平昌オリンピック、高梨沙羅のリベンジ

ネタ帳ラボ!一期一会

2018年2月13日

平昌オリンピック 開幕。日本も寒いですね。

 

「こんなの中止でしょう、と心の隅で文句を」と、マイナス10度を下回る極寒の中、葛西選手。「今年は夏にカメムシが大量に出たんで、冬は大雪になるよ」と、親戚の従兄の予想は見事に的中した。(^^;)

 

僕が体感したのは、ニュンヘンの-25度。鼻毛が凍り、痛かった。暖房の店内に入り、鼻が痒くなり。鼻毛をぬいたら、あれー!!鼻毛が30本ぐらいとれたのを思い出す。どうでもいい話だ。(笑)

 

人間の好運と悪運の量が同じなら、日本の冬季オリンピック通算金メダル9個(団体を1個として)は、合点がいかない。世界選手権で何度優勝しても、運がなければオリンピックの金メダルは獲得できない。

 

日本を応援する時に、どうしても他国のミスや不幸をよろこぶ心が、どこかしこで芽をふく。(^^;)それだけは、やってはならないと思っても、詮無いことだ、煩悩は消えない。(笑)

 

さて、高梨沙羅さんがノーマルヒルで銅メダルを獲得。彼女は4年前の素朴な自分を断ち切るように、アイラインをくっきり入れ女の色気を放った。外見情報で「いい女」を品定めする男性が騒ぎだし、女性までが「女が女に」どこか嫉妬していた。

 

「ありのままの自分が好き」とか「化粧を落とした素顔をみたい」、男はそんな古文書に書いてあるような台詞を吐く。なりませぬ。虚飾とか、見栄とか全部はぎ取った女性なんて存在するのか、女性はオシャレをして、自分の輪郭をハッキリとさせるのだ。ブランド品は自己回復ギフトであり、スマホのケースなどの附属品を含めて、自分自身なのだ。

 

メルマガを書いているとNHKに高梨沙羅選手が登場。根っこは「素朴」なんだと思わせてくれるインタビュー、何か憑きものがとれたような顔に、僕には思えた。さあ、4年前のリベンジへ、薄紅のルージュをひいて、次はラージですね。

 

そして次ぎに、モーグル銅の原大智選手が登場。僕は、なぜか単純な理由で彼が飛び出してくるのではないかと思っていた。彼はテレビの画面で見て、誰もが選択しない一番右のコースを選択していたからだ。上村愛子選手がソチでこの右コースにこだわったいた。里谷多英選手が長野で金、ソルトレークで銅を獲ったときも右コースだった。なにか、神様がいる予感がしてた。

 

そんなことをあれこれ思いながら、萩本欽一さんが、知恵を振り切ってアイデアを出さなきゃいけないときには、普通の人が寝ている時間に努力します、と本で書いてあったのを思いだした。昼間だと、神様は誰に運をあげたらいいかわからない、だから人数が少ない深夜がいいんだと・・。

 

ヒラリと宇宙の果てからアイデアが落ちてくるような感じで、それをつかんがだ時に、凄い運が来たって自信がもてるんだと・・。

 

さあ、高梨沙羅選手(銅)、高木美帆(銀)のリベンジがみてみたい。

 

絶望の壁にはじかれ、人生の黄昏に包まれたような孤島に流された。

 

私たちをなじった言葉の数々、本音を吐いたらきらわれそうだと思ったみじん切りの心。

 

何百の疑問符を、夏空のベランダに干してきただろう。

 

今まで傍観していた人たちが、吸い込まれるようにコレはなにか起きそうだと、意味ありげな顔をつくりはじめた。

 

僕の安っぽい洞察力・・

 

冷たく凍りそうなシャワーをあびて、

女のリベンジがおこりそうな気配だ・・・。

追記)女子にラージジャンプはありませんでした。すみません(^^;)

 

※金メダル 参考資料

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2014年 ソチ五輪
羽生結弦
フィギュアスケート男子

2010年 バンクーバー五輪
該当者なし

2006年 トリノ五輪
荒川静香
フィギュアスケート女子

2002年 ソルトレークシティー五輪
該当者なし

1998年 長野五輪
船木和喜
スキージャンプ個人ラージヒル
岡部孝信
斎藤浩哉
原田雅彦
船木和喜
スキージャンプ団体ラージヒル
清水宏保
スピードスケート男子500メートル
西谷岳文
ショートトラック男子500メートル
里谷多英
フリースタイルスキー女子モーグル

1992年 アルベールビル五輪
荻原健司
河野孝典
三ヶ田礼一
ノルディック複合団体

1988年 カルガリー五輪
該当者なし

1984年 サラエボ五輪
該当者なし

1980年 レークプラシッド五輪
該当者なし

1972年 札幌五輪
笠谷幸生
スキー70メートル級ジャンプ
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