お遍路逆打ち10回目(全16回)

ネタ帳ラボ!一期一会

2016年7月4日

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

梅雨明けの夏はコントロールを失い、お天道様はブレーキがいかれたように暴走しているようだ。かち割り氷水でも浴びたい気分の中、お遍路逆打ち10回目(全16回)、バスは超満員でふくれあがっている。

全国からお遍路バスツアー巡礼者たちは、60年に一度の申年閏年お遍路の現世御利益を期待しいるのかだろうか、その大群は1月に88番札所を出発し、徳島県、香川県を廻り、今はちょうど私の住む松山あたりにいるようだ。こちらは愛媛から出発し、高知、徳島を廻って、最後は愛媛で結願となる変則のコースだだ。

今日のミッションは八番札所熊谷寺から一番札所霊山寺へ。八ヵ寺は密集して位置している。夏でも平場なら、なんとか脚足は最後までもちそうだ。(笑)

どうやら四国遍路をスタートする序盤戦の一番から八番までは、巡礼者がモチベーションがきれないように、平場で足慣らしが設定されていて、体力と健康のヘルスチェック区間である。徳島県(阿波)の23ヵ寺は、発心の道場ともいわれる。

このお遍路のバスは女性であふれている。本当に女性が元気だ。男は萎えている。数名の男性が一人で参加しているけれど、肉食系というよりは、こころ穏やかな人が多い。私は、一緒に廻っているそんな男達が大好きだ。

この世の中の男達は定年を向かえると、ぐったりしている。何か変化したいという欲望や革命を失っている。もう、出世することはない、競争もない、攻撃本能は悲しいほど減退している。喜怒哀楽を楽しめるのは、圧倒的に女性という性だ。

一方、職人気質の男達は、どうだろう。プロフェッショナルになるために自分の性をすててきた。たとえばフレンチのコックなど料理人は男が圧倒的に多い。男達は、喜怒哀楽を制御できるのだ。女は喜怒哀楽に影響されやすい、喜怒哀楽がモロに料理の味にでる、男は技術的なことにおいては、あきれるほど冷静だ。これらは、制度という社会で、男となるために競争社会を生きてきた男達の運命のようにもみえる。

元々、ちょんまげ時代は、女性が知性を持つことを男性が許さなかった。娘は親の決めたところに嫁に行かなくてならない、そして嫁げば、毎日が料理、選択、畑仕事、子育てに追わた。今は15分で米が炊けて、電子レンジ、ルンバ、コンビニ、育児所など、女性のライフスタイルがかわってしまった、枷から解かれると女性は性をとりもどした。男達は、なにをすればいいのかわかっていない。女性の取扱説明書を太宰治に書いてもらいたいくらいだ。男達は、名誉か、階級でも与えれば元気になるかも知れない。これから、男の末路はかなり厳しい。食糧危機もない、戦いもない、無駄に時間がある。プライドを得る場所がない。

なんかまとまりを失ってきた。(;゚ロ゚)

お遍路で女性ばかりのバスだからこそ、そんなことを考えてしまう。イイ機会かもしれない。男は、今戦い、誰にも味わえないようなプライドの思い出を持たなければ、生きていながら、死んでいるようなもんだ・・・
======
旅のエッセイ
======
ボクはクリームパンを見ると、香港の銅鑼湾(コーズウェイベイ)で現地のガイドさんが案内してくれた傑作な屋台を思い出してしまう。そこは路地裏の、パイプ椅子や朽ちたテーブルが乱雑に並ぶ、決して衛生的とはいえない店だった。アスファルトの広東語で書かれたメニューをガイドさんが訳してくれると、ホットコーラとか珈琲と紅茶のミックスなど、いかにもミスマッチングな言葉が跳んでくる、ボクはドッキリでも仕掛けられたんじゃないかと思えるほどのカルチャーショックを喰らった感じで、香港映画Mr.BOO!ミスター・ブーのワンシーンに入り込んだように思えてきて、店内の丸メガネのお客を見ていると、彼らがあの映画に出演している役者のようにも見えてくるほどだ。
やがて注文したホットコーラーが登場した。一口飲むと「うまい!」と叫んだ。はじめて飲んだ味だったが、イケてる。砂糖か蜂蜜かいれているのだろうか、それとも興奮状態の心がそうさせたのだろうか?
そして衝撃は次のクリームパンと同時に押し寄せた。店員さんが無造作にテーブルに置いた、皿の上のクリームパンはこの世ならざるものだった。パンの真ん中に日の丸のようなクリームの池が広がり、そこには焼いたバッタの姿見が横たわっていたのだ。「なんじゃこりゃ!」と叫ぶボクを見ながら、現地ガイドが腹をかかえて笑いこけていた。 食べてみると、カリカリ、コリコリ音がするものの、妙な気分が押し寄せて頭が先に食べている感じはするが、これまた美味だった。正直まいった。
旅というのは、ただならぬ出会いがあるというのは、いったモノにしかわからない話なのだ。それにしても、香港というのはこんなブラックユーモアーがまかり通るとは、軽いショック状態に陥りながらも、旅の楽しさの洗礼をうけた銅鑼湾は思い出の場所になった。その後、香港の銅鑼湾(コーズウェイベイ)には何度もおとずれ、ボクはこの世ならざる体験ばかりを繰り返していくのだった。


« »