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2015年1月26日

「100分de日本人論」 九鬼周造『いき』の構造

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレスト渡部です。

 

1月も早くも最終週。時の流れを感じる前に、ため息が「ほーっ」と出る週初め。先週喫茶でお茶をしばきながら(笑)ある本を読んでいると、昭和の大スター美空ひばりさんとと小林旭さんが歌のやりとりした内容が掲載されていました。

「我が胸に人に知らざる泉ありつぶてを投げて流したる君」(ひばり)
「石を持ち投げてみつめん水の面音たかき波立つやたたずや」(旭)

なんと大和撫子なのか!!WOW

こんな恋文が来たら、想像力電流が体を24回転くらいしてスパークしそう。なんか読み返しますよね・・・こういういの。奥歯ガクガクしなかがら。

ITの仕事をしながらいつもながら思うのは、書くということがホンマ、少なくなったということ。何かの連絡がメールやFACEBOOK、LINEになり超便利。

もう連絡は「書く」というよりは、「打つ」というのが定番になってしまった。電文では、相手の顔が浮かびにくいのが残念からげる。(笑)

おまけにあまりしみじみ所作をかけて読み返すこともない。連絡ソレものが心に留まりにくい時代を認識して生きなければならない・・。

まあ、いつもの戯言はこの辺りで置いといて・・(^O^)
さて、今日のテーマは『いき』です。

お正月で1番面白かったのは「100分de日本人論」というNHKの番組。これはピカイチ!おもしろかったのです。自身の記録用にも、番組を少しだけ書き起こします。

番組では、九鬼周造「『いき』の構造」を紐解きます。

西洋の概念ではありえない、お江戸の「いき」

著者九鬼は芸者さんや遊女さんなどの異質な日々をおくっている人の中に『いき』を論じ、女性と男性の間にあるはかなさという、奥深い『いき』や、小唄や浄瑠璃、近松や西鶴が持っている心の交情、揺れ動く姿に『いき』の構造を感じます。

女性は、柳腰、細面、目は流し目

過去の憂いと、凛とした張り

口は緊張と緩み
薄化粧。(厚化粧は野暮)

つぶし島田の髪型、抜き衣紋

湯上がりのほつれ髪・・・。

暗示され、覆いの美学

間接的に見せてもらうと・・・蓄積されていく

 

変態か?このオヤジと思いながら・・うなずけます。(笑)
もともと「いきであるか、いきでないか」この判断はむずかしい。

 

100%かっこいいもダメ、どこははずさないとならない。

 

予定調和は好まない・・。
女の子とデートして1件目食事して、お酒が苦手な女子とは

 

2件目は「ケーキ」を食べに行くのがブームなのも理解できる(笑)
九鬼周造は「いき」を、3つの条件が揃ったときに成立すると哲学します。
「媚態」「意気地」「諦め」がキーワード

——————-
まず「媚態」、男女が相手を惹きつけようとみせる色気が大前提
——————-

『いき』の第一の微表は

異性に対する『媚態』である。

異性との関係が『いき』の

原本的存在を形成していることは、

『いきごと』が『いろごと』

を意味するのでもわかる。

しかし男女の中には緊張感が大事、いざ緊張感がなくなると媚態がなくなる・・。
媚態の要は、距離を出来得る限り接近せしめつつ、

 

距離の差が極限に達せざることである。

 

男の色気か・・と溜息が出る。

 

——————–
この微妙な距離感に必要なのが「意気地」
——————–

 

『いき』は媚態でありながらなお異性に対して一種の「反抗」を示す

強味をもった意である。

慣れ合って、くっつきすぎてしまうとダメ。意地の距離感・・か。

 

——————–
その根底には運命を受け入れる諦めの気持ち「諦め」
——————–

『思ふ事、叶はねばこそ浮世とは、よく諦めた無理なこと』なのである。

 

この世は無常、未練はすっぱり諦める
いきはこの三位一体が必要となるという。

 

九鬼周造は失って初めてわかるのが、『いき』だと解きます。
「失ってわかる高倉健」であります。
うーん。人生は未練の踏み台昇降運動・・・むずかしい(笑)
もっと深いのですが、長くてまとまりません。(すみません)

 

ともかく文学的で『いき』が深くとてもおもしろ番組でした。
番組中に、伊集院静さんが、いまの女子高生の『いき』を語っていたのが日常のワンシーンのようでおもしろかったので最後に紹介。
女子高校生がものすごい怒ったことを
そう!! ぶっ殺してやるくらい、怒ったことを
「激おこぷんぷん丸だよ」とメールしてきたという。
野暮でない、うまいずらしの塩梅がたまらない(^O^)/
「激おこ」かうまいな~。ネットの中にもイキがあるようで・・。

 

毎日、自分を1mmバージョンアップしていくことの先に
なんだちょっぴりクールで、ウィットもあって、儚いもの
そんな『いき』を探したいですね。
今日はこんなところです。

2015年1月13日

2015年開幕号テーマは「居心地のいい場所からの脱出」

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようざいます、クレストデジタルズ渡部です。

2015年開幕のメルマガ情熱の嵐です。

 

今年のテーマは「脱出です」

 

ITの仕事を生業としていると、机の上でする仕事が多くなります。

そんな居心地のいい場所からの「脱出」がテーマ。

 

薄型テレビも、膝つきの接客の飲食店もサービスは円熟期をむかえ、予定調和のような世界に時代はいろいろな局面で突入であります。パンドラの箱を開け、本当に大事なことを考えなければ・・・。

 

GoProという小型の170度広角のウエアラブルカメラ、ご存じですか?

 

百聞は一件に如かず 最初だけでもご覧ください。
http://matome.naver.jp/odai/2140399115623713201

 

サーフィンをする時などはサーフィンボードにつけたり、ハンデイで持ったりして臨場感のあふれる映像が撮れます、頭につけてスカイダイビングしたり、アクティブな世界がひろがります。本来はソニーが開発して然りのようなものを、アメリカのベンチャーが開発しました、これがバカ受けです。ウォークマンの感覚。

 

Gopro 3万円くらいで買えます。
http://www.tajima-motor.com/gopro/

 

持っているだけで、退屈な日常から脱出するきっかけにもなりそうです。経験値を積み上げるトリガーかもしれません。客観性を手に入れるかもしれないし、だらだらがなくなるかもしれない。ちょっと特別な記録の方法は苦にならない。

 

おなじ場所にいるということは、脳が自動操縦になるということですよね。安住の場所は脳が腐っているのかもしれません。即脱出です。(笑)

 

居心地のいい場所に、アイデアなし!!

 

さて、もうひとつ実は今年のサブテーマがあって「笑顔」です。

 

大人が欠如しているものが、下山の時代に「笑顔」であります。たとえば子供の笑顔と言うのは、未知数のポテンシャルがあります。モチベーションにもなります。

 

科学的に分析すると、小さな子どもは1日に約400回笑うそうです。

 

このデーターすごく大事な気がします。あなたは1日何回の笑顔を見せているでしょうか。

 

笑顔も1日400回も出せば人を元気にする発電所です。

 

まだ、書きたいことがあるのですが・・・それは次回に

 

朝毎日、机の上に割り箸置いて、口に挟んで口角を鍛えています。

 

ぜひ、みんなでやりましょう。

 

ハートに愛を、唇にメロディを それを最高の笑顔で。

 

2015年よろしくおねがいします。今日は何回笑顔でるかな?(笑)

 

今日はこんなところです。

2014年12月15日

「自分探しの旅について」

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

 

選挙終了。AKBは世代交代していますが、愛媛は小選挙区は無風。日光猿軍団が世代交代の時期をうまくこなせず高齢化したけれども、なかなか若いものにバトンを譲るという心は動物的には育たないものですね。ロシアの富豪が、ノーベル賞受賞者が経済的な理由でオークションに出したメダルを5億で落札。父親のガンの研究に寄与したからと、メダルを価値ある人物の元に戻したとニュースで流れてました。そんな気骨な人が世の中にはいるんだと、ホッとした週末。

 

さて、ドクターXの大門美知子脚線美は頭がクラクラしますが、今日は旅の話をします。まとまりのない、イントロですみません(笑)

 

さて元旅行マンの回顧録です。

 

「自分探しの旅について」

 

僕は旅行会社で旅行前説明会というのが、とっても好きでした。

 

当時は海外ではスリが多く、トラブルが嫌だったので。シークレットベルトという腹巻きみたいな、便利GOODSを購入しましょうと説明していました。高齢者にこれをオススメするとほとんどの方が買っていただけます。(^^ゞ

 

ところが成田空港で、カウンターでお待ちしていると・・・。なんと、ズボンの上にベルトをしてきた方がいました。(笑)たまにあります・・・こういうこと。つかみは、このぐらいにしましょう。もう脱線しません。(笑)

 

当時は学生が卒業旅行にヨーロッパ28日間行くコースが人気でした。その説明会では、旅で「自分探しをしないで」と兄貴ぶって偉そうに持論を展開していました。「旅が自分探し」になると、まるで帰ってから自慢話や自己アピールみたいになって、時には就職のためのネタや、優越感みたいな・・いらないものを生産しちゃう。新しい自分に出会うかもという根拠の無い期待感はうなずけるんですが、資料集めだけみたいなことはやめようと。

 

もちろん海外旅行を否定するのではありません。旅はココロに最高の青空をつくります。旅の記録もとても大切。記念写真もたのしい。ただ、「自分探し」すると証拠写真みたいな空気感が生まれるのです。そういう人は、写真を撮り過ぎます。(笑)それに満足感を感じる自分はいかがなものかと、あえて問うて旅する。

 

鉄道マニアの人が、トンネルから出てきた超高速の新幹線の写真を撮るときにシャッターは1回しか押さないと言っていました。なんかうなずけます。究極です。

 

今は、なりません。デジカメで鬼のように写真を取るのですが、どうですか莫大な量の写真の塊。そこから放たれる魂の熱量はございません。写真ばかりとっていると、非日常のなかにあるスイッチに気が付かないで終わってしまうのです。

 

旅行で写真をわずかしかとらないほうが、何か見えるものがあるのではないか?そういうチャレンジこそが、心地良い。今の時代・・・莫大な情報が便利さが、気づかせない社会をつくっているともいえそうです。

 

建物がどちらの方向に向かって立っているのか?なぜこの場所なのか?太陽はどちらにあるのか?この色はなんで使われているのか?形はどうだ?庭に植えている植物はなにか?絢爛豪華にはどんな意味が含まれているのか?旅は「?」の塊であるべき。その探求する心が旅の楽しみの一面ではないではないか。受け身でない、自分から「?」をつけていく。その数が多ければ多いほど、地球のロマンを感じて人生が楽しくなってくる。答えのない問いを自問自答する・・。受け身でない旅は面白い。求める心が、旅の究極にある。

 

その「?」はワインの渋みの濃さの判定にも役立ち、旅の彼の地でナイトサイエンスを加速させ、「おもしろ星人」の種をつくってくれるはず。
25年前の年末、エジブトのナイル川のほとりのホテルで年を越しました。いやちょっと違う。ナイル川のそばで年越ししてみたかったので、企画して人を集めて行ってみた。

 

当時アスワンにどんなホテルがあるか、手元にあるのはホテル名が書いてある本だけ。そこでエジプト観光局にでかけて調べた。アガサクリスティがナイル殺人事件を書いた、オールドカタラクトホテルはどうかとスタッフに薦めてもらって決めた。

 

ナイル殺人事件は高校生の時彼女と観た映画で、鮮やかに記憶に残っていたのです。

 

あの映画がなければ、あのホテルに泊まった興奮はなかった。なんか、過去との接点がつながった時に人はGOサインを出す。

 

トリコロールのロビーが芸術的だった。何ともいえない部屋のグリーンの壁が落ち着く壁、バルコニーから見えるナイル川に帆掛け舟がみえる。こんな砂漠のド真ん中に、こうこうと何千万年流れるナイルの豊富な水量とせせらぎ。砂漠のオアシスに陣取りながら、アガサ・クリスティは、ここで泉のようにアイデアを出しミステリーの巨匠への階段をあがった。

夜はエジプトの人の着るガラビーという服を身にまとい、オリーブの漬物をあてに、ナイルの川のほとりであえて一人になってみる。旅は孤独を感じないとギャップ感が生まれない。あのバーで飲んだ、ドライマティーニの一杯が五臓六腑に今もしみている。

 

もし、こんな素敵な空間をFACEBOOKに投稿したら、いいねがいくつカウントされるだろう。(笑)でも、それはなりませぬ。一人だけで楽しむ、家族もしらない「ひとり」を無理にでも愛したい。

 

思えば100回以上、海外旅行に行った。その中で写真として残っているのは。新人時代に行ったN・Yのバッテリーパークで自由の女神の前でとった写真。それと愛媛大学の学生のたまり場の「紙ふうせん」という喫茶店で100名以上の学生が読んだであろう「三国志」の漫画から、その地を訪ねたいと熱望し訪ねた洛陽の都で、バスでマイクをにぎる添乗員の笑顔の写真。その2枚の写真こそが、旅の宝物。

 

三国志という漫画が旅にでさせた、あえて写真は撮らずに帰った。ちょっと勿体無かったけど、おかげで想像力と探究心だけはキープしてくれているみたい(笑)これがなかったら、歴史をこんなに好きにはならなかっただろう。
はたして・・・何枚の絵葉書を、旅路からだしたであろう。

 

実家でコルク板に、その僕の絵葉書を母ちゃんが全部はっている。

 

その場所が「自分探し」の拠点のような気がしている。

 

自分が記録するより、人が記録しているものになぜだか、心は寄り添う。
いつも思う、「旅は心の青空」だと・・。
今日はこんなところです。

 

 

2014年12月8日

TIME IS MONEY! (^O^)

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます、クレスト渡部です。
食べたことのなかった納豆を食べ続けてみた1週間。
あの蓋を開けて、納豆の上のビニールを剥いだ時にビニールに残る納豆に食らいつくことができるようになりました。(笑)
さて、本日の話題はTIME IS MONEY であります。
昨日、日曜日の早朝から「いかにお客さまに商品をおすすめするか?」をお客さんのところで、ロープレを含めてやっていました。商品の特徴や、価格のお得感、他社との違い、売れている理由、お客さまのライフスタイルを楽しくするなど、いろいろな切り口がでてきます。みなさん個性があってよかった。
ただ、何かが足りない!勢いがない。
それはもっと「時間」の大切さについて語ることではないかと思ったのです。
人生の敵は、退屈。
この世で過ごせる時間は限られている。
時間は人に平等に与えられた、人生の貨幣ともいえる。
昔、ボクのお客さまがお店で人気のお好み焼きを、お客さまに届けようと通販を始めました。「お好み焼きセット」を楽天で販売したのです。全く売れませんでした。もちろん、食べていただいた方には好評なんですが・・・・。

そこで相談があって、レンジでチンして食べられる状態で出品を提案。

3枚入って1000円。3個買っていただいたたら送料無料という仕組みです。※大体3個買っていただけます。

そうしたらどうでしょうバカ売れしたのです。

そこには「時間」という魔法があります。

主婦が手軽に簡単に時間をかけずに作れることに無意識に興味を示したのです。お好み焼きをお手軽にできることで、彼女は時間を買ったのです。
「時間を買っていただく」

「だれかに楽しい時間をプレゼントする」
人は時間が限られていることをもっと意識しなければ

だって限られた時間には、価値観が内在している。
人のために時間という貨幣をいかに使うのか?

それを決めるのは自分

他人に使って、使われていいのか。人の人生を生きていいのか?

どうせ使うなら、命の時間を、無駄にしないようにしなければ
あー人生の砂時計は落ちていく

いつも思うんですよね、1年(人生の)の残り時間がわかる砂時計がほしいと

そのぐらいしなければ、時間の大切さに気づきそうにない。(笑)
欲しいものは、なんでも手に入れることができる可能性がある

ただし、時間は確実に減っていく

世の中モノづくりより、コトづくりなどという言葉が流行している
思うんですよね、だれかに素敵な時間をプレゼントすることが
下山の時代に、一番大切なコトづくりだと
そんなことを考えた朝でした。
今日はこんなところです。

2014年12月1日

人生初めて納豆を食べてみた。(^O^)

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

先週の個人的なビッグニュースは人生52歳にして、初めて、大嫌いな納豆をワンパック食べたことです。(笑)

あの納豆の独特の臭がしただけで(笑)後退してしまうほど苦手なのです。

しかし、納豆は侮れないと思わせた1冊の本にめぐりあいました。
「バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣」日本が世界に誇る、自他共に認める脳機能の最高権威 久保田教授
歴史も好きなのですが、人間の脳みそとはどうなっているのか興味があって読書し
ていたところ、この本に巡り逢いました。

人間というのは科学的に説明されると、納得するのでしょうか?衝撃的だったのは「死んだ神経細胞は二度と復活しません。しかし、鍛え方次第では、大人になってからでも脳の神経細胞を成長させたり、少しは分裂・増殖させたり、神経細胞同士をつなぐつぎめ(シナプス)の数を大幅に増加させたりすることができます。」

そして、脳にいいのは
「なかでもはっきりしているのが、?おいしいものを食べること?。これが最高に脳に良いのです。」

脳に良い食べのは

「科学的にはっきりしている脳に良い食べ物があります。それは、大豆です。実際に脳に良い物質の名はアセチルコリンと言います。大豆レシチンは、納豆や豆腐、一部チョコレートなどに含まれています。」

最近、頭の回転が後退しているのが日に日にわかるので、この本読んでいると腹にストーンと「納得」という言葉が落ちました。

こうなりゃ、やけくそとばかりに。からしを3袋入れて、朝食に小粒な納豆を食べま
した。迫り来る恐怖と闘いながら(笑)

昆虫でも食べる気分ですが、まずひと粒を口に「脳細胞にとどけ!」と思いながら、迫りくるあの耐え切れない香を鼻をつまんで一口。「うーん?問題ない!」そして、躊躇という言葉を振り切り、一気にかきこむ。

うまいとは・・思いません。これは脳のお薬です。

筆者は

「人間にとって、おいしい食べ物以上の、最高の報酬は無いのでしょうか? わた

しは、それはお金だと思います。」

なるほど、科学的であり、現実的であり鋭い。完全降伏の書でした。

今日はもうひとつ、徒然なるままに話題を、

熊本県の阿蘇山が小規模噴火をしていて、噴煙の高さは1000mに達するそうです。調べていると、世界の7%に当たる110の活火山を有する火山大国が日本。阿蘇山は噴火した時に九州の3/4を焼きつくしたというから、火山というのは一番恐ろしい自然災害かもしれません。

活火山(かつかざん、かっかざん、英語:active volcano)とは、「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」である(日本の火山噴火予知連絡会・気象庁による定義)。この定義による2012年現在の日本の活火山数は110である。

四国には活火山が現在はありません。近畿地方も活火山といえるような活火山はない。そう考えると、都が近畿圏にあった理由がうなずける。京都や奈良は地震+津波もないので、都になる必要条件を備えていた。邪馬台国も松山にあったという説があるけど、地理的条件からはうなずけます。

少なくとも、原子力発電所をつくる時はそういうところにつくるべきなのはあたり前、日本という国はどうかしている。

イタリアのポンペイに一度行ったことがあります。
※ナポリ湾を見下ろすベスビオ火山が大噴火。南東10キロに位置する。

その街は西暦79年の大噴火により、火山灰に埋もれてしまい。1700年の時を経て発掘されました。繁栄した街の時が止まったように・・。世界遺産のこの街をまわりながら、イタリアの民度の高さを感じました。
木曽の嶽山は、かつては死火山とされていました。それが昭和54年に噴火。火山の定義が見直され、死火山や休火山という言葉を使わなくなるきっかけになり

ました。そして、今回の噴火。
それにしても諸行無常というか、災害というのはおそろしいものです。

師走ですね、納豆というマグマを食べた僕はどうなるでしょうか?(笑)

今日から寒さも厳しくなるみたいですね、体調は万全に!!
今日はこんなところです。
※ご参考まで
火山がないのに、なぜ松山に温泉があるのか調べてみた。

非火山性温泉(深層地下水型)
雨や雪が火山以外の熱で温められてできる温泉

雨や雪が地中にしみ込み地下水になります。

地下では、一般的に100m深くなるごとに約2、3度ずつ温度が上昇すると言われています。例えば地上で20度の場合、地下1,000mの地熱はおよそ40~50度なります。この熱により地下水が温められます。

また、マグマが冷えてできた高温岩帯と呼ばれる高温の岩石が地下にあり、これにより地下水が温められる場合もあります。

温まった地下水が自噴したり、ボーリングで汲み上げたりすることで、温泉として利用します。

http://www.bathclin.co.jp/kenkoukarada/onpro/science/01.htm

2014年11月25日

高倉健さんの映画って最高すぎる。(^O^)

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

昭和のスーパースターといえば、長嶋茂雄さんと高倉健さん。

高倉健さんがなくなり「鉄道員」「駅」「幸福の黄色いハンカチ」と映画をむさぼるように観ている。高倉健さんの魂。この世にその残り香を確認するように。

映画を観ながらいつも思うのは、「真似できない」と感じること。到底無理。自分に応用できるなんて保障なんて全くない。でも一つだけいいことがある、その考え方や、思考、そして何よりその考えや感情を言葉でなく行為で見せるところ。

それは、こんな感じ・・・。

「幸福の黄色いハンカチ」で健さんが刑務所を出てビールを飲むシーン。駅前のラーメン屋。「ビールください。」店員に注がれたサッポロビール。グラスを握る左手が少しためらい、少しコップを回転させ何かを0.5秒で確認し。コップを両手で大事に包み込むように持つ。そして染み入るように一気に注ぎこむ。そして、一呼吸何かをもう一度飲み込み噛みしめる。吹き出された、小さな「は~っ」がシャバに出た実感をつたえる。

「幸福の黄色いハンカチ」高倉健さんが出所して初めて飲むビールのシーン

 

この映画には、このワンシーンがなくてはならない。さあ、これからどうなるんだろうと思わせる・・。その重みのあるシーンをかくまで演じきる健さんはすごい。
ウィキペディアを読んでいたら

1テイクで山田洋次監督からOKが出た。あまりにも見事だったので、山田が問い尋ねると「この撮影の為に2日間何も食べませんでした」と言葉少なに語り、唖然とさせた。

高倉健さんは、インタビューもほとんど受けず、テレビにも出演しない。映画俳優は普段の生活を見せてはいけないのだと思う。
人間には他者に見られたい「自分」というものが少なからず登場する。しかし、本来の「自分」とのギャップは、人が悩むテーマである。他者は「自分を」存在以上に大きく評価するだろうが、「自分」はそのギャップを誤魔化したりする。年をとると、誤魔化しがきかない。(笑)
人は群れをなす。自分一人が楽しくなってもダメ、その楽しさを誰かに知ってほしい。人が泣いていると、自分も泣きたくなる。誰かとの関係性の中で、他者との関わりの中で小学校から育っている。

ネット時代になりFACEBOOKで、自分のリア充を発信する行為を否定するわけではない。発信することによって、ドライブ感や勢いが生まれてくる。ただ、あれを見過ぎるとダメだと最近思う。(笑)ネット空間から得るものが最近多すぎて、自分の変化や成長に鈍感になってしまう。
高倉健さんの映画を観ながら、すこし「現実の自分」に帰化しているのではないか、そんな気がする。
映画ってすばらしい。
今日はこんなところです。

2014年11月17日

錦織圭の活躍が、テニスブームを呼びこむ!

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます、クレストデジタルズ渡部です。

錦織圭選手のテニスが、テレビ朝日で生中継され日本はテニスブーム復活の兆しが見える週初めであります。思い起こせばテニスに興味を持ったのは「エースをねらえ!」というスポコンであり、コーチとの恋物語という源氏物語的漫画でした。大学時代は砥部の運動公園でよくテニスをしたものです。

日本人というのは、こういうブームには世界一敏感でございます。世界のネットの書込みの内70%が日本語という数字が裏付けるようにレスポンスは世界最速。言い換えれば変わり身も速い。(笑)

日本人は光源氏を筆頭にした、源氏の血をひいた部族が、戦いと共に島国という日本に散乱しています。平氏が落ち武者となった時代、その近くには必ず源氏が派遣されその勢力の復活をSTOPさせるように国が伸びてきたのではないでしょうか?もう少し本を読んでみなければわからないのですが、そこが文化をつくったような気がしています。

日露戦争が終わり、明治になった時に富国強兵、殖産興業と外国のものを、アジアで唯一欧米を取り入れたお国柄は、脈々といまも流れています。猿真似と言われようが、何が何でも負けてなるものか・・貧困の中で国家を思った、日本人の気品あるれる強さが、この国の誇りです。

思えば、日本は中流階級が非常に多い。お隣さんと比べられてしまう、だから負けないように自然競争が起きるのではないでしょうか(笑)それも大事です。

バブルの前辺りから、テニスというのはブームでありました。デカラケというのが流行りましたが、あれはテニスが旨くなった気分になるのですが、なりません。見栄っ張りは、使いません!(キッパリ)必ずテニスラケットを持つ手に、リストバンドをして、あまり痛くもないのにテーピングしたり、忙しいのです。
見栄というのは、日本独特のすばらしい文化かもしれません。
特にテニスというのは、男女でできるスポーツ。カッコイイところを見せられる格好の舞台を演出します。「テニスコートの出会い」は憧れです。

錦織圭という、すばらしい格闘家が今日本にブームを呼び込んでますね。

さあ、週初め。ファーストサーブ!

見栄っ張りは、コートから溢れ出るようなサーブは打ってはいけません。正体がバレてしまいます。ファーストサーブはネットにぶつけるような気持ちで、叩きつけて打ちます。

「チッ!」と舌打ち。「今日は調子が悪い」と見栄をはる。

それも、いとをかし。  であります。

今日はこんなところです。

2014年11月10日

錦織圭マレー選手を破る!ガッツポーズのコントラスト

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

深夜にワールドツアー・ファイナルにて錦織圭選手のテニスをBS朝日で観ながら(なぜ地上波でやらないのかという疑問を抱きつつ)、そのプレーに興奮でしばらく寝れない夜を過ごしました。

錦織圭選手はマレーのバックハンドをつく、クロス対クロスでいつもなら途中でストレートに持って行くのに、自分のコンディションと会場の独特の空気とプレッシャーを身体になじませるまでは、正攻法を貫く。動かない・・。野球で内角を意識させて、外角で打ち取るような事はせず、内角勝負を貫く、得意のドロップショットも封印していた。そのストイックがたまらなかった。

一方、ファーストサーブが入らない錦織選手に対して、四天王マレー選手もセカンドサービスに対しては、常に前に出て相手の心理陽動作戦にでる。流れはどちらに転ぶのかわからなかった。

スローペースのマリー流のラリーに持ち込まれそうな展開で、相手が打ち込むバックハンドを回りこんで叩く強烈なフォアが流れを変えた。廻りこんでの逆クロス!脳細胞をノックした戦いでありました。

そんな戦いを観ながら。「プレッシャーは飼いならさなければならない」、狂気までも飼い慣らせば「リスクをリスクを思わない。」と思いました。
ちょっと話はそれますが、解説の松岡修造さんが圭のガッツポーズが出てきたと

きに、それを褒めてました。※修造さんはガッツポーズが好きですが(笑)

果たしてガッツポーズについて、みなさんはどう思いますか。

このガッツポーズとやらは柔道、剣道、相撲などの武道は、礼節としてじられている。王さんもホームランを打った時は記録更新の時にだけしていたらしい。落合さんも控えめだった。メジャーリーグには「過度にガッツポーズをしてはいけない。」というUnwritten Rulesがある。田中投手のガッツポーズも議論がおきた。

様々な意見があるでしょうが、勝負事にはコントラストがあってほしいもの。そのコントラストの有り様が一般大衆の面白みのひとつなのではないか。

松岡修造さんが圭のガッツポーズを褒めたタイミングは、秀逸でした。解き放たれた緊張感を感じた瞬間がそこにあったからです。それを天性のカンで救い上げた瞬間でした。

派手なガッツポーズに善し悪しがあるのはもちろんですが、そのコントラストを大衆が見る画面の中でいかに解説者が思い、取り上げるかそんなことを思いながらまた次も楽しみに錦織圭選手のガッツポーズを観たいと思います。

2014年11月6日

軍師寛兵衛みて本当に秀吉は気が狂って朝鮮出兵したのか?

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 

日曜日の夜は、黒田官兵衛を見るのが楽しみ。

 

日本のドラマでは、秀吉が気が狂って韓国を攻めたように描かれているけれど、どうも滑稽です。諸説ありますが、少しだけ本を読んで個人的な持論としては、しっくりきません。

 

 

当時のヨーロッパは植民地を求めて世界に航路を開き、コロンブスのアメリカ大陸発見から、スペインは地球儀を塗りつぶせば世界の80%を植民地化。宣教師を世界に派遣し、軍を送り込みました。

 

 

それでは日本はなぜ植民地化されなかったのだろう?

 

 

応仁の乱以降、武士が力を持ち。戦国時代であった。気持ち高い武士がそこにいるのを見た外国は、「あなどれない」と思ったのか。

 

 

これが平安時代だったらやばかったかもしれない。そして面白いのは、その平安時代という平和な時代が、文字という文化を高めた(これは江戸幕府にもいえる)。文字が読めるというのは最大の武器である。

 

 

そして、律令制の時代から中国の科挙を取り入れなかった。中国や韓国はドラマでみますが、科挙に合格したもの(選ばれたもの)が宮中に入り、いわゆる選ばれた文系が国をおさめる。日本は、なぜ取り入れなかったのだろう。この判断を下した人は天才かもしれない。いや・・取り入れよいうと思ってもできなかった深い歴史背景があるに違いない。(笑)※思えば今の日本の憂鬱がここにある。

 

刀狩りを行い、百姓から立身出世した秀吉がいる日本。かくして、そこに気高い武士がいる。文字が読めて、楽市楽座で物が動き、人口も多いし密度も高い島国(愛国心も高い)を異国の人はどうみたのか?もっと調べてみたいものだ。

 

 

おまけに、鉄砲が伝来すれば、分解してそれをつくりあげてしまう器用さとスピード感は外国を驚嘆させた。日本は当時鉄砲の数は世界有数であったらしい。

 

 

当時スペインは外国航路を開きアジアに交易を求めていた。日本という国に目をつけたが一筋縄でいかなさそうだ。そうなると中国を攻め元寇のように大群を送り込もうと考えた、日本にしてもスペインだけの侵略は怖くないが、それが実現すると大群が押し寄せてくる危機となる。

 

 

そこで秀吉は危惧し先に16万もの大群を朝鮮出兵に踏み切った。イギリスも後に香港という拠点をつくった。思えば坂の上の雲でロシアの南下攻撃を防ぐために、旅順がその舞台となった。大きな地球という碁盤の中で、陣地を侵略されないためには、相手に切り込んで布石を打つ。そんな大局観を戦国時代の中で当時の大名はからだの中に染み込ませていたはずだ。

 

そうなれば、この国のかたちを思う心こそが、朝鮮出兵に動いた理由ではないか。そんなことを想像してしまう。

 

この連休に坂の上の雲をもう一度ビデオで見ました。

 

正岡子規は、背中に穴が空き、包帯を変えてもらうとき死ぬほど痛い。そんな時にアメリカに向かう秋山真之が訪ねてきたシーンが印象に残りました。メルマガネタにそのシーンを書き起こしました。(笑)

 

(子規)じゅんさん、日本人は猿まねの民族と言われとるが、外国に行っても卑屈になってはいかんぞな。西洋とて模倣を繰り返してようやく猿マネが終わったとこやイギリスもフランスもドイツもロシアもまねし盗み合い文明を作り上げた。西洋はそれを15世紀にやって 日本は19世紀にやったという違いじゃ

 

(真之)アメリカはそういう連中の吹き溜まりじゃ

(子規)そうやって飲んでかかればいい、日本人がどれだけの吸収力があり、消化力があるか誇ってやればいいんじゃ。日本には大きくて深い皿がある、そこにのっかるもんがいろいろあるんが日本の面白さよ。そういう国を滅ぼしてはならん。国が滅びることは文化滅びることじゃ

(子規)じゅんさん、わしゃあとどんぐらい生きられるかわからん。じゃが、ワシが死ぬまでにやり遂げようとすることを無駄にならんようにしておくれ

(真之)「よし引き受けた」

そしてあの名句が産まれる。

君をおくりて、思ふことあり、蚊帳に泣く

 

このシーンは泣けます。心が痛み、胸をつかまれる。そして坂の上の雲の冒頭のナレーションに戻ります。

 

まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。

 

「小さな」といえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。

 

産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年のあいだ読書階級であった旧士族しかなかった。明治維新によって日本人は初めて近代的な「国家」というものを持った。

 

誰もが「国民」になった。不慣れながら「国民」になった日本人たちは、日本史上の最初の体験者として、その新鮮さに昂揚した。

 

この痛々しいばかりの昂揚が分からなければ、この段階の歴史は分からない。社会のどういう階層の、どういう家の子でも、ある一定の資格をとるために必要な記憶力と根気さえあれば、博士にも、官吏にも、軍人にも、教師にも成り得た。

 

この時代の明るさは、こういう楽天主義から来ている。

 

今から思えば、実に滑稽なことに、コメと絹の他に主要産業のない国家の連中は、ヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした、陸軍も同様である。

 

財政の成り立つはずがない。が、ともかくも近代国家を作り上げようというのは、元々維新成立の大目的であったし、維新後の新国民の少年のような希望であった。

 

 

この物語は、その小さな国がヨーロッパにおける最も古い大国の一つロシアと対決し、どのように振舞ったかという物語である。

 

主人公は、あるいはこの時代の小さな日本ということになるかもしれないが、ともかく我々は3人の人物の跡を追わねばならない。四国は、伊予松山に3人の男がいた。

 

この古い城下町に生まれた秋山真之は、日露戦争が起こるにあたって、勝利は不可能に近いと言われたバルチック艦隊を滅ぼすに至る作戦を立て、それを実施した。

 

その兄の秋山好古は、日本の騎兵を育成し、史上最強の騎兵といわれるコルサック師団を破るという奇跡を遂げた。

 

もう一人は、俳句短歌といった日本の古い短詩形に新風を入れて、その中興の祖となった俳人・正岡子規である。

 

彼らは明治という時代人の体質で、前をのみを見つめながら歩く。上って行く坂の上の青い天に、もし一朶(いちだ)の白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて、坂を上っていくであろう。

 

彼らは明治という時代人の体質で,前をのみを見つめながら歩く。

 

上って行く坂の上の青い天に,もし一朶(いちだ)の白い雲が輝いているとすれば,それのみを見つめて,坂を上っていくであろう。

 

今日はこんなところです。

生涯青春 渡部雅泰

2014年10月27日

「顧客満足は忘れられる時代」から持論を展開

ネタ帳ラボ!一期一会

今日の話題は「顧客満足は忘れられる時代」から持論を展開(笑)

 

コンビニではお弁当など500円から無料配達してくれる(翌日配達ですが)、スイーツはコンビニで買っても満足できるレベル。AMAZONではなんでも安く買え、すぐ手元に届く。お客さまの評価までが売上を左右し「便利があたりまえ」の時代。中古も有り。通販では、安全・安心の担保率が高い。

 

我らが住む日本では「価格」「時間」などの分野ではすでに充実したサービスが、成熟を迎えている。飲食店でひざつき接客でメニューをとって頂いても、お店の前で見送ってもらえても、昔のような感動の度合いは下がっている。言い換えれば、インパクトが薄れている。もっと言えば、人間は忘れる動物なのだ。「記憶に残るかどうか」が勝負の分かれ目かもしれない。

 

成熟した時代をどう生きるのか?

 

これからは心理学的なモノを勉強しないといけないのかもと考える。「いいものではないかと思う。」その心理。何かひとつ、個性があれば売れるのではという妄想からくる、非効率なオリジルというような胸の高鳴りのようなもの。

 

ドイツでは増え続けるゴミの量に、量り売りという分野が新しく出てきたと朝のNHKのニュースザッピングでやってた。珈琲や油など必要な分だけが量り売りされている。ちょっと斬新的。(^O^)

 

今日はこんなところです。

 

PS 日本シリーズ面白いですね。

ご贔屓のチームが日本シリーズに出るというのは楽しい。
オイラは根っからのホークスフアン。

テレビを見ていたら「緑色の南海ホークスのユニを着ているおっさん」を発見。
大阪球場の頃からコテコテの難波の臭がするファンだった。
なんか急に元気が出た。(笑)

 

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