愛媛の豪雨災害は甚大だ・・

ネタ帳ラボ!一期一会

2018年7月9日

愛媛豪雨災害は甚大で、「がんばろう」という月並みな言葉がかけられないほどで、痛々しすぎる。

七夕という、いにしえから夏へ扉を開く日に、なぜにこうなってしまうんだろう。

みかん農家友達は、土砂が流れてもう「みかん山はだめだ」と嘆く。自宅も1mほど冠水した。「命があっただから、まずは身辺から立ち上げてがんばるよ」と彼は短く電話を切った。

自然災害という、気持ち行き場ない現実。それでも、彼ならきっと立ち上がると信じている。

そういえば親父は、いつも枕元に非常袋をおいて寝ていた。

手書きでかいた連絡先数々、避難先地図、着替え、何種類もくすり、包帯、はさみ、乾パン、水、懐中電灯、ラジオなどなど。

自分命札もあって、連絡先に僕名前がかいてあった。用心深いおとこだなと、どこかで笑っている自分が、すくなからずあった。

今思えば、そうしていないと、眠れなかったではないだろうかとも思えるほどだ。

そう、家を建てるときには、道路より50cmは盛り土をしたそうだ。床上浸水にならないため事前策だとよく言ってた。新聞スクラップは今も、机棚に数十冊ある。僕は、たまに読みながら親父に会いに行く。

小学校3年父親参観日には、石手土手ゴミ焼却所からたちぼる煙突煙を眺めて鼻糞をほじっていると、まえから3番目席まできて、拳骨で思い切り殴られた。

クラスが静まりかえり、僕はどうとりつくっていいかわからず、しばらくうなだれていた。骨までしゃぶられそうな、夏幼い思い出だ。

なにごとも、きちんとしていなければだめなひとだった。

まどは、雨戸がついていて、台風前にはそれをしめていた姿が思い浮かぶ。ろうそくや、懐中電灯などはもちろん所定場所に置かれていた。停電になると、コンセントに入れたまま非常灯がついた。

そんなことを考えると身回りことをきちんとしていること大切さを考えさせられるもだ。

奇妙なことに、実家親父上、台所、トイレ、車に、なぜか温度計と湿度計が取り付けてある、そわけを聞いておけばよかったと、今更ながら何為に存在しているか不思議に思うことがある。

天気に敏感に生きていたかも知れない、なにかそ数字から読み取っていただろうか。(笑)

おふくろにたずねたけど、おふくろもそれがわからないという。(笑)

はさみを「お父さんは20本ぐらいおいてたよ」と、また不思議な事実を告げる。(笑)

「そういえば、台風時に家に被害があって、会社から5万円出たよ」

と不意におふくろがいう。

昭和40年ころだから、かなり額だ・・・

そうだな、そうだな、そういう会社にならないとな。。。

ともかく、いろんな事が思いだされ、考えさせられる朝だ。

愛媛が実家だと知っている全国友から、大丈夫かとメッセージがここ数日とどいている。

そういう思いが、すごくうれしい。

今日はこんなところです。


« »