おふくろの親戚一族は遠縁で結婚してきた

ネタ帳ラボ!一期一会

2018年4月23日

週末土曜日に久し振りに、街に出ておふくろと二人でカウンターで食事をした。

予約時間までひとときを、結婚式帰りほろ酔い若者が昔話に花が咲かせ、騒がしい人いきれ街中で大街道ベンチに二人座り、おふくろ青春時代話に耳を傾けた。僕は、たまにこうして街中でおふくろ昔話を聞くが趣味。

おふくろ郷は、東温市牛渕。祖先は庄屋をしていたそうだ。一族は婚姻に関しては、今と一風変わっていた。親戚端と端で結婚し、一族結束と、財産と、血を守ってきたよ、とおふくろは笑いながら語る。

一族勤め先は、教育関係がほとんど。いわゆる、”はとこ”同士あたりで、一族世話好きな叔母さんが、先生と呼ばれる職業結婚相手を見つけてくる。考えように関しては、一種異様なことだ。そういえば僕が、高校時に学級副担になった先生は母親”はとこ”だった。

親戚一同が羊たち群れように、おっとりとしていて、棘がないが不思議。血というは神秘に溢れていると思うだけど、どうだろう。たとえば僕叔父さん奥さんは、ご主人さんが怒ったを一度も観たことがないらしい。そしてそ息子もおとなしいが博士肌。ともかく昆虫、は虫類が好き。小学校ときには家外に彼専用大型冷蔵庫があり、蛇や幼虫などを保存し、見たことないような異様な世界感が立ち上がっていた。それを許した彼母親もたいしたもで、今は進化して愛媛県総合科学博物で変態1号研究員をしている。

おふくろは高校時代から、叔父さんが経営する大街道「西洋軒」というレストラン2Fで、夏休みなどは泊まり込みで子守をしながらアルバイトをした。叔父さんは、青島でおもちゃ屋を経営した後、終戦を経て松山にもどり、アイスクリーム屋で一財産をつくり、当時ではハイカラなレストラン「西洋軒」を松山に出した。

だれにでも人生を横切る出会いという縁糸。進駐軍コックさんと出会いが線に変わり、ライスグラタンや、カルボナーラーなど、小粋なメニューが松山女性に火をつけてこ店は大ヒットした。ちょうどコカコーラという一つ異端が登場し、カタカナメニューに憧れていた時期でもあった。シャリアピン・ステーキなんて、名前だけで売れていたらしい。(笑)

昭和35年当時(母21歳)、大街道「西洋軒」はレストランでありながら、夜12時を越えて営業。キャバレーがはねて、お客さんが食事にきたり、釣りはいらないという気っ風いい客もゴロゴロ。そして、今話題大街道ドーミンイン松山ところにあったラジウム温泉に深夜行っていたらしい。

そんな、一族やさしいムード中、「西洋軒」に一人男があらわれる。「高校時代に横河原線電車に乗っていたんだけど、覚えてますか」とインデアンみたいな野生人が親父だった。親父は毎日同じ客車に乗っていたそうだけど、まったく知らなかった(中略)しばし時が流れ、おふくろは親戚ではじめて、羊群れから飛び出して結婚した。

そうね、食事時にお茶がないといらいらしていたわよね、いらちな性格で、ある日台所さんに、「お茶」と書いてたよ、よく怒られたもよ、そう言って親父昔話をしながら笑い飛ばす。でもね、毎日毎日明けても暮れても「お茶」、「お茶」と言ってたくせに、私にお茶を入れてくれたは人生で一回もないよ(笑)。それって親父にいった?と訊くと、おふくろは「それは言わないよ」と気たかく答えた。

ひとしきり時間が流れ食事へ、二人真ん中には昔話ばかりがあって、それがただただ楽しくて、美味しい食事をしたでした。

「こ一瞬が、永遠であり。こ永遠は、一瞬」

そんなことを、頭上になんども吹き出しをつくりながら・・・。

今日はこんなところです。


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