つまりは単純に君のこと好きなのさ

 
 
今日はこんなところです。

2016年1月12日

「至誠にして動かざるは、未だ之れ有らざるなり」吉田松陰

ネタ帳ラボ!一期一会

2016年 新年明けましておめでとうございます。本年もクレストデジタルズ渡部をよろしくお願いいたします。

さて、週末は大河ドラマ”真田丸”が始まり、楽しみが一つ増えました。

徳川との2回の籠城戦に真田は勝利。ブラタモリでタモリさんがその上田を探求してましたが、川の上に街並みをつくり、いざというときは取り壊され、お堀の役割を果たすなど、侵略を前提につくられた城を見ているだけで男心がどうにかなりそうです。

2回目の上田城での戦い。江戸から北回りの中山道をとおり徳川家康の息子秀忠は関ヶ原の戦いに向かいます。上田で真田の籠城策に敗れ、先陣をつとめるはずの徳川軍が合戦に間に合わないという大失態。このことで家康は恩賞を多大に西の大名に払うこととなり、日本の西側の勢力は幕末まで勢いを残す事となった。真田の大和魂そこにありです。

毛利家は関ヶ原の戦いで西側の総大将となり破れ、山口だけが領国となりました。その長州からでた吉田松陰の門下生が倒幕に向かい、明治維新という事が成った。吉田松陰は、「忠義の男」古くは楠木正成、赤穂浪士、真田家の歴史から「志のなんたるか」学び読書から己を磨いて行った。武人が敗れて残したのは、その屍をこえた「志」。その希有な歴史の中を、千曲川の水量のように燃えたぎる熱いエネルギーを、いかに表現してくれるのか楽しませてくれるのが大河ドラマの見手の楽しみです。

2015年の大河ドラマは「花燃ゆ」でした。視聴率が最低だという事ですが、僕は今までの大河の中で堂々NO1の大河だったと思います。特に吉田松陰が登場した前半1/3が秀逸でした。それからは大奥や、フィクションのようなストーリーが盛られ、見るのをやめた人も多かった事でしょうが、マスコミは視聴率がどうのこうのばかりをニュースにする、最後まで見てないひとに、文句を言う資格はないと・辟易としていました。これは、日本人の悪い癖です。

「至誠にして動かざるは、未だ之れ有らざるなり」吉田松陰

至誠を持ってすれば、動かなし得ない事はない。獄にはいり、死刑となり、志に殉じるようにその生涯を終えた。「死にあたり、私が私でいられるであろうか?」とその言葉を見つめるシーンなど心にしみました。死刑になるのも、自分の至誠が足りなかったとでも言いたかったのでしょうか。

このドラマでなんども問われることば

「君の志なんですか?」

吉田稔麿が江戸藩邸でつとめたいと言う

「君の志はなんじゃ」松蔭

「ただ学びたい」稔麿

「学んでどうする」松蔭

「この国を守る」稔麿

「どのように守る」松蔭

「ですから、それを学ぼうと」稔麿

「今この場所で己を突き詰め、志を見つけられんものに、何ができる。君のようなもんが江戸へ行っても、無駄です。」松蔭

それから稔麿は、江戸帰りの船番人から江戸の暮らしをきき、何を食べ、何に悲しみ、何を笑っているのか、異国の文明をどう恐れているのかなど、知行合一で志を磨いていく。

自らの実践で出たものは、空論ではない。

松蔭は言う

「その志、しっかりと受け止めた、身分の上下、下らん建前すべて、志の前では一文の価値もない、古い考えに縛られてはならん!諸君狂いたまえ!」

稔麿、江戸へ

「僕がこの世の中で、一番恐れているものがわかるか」

「何事も成さんことじゃ、何事も成そうとせんことじゃ」

「志の果てに向かえる、死以外に死にとうない。断じて!!」

目先の誘惑に足下をすくわれてはならない。

松陰先生は、本を読むとき半分のエネルギーを筆記に費やせという。(この作業を抄録という。)だから、大河ドラマを見ながら、良い言葉は筆記しながら見ていた。

熱にほだされたように留魂録を読んだ。なぜ野山獄で3畳部屋で本を読み続け、囚人に講義をしたりできるのか知りたかったのです。あなたは「利」で生きていないか?成果が上がりそうなら行動するが、成果が上がりそうでなければ行動しないという発想が気に入らないという、時と場所を選ぶ態度が気に入らない。

誰かが立ち上がらなければならないと思ったときには、その行動によって、何かがかわる可能性が高かかろうが、低かろうが、死のうが「結果」などは何も考えず、真っ先に自分が立ち上がるべきなのだ。「死ぬ覚悟はある、じゃが無駄死はせん。時がくる、今ではない、そう言い続けて何もなすこともなく人生が終わるんじゃ。声を上げん者に、声が届かん者の気持ちはわからん。事をなさん者に、失敗した者の気持ちはわからん、いつだってお前は見物するだけじゃ、口先だけは立派なことを言って、何の行動もせず、そういう人間を僕は最も恨む。」

獄にはったときでも、死ぬ間際でも己のために勉学に励む、それは命の水が涸れないように、井戸を掘っているようでもあり、そうしなければ自分という存在の立脚点が消えてしまいそうになるようだ。

志士とは高い理想を持ち、どんな境遇にあっても、心の持ち方、その節操を決して変えない人のことである。死を覚悟し、それは望むところで有り、人生で起きるそれらの出来事に、いちいち動揺してはなりません。いちいち動揺しているから、“正しく生きる”ということを、自分の人生で実現できないのです。

「草莽崛起」

「事をなす者は今後、名もなき者の中から出てくる。身分も位も関わりない。奮励努力した者が必ず志を成し遂げる。じゃから共に励もう。」

「花燃ゆ」で坂本龍馬は言う

吉田松陰はみんなをつなぐ。

この国の志ある者みんなを。死してなお生き続ける。

れが吉田松陰。まっこと男の中の男。

わしもやるき。

何物にもとらわれん。我がなす事は我のみぞ知る。

長州藩 毛利敬親は言う

決めておる事がある

藩主として余はいまだ迷い

自問自答を繰り返す身じゃが

志ある者の邪魔立てだけは

すまいと決めておる

なぜなら

誰しもその命潰(つい)える刹那

「生ききった」

そう思うてほしいからじゃ

背中を見送る時は

常に願うておる。

「行け。 輝け」と。

ちょっとばかり長くなってしまいましたが

信念のご挨拶に代えて、今日はこんなところです。

 

2015年12月16日

「下町ロケット」はダークサイドの妙!

ネタ帳ラボ!一期一会

日曜の夜、高視聴率大人気ドラマ「下町ロケット」を見ながら、つくづく大衆は敵討ちというドラマ展開が好きなんだなと考える次第であります。そして、それを見事に納得させてしまう、池井戸潤は奇才なのでしょうか?

大衆は、日常で理不尽の饅頭を食わされ、悪口、嫉み、嫉妬、陰口、風評被害にも悩まさされる。現実では正々堂々という「正義」はなかなか通用せず、その旗本に、なかなかなか仲間を集めず、共同体は正義を飲み込んでしまう。

それがどうだ、あの佃製作所の炎のチームワークは、神がかりとも言える。誰もがあの場面に場所にいたくなるではないか。(笑)まるで純白の豆腐のように、社員は鍋の中でいい役割を社員が果たしている。人は、純白を見せられると弱い。

「下町ロケット」の面白さはなんだろう?忘年会ではこの「下町ロケット」を話題に出しても、なかなか弁が進まない。誰もがあり得ないと思っているから、話が急速にしぼんでしまう。(笑)美しいモノは酒の肴にならない。

やはり、人はダークサイドが深ければ、深いほど興奮を抑えることができないのではないだろうか。「他人の不幸は蜜の味」手柄を横取り、誰かにダメージを与え、支配力を誇示し、悪意を隠して攻撃する。その利害関係の白黒のグラディエーションの描き方グログロのところが、池井戸潤作品のマジックなのか?

さてさて、話題変わりまして、日曜のお昼、山下達郎「サンデーソングブック」を聴きながら、リスナのハガキ

質問です:

今回のツアーで使用しているポスターは、いつ撮影されたものでしょうか。長い間、ツアーを観てきましたが、テレキャスにカポ8で弾くとこを見た記憶がありません。あと、バックもステージセットとは違うようです。想像では名古屋のボトムラインではないかと思っております。

達郎さん:

すごいな、それ・・。

えぇ、あれはですね(笑)

種明かしをしますと(笑)・・

去年のまりやのライブです。

まりやのライブの一曲目の「アンフィシアターの夜」のところでギター弾いてる、そこんところを撮ったものです(笑)

細かいですね!(笑)

すごいですね!(笑)

このやりとりを聴きながら、さすが達郎フアンとうなりました。(笑)

本当にまっこと・・マニアックなファンが多い!

先日は私の名前は達郎さんの曲の「潮騒」です。なんていうリスナーのハガキにはほほえみしかありません。親のエゴはすごいわ(笑)

達郎さんは、すべてのハガキに目を通し、こんなマニアックなハガキを探し当てるのが楽しみのようです。今日かかった達郎さん以外の曲は全部知らないけど、新しい風をくれる(マニアック育成)。コンサート中で放送が地方局からの録音になるのだけど、曲はすべて自宅でリマスターされFM音源に最適にして持参・・・。そして今日ラジオで言っていたけど、しゃべる話(曲のデーター等詳しく)もすべてデーターで持って行くとのこと。先週はCDを今年は500枚くらい買ったと言ってたし、どんだけ研究しとんですか?他の追随を許しません。

達郎さんのかける曲は。50年代、60年代、70年代、80年代中期くらいまでのオールディーズソング、デュランデュランとかジャーニなどは死んでもかかりません。

達郎さん曰く

オールディーズとは何ぞや?

オールディーズとは古いということです。

古くてもいい曲、Oldies But Goodies!

クリスマス・イブがじーんとくる年末、サンソンのように自分の楽しみのラジオが一つあるだけで、週末が満たされます。

今年はこのメルマガが最後!

「下町ロケット」を見ながら、自分もダークサイドが多いなと反省。

断りたくても、ことわれない 忘年会に屈服し

自分の立場をよくしたいと考えたり

世間体ばかり気にしたり、無関心を気取ったり

根性曲がりにつける薬はないのか?(笑)

いろいろお遍路の本を読んでいたら、いいお話が

他人をとことん攻撃している男に

お釈迦様が

「もし他人に贈り物をしようとして、その相手が受け取らなかった時、その贈り物は 一体誰のものだろうか」とききます。

「そりゃ、言うまでもない。相手が受け取らなかったら、贈ろうとした者のものだろう。わかりきったことを聞くな」

はい!その無責任な口は、他人への攻撃は、すべて自分に返ってくるわけです。

今日は「下町ロケット」を見たので、一つだけあるまっ白いブリーフにネオ!ブラボーロケット2015を格納し、昔の武士が白いふんどしを締める気分で、年末駆け抜けます。

それでは、また来年よろしくお願いします。

2015年12月7日

お遍路3回目88番札所大窪寺にて

ネタ帳ラボ!一期一会

 おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

 
 

 12月になりの助挌の「あおさ汁」が恋しくなり、街中での仕事終わりに行こう

か行くまいか、年末にやっぱりあれ飲みたいななどと、そんなどうでもいいような

儀式をやらなきゃいいものを、一人じゃなんかしっくりしないと、渡部は打ち合わ

せしていたRさんに30分拝借し一緒に、炉端の前に座るのであった。 最初の一

口の磯の香りに、昭和の海をおもいだしつつ、一気に喉に流し込む。そんな自分の

満足した顔は、どんな顔をしているのだろうなどと、今考えている。

 
 

 いよいよスターウォーズが公開される、最初どこで誰と見たのか?どんなストー

リーだったのか?高校の頃見たその記憶は透過されている。それでも主人公がアナ

キンスカイウォーカーだったのは覚えているわけで、それは「アナキンって穴と金

玉で変な名前」と、友達がなんども言っていたというヘンテコな理由によるものだ

。(笑)とりあえずえお隣のGEO妄想発電所で、エピソード4・5・6を借りて、

旧作1枚70円の電気代を支払ったのち、深夜連続発電で見届けてお遍路に向かうの

であった。

 
 

 お遍路も3回目となると、あの初回のような初々しさが消えていくようで、もう

マンネリが渡部を襲いはじめている、これは加齢というフェードアウト装置が働い

ているのか、とおもいつつ、どこかで減速リミッターを外さなければと思っていて

も、身体が堅くて背中の解除ボタンにありつけない。(笑)

 
 

 毎回行き先が変わるパズルのようなお遍路(途中参加)を進んでいる、今回は讃

岐路で84屋島寺、85八栗寺、86志度寺、87長尾寺、88大窪寺へ向かう。全16回の

お遍路を1月から参加している方は今日が結願となるという、思い入れが深いお遍

路最終回のクライマックス。バスでは結願にあたり、感謝のご接待でせんべいや、

あまたい飴、チョコ、海産物の乾物、などが次々と回転寿司のように廻ってきて、

餌をあたえられる犬のように与えられるだけ食べている。時には、小さな袋にお菓

子とアクリルたわしのようなものをセットしておられる方もあり、思わず合掌せず

にはいられない。

 
 

 84屋島寺には赤い鳥居が連続し、その両脇に四国狸の夫婦が鎮座し、左が狸の大

将の男狸、右が優しい目をし子供にお乳をあたえている女狸、この組み立ての意味

は夫婦円満であろうと理解できるが、とはあれ参拝者の興味は女狸の右おっぱいに

あるようで、皆が触りまくりテカテカしている。「おっぱいは永遠に不滅です」、

つづいて85八栗寺へ、レトロなケーブルカーで山頂へ向かう。昭和39年の日立のプ

レートがものづくりのプライドとして刻まれている。今日は一眼レフを持参したの

だけど、近年まれにみるいいショットが撮影できて、写真の素晴らしさを感ずるに

至った訳ですが、公開はやめときます。(笑)秘仏として保存。ここで奇特な方が

いて、第46作 寅次郎の縁談で食べたお餅を事前に頼んでくださっており、1個いた

だいたのですが・・・なりませぬ、なりませぬといいながら、罪悪感を解き放たれ

、お遍路は楽しく続くのです。

 
 

 こうして四国八十八箇所を巡りながら、やはりお大師様のことを考えます。そこ

にあるのは、きわめて異端な遺伝子。大学をやめて一人山を巡りバガボンド(放浪

者)したのは、仏教の修行をしながら、山岳修行では薬草や、山や土の性質を研究

したからではないか、海に出ての修行では、さらに海洋学、天文学を身につけた。

水脈を見つける、温泉を見つける、雨乞いで雨を降らすなどというのは野生動物の

ように修行していれば簡単だったでしょう。そんなマージナルに位置するポジショ

ンをとるということで、満ちるものがあったとすると、それをいかに伝えるか?同

じ事はとうていできません、だから護摩を焚き、真言をとなえる法力みたいな舞台

もつくり、言葉悪いですがシャーマニズムみたいな極限状態でトランスを生み出し

、考える力を増幅させると考えたのか?素人が考えるにも及びませんが、とても興

味があります。

 
 

 
 

  結願(けちがん)の地、88大窪寺へ。すれ違う人に「ご苦労様です」と心で唱

えても、声にはできない。小生のような、不作法なものが声をかけるなんて、不届

き者と空からおしかりを受けそうだ。結願を達成された人の会話に我が耳は、人工

衛星をおうようにアンテナを向ける。「とても幸せな時間だった、まだまだ歩ける

よ」そんな結願の会話になぜかシンクロしてしまう、バスの中で結願証(2,000円

)を広げている姿をのぞき込みながら、シャッターを切ったらどれもピン暈けして

いた(笑)、みてはいけないのだと自覚した。

 
 

 人生の区切りを打ち込むような88番札所に、お遍路3回目(あと13回残)で到

着してしまい、この88大窪寺をどのように消化していいかわからない自分をおさ

めつつ、山門でしっかりとお礼をした。

 
 

 「異端力」という本を読んでいたら、面白い記事にであう。スティージョブズは

13歳の時に、ヒューレット・パッカードの社長に周波数のカウンター用の部品がほ

しいと電話したという。好奇心旺盛な少年を社長はアルバイトをさせたそうな・・

。はたまた、ガンジーは一種の健康法として、毎晩全裸の女性を姪二人に挟まれて

寝ていたという。そんななか、バスツアーで楽してお遍路を廻っている自分は何を

やっとるのか?異端力とは・・・。

 
 

 スターウオーズのように、エンディングを迎えてから、新しいエピソードがはじ

まるボクの遍路旅は、まだまだこれから。 大窪寺で「最後を見ておけ」というの

も何かの暗示なのでしょうね。人もラストシーンを先に見てから、生まれたらどん

なに違った人生を生きることでしょう?

 
 

 もっともっと自分をマージナルな位置にポジションしなければと気合い入れ直

して、今週も頑張ります。

 
 

 師走ですね、お体をご自愛くださいませ。
 
 

2015年11月30日

他人事を自分事に変える力

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございますクレストデジタルズ渡部です。
 
 

iphoneを持っていると便利だけど、iphoneで幸せはなかなか感じられない。コンビニは便利だけど、昔の八百屋さんのような会話の方が幸せを感じられる。
 
 

カセットに新しい曲を注ぎ込むには、音源であるレコードにスプレーという潤滑剤をたっぷりプリプリかけて、テーブルでまわしながら専用の布でゴミをとり、ロールクリーナーで粘着させながらゴミを粘着させながらとる、レコード針は専用の液をつけたブラシでゴミを取り除く。試し聴きをし「よし!準備OK」という気合いとともに、録音開始。心が躍りますよね。
 
 

さて週末は、急遽実家に親父の介護で泊まることに。おふくろの介護疲れが深刻になってきた。親父の介護はおふくろにお任せで来たが「なるようにならなく」なってきた。
 
 
今まで「他人事」が「自分事」に変わった週末。
 
 
「他人事が自分事にかわる」変わる。親父が幻覚が見えるというので、それらしい効用の薬は2/3位にカッターで削って飲ませてみた、寝室にテレビのアンテナ線を引いて、テレビを設置して気を紛らわしてみる、どれが正解かは全くわからないけど、自分事になるとアイデアも行動も変わるもんだと、自分で自分を笑う。
 
 
愛媛FCもプレーオフもたくさんの人が、日曜日15:30キックオフの大阪のヤンマースタジアムに駆けつける。大好きになると「自分事」に変わる。このゲームを観戦した人の中にも、そんな瞬間を、境地を得た人が多かったでしょうね。
 
 
成功している人を見たら、あの人だからと・・他人事。いい話を聞いても・・・他人事。会社の掃除も・・・他人事。世の中は他人事だらけである。
 
 
ここまでまじめなことを書いたので、これからは脱線ゲーム(笑)本題です。
 
 
人生で面白いと思うのは、男性(雄)は女性(雌)の前で求愛ダンスを踊る存在。コンパに行くと、必ず女性を見ていい女を品定めする。そうですよね・・。(笑)ただ女性は、コンパでも女性を意識する・・。ライバルの女性の髪型、プロポーション、ファッションセンス、その美に嫉妬を感じることも多い。(失礼)特に20代後半になるとその傾向が如実だ。日本的な女性はリカちゃん人形で鍛えられてきた、リカちゃんは男の品定めはしそうにないじゃないか・・・。
 
 
例えば店頭で女性は男性にネクタイをすすめるときに、案外素っ気ない。いろいろすすめてくれるが「なんでもいい、何を選んでもそんなに結局は関係ないという他人事がつよい」、ところが一人で彼氏にネクタイを買うときはそのセンスの感覚を研ぎ澄ます生物だ。時間もかけ、念には念を入れる。センスを問われている感覚から、放たれるエナジーはかなりのものだ。(それをどこで活用するか?)
 
 
店頭の接客でも、大好きな人や、彼氏を想像しておすすめできる人はプロ中のプロなのだ。できる銀座のママさんのトークは「他人事を自分事に変えて」話している。だからお客様の誕生日を覚え、かゆいところにも手を伸ばしヨシヨシしてくれる。男性にとって「自分を受け容れてくれる」女に惚れるのである、しかしそれはこの世で最大のハニートラップなのだが・・・・。(笑)
 
 
世の中で商品の品質が上がり、ケーキもコンビニのケーキで満足する時代。ますます、接客というのが大切になってくる。
 
 
ネクタイを選ぶにも、自分が彼女だと想定し(思い込み)、映画のワンシーンのように、「私が彼女(妻)だとしたら、お客様にはこのネクタイを選びます」なんて言われるとちょっと感動する。(笑)そして、テーブルには捨てがたそうに2本のネクタイが鎮座し、「どちらもお似合いになるので、一つには決めきれませんが・・」などと言われると、えーい!「2つともください」となるのはないだろうか。
 
 
世の中の「他人事」を「自分事」に変える思考は、すごい力が引き出される気がします。あらゆる場面には濃淡があり、グラデーションが存在していることを意識しながら、相手の規格サイズ(これ重要かも)のMAXを引き出せたら、人生も面白くなりそうですね。
 
 
iphoneからまき散らされる情報は「他人事」のオンパレード、それを力に変えていけたら、どんなにか面白いだろう。「自分事」への応用を頑張りましょう!(^o^)
 
 
来週は他人事ですがお遍路です。(笑)
 
 

2015年11月24日

愛媛FC最終戦勝利、次は未知のゾーン

ネタ帳ラボ!一期一会

 おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。
 
 

 昨日は愛媛FCの最終戦応援にニンジニアスタジアムへ向かう
 
 

 出撃前に、スタジアム近くにある四国別格二十霊場第九番札所『文殊院』へ厄払いへ。途中、第四十八番札所西林寺へ歩き遍路の団体さんと遭遇、健康祈願、自分探しや開運ということをのぞんでいる人が多いのか、「生老病死」と正面から対座しているのだろうか?ブームが来ていると感じてます。BUT!マジになりすぎるとマイナス思考の巣窟を持ってしまうのではないかと、個人的には最近思います。

 
 

 というのも、境内にはでかい因縁切修行大師像が建っていますが、舞台装置としてはインパクト十分なのですが、空海ではなく弟子やお寺が考えたことなので心をとらわれてはいけないと勝手に考えてます。宗教は暗闇の中を照らす一瞬の光みたいなもので、一瞬ホットモットしますが、長続きはしない、この一瞬をいかにとらえるのかみたいな「極み」みたいな気がしてます。

 試合開始1時間30分前にはスタジアムに着いたのですが、駐車場が満員で生涯学習センターへ駐車場を止めて20分ほど歩いてスタジアムへと歩きます。駐車場の案内とかまだまだ十分でなく文句の声もちらほら聞こえる中、最後の坂をあがると汗びっしょりに・・。「このスタジアムの入り口に、湧き水でもあって一瞬の涼があるとホットするな」と、お遍路をしていると思います。一人係員がお接待するだけでも、この駐車場の苦労も和らぐというものです。お遍路はそういう所ができています。お遍路路の近くのコンビニに行って、コンビニの前にベンチがあると、このオーナーには心があるなと思い・・・。いつもそんなことをチェックしているのが変態の僕です。文殊院にもカメヤマロウソクと書いたベンチがございましたが、ぜひこの入り口にベンチをおいてスポンサーを募集しましょうよ(笑)

 
 

 スタジアムは愛媛県内のサッカー人が集結したような雰囲気で9,158人の湯気が押し広がってます。2005年J2へ上がったときのことが、瞼のスクリーンに再映され、七色に輝いてます。あれから10年、人生は川の流れのようになどといいますがちがいます。川でなく泥沼、時に誰かの落とし穴、理不尽、子理屈、猥雑のかたまりです。愛媛FCもそうだったでしょう、そして10年目J1への初ステップを手に入れ、プレーオフに望みます。

 
 

 試合は見所も躍動感もあり、拘束と自由をうまくミックスした戦術で3-5-2というシステムが開花しているようなゲームでした。(愛媛FC 3-0 徳島ボルティス)セレッソが負けて、愛媛が勝てばPOをここで行えたのですが、セレッソが勝った
ので次は大阪キンチョウスタジアム(長居競技場)です。11月29日(日)

 
 

 さあ、未知のゾーンというのは最高に面白い!・・・はず
 
 

 最近泣いたこともないので(笑)これは観に行くか・・・。

 
 

 スタジアムで10年前もボランティアスタッフをしていた方が、今もボラスタを続けられている機敏な笑顔姿を見つけました。話しかけることもできず、こころで一礼。とても美しいものがスタジアムにはあります。

 
 

< 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 >