お江戸2「川崎大師」へ

ネタ帳ラボ!一期一会

2018年1月29日

お久しぶり東京、全日空は68番ゲートに到着。到着口までのガラス廊下。

 

ふりそそぐ朝の光のプリズムに頭がくらっとする。20代の頃、この東京で青春をひとつかみしながら、僕はたしかに生きていた。

 

それが、どうだ「あれから30年」背中の加齢というフェードアウト装置が、起動して止められない。(笑)解除装置は背中にあるのだけど、この野郎!絶対に手が届かないとこにスイッチがある。それだけの柔軟な体は、取り戻すことができそうにもない。(笑)このフェードアウト装置は二回人生をやれないということを、実感させてくれる。

 

それでも、なにかしら生きることは捨てたモノじゃない。そう思わせるのは、到着口で待つている永遠にかわらない友達だ。

 

羽田から友達の車に乗り、「川崎大師」へ。カセットテープを入れるだけであの頃に飛んでしまう。ナビなし、ETCなし、30年前と同じ時間を届けてくれる。社会的に時代の流れに抹殺された文化を大切にしているその生き方は、僕に一喝を与えてくれる。

 

さてさて、「川崎大師」は弘法大師を本尊として祀っているお寺。

 

参道の仲見世には久寿餅(くずもち)やとんとこ飴(包丁のリズムが有名)、せんべい、だるまなど、物見遊山的に散策する人にも、たくさんのエンターテーメントが用意されていて、お江戸の頃から庶民に脈々として、娯楽を提供してきたようだ。

 

八十八箇所を廻った僕は、弘法大師の古刹なお寺ばかりを廻っていたので、不思議な感じだったけど、こういう風に宗教が身近にあるというのも悪くないなと思った。

 

ヒリヒリする毎日を変えてくれる、平場で誰もに愛されるような力を放つような場所は、何かの入り口かも知れない。

 

車にカーナビがないので道を間違える。久し振りの感覚だ。そして間違えたおかげで、美味しい「ぜんざい」に出会う。こういう時間は、人生に「うるおい」をプレゼンとしてくれる。

 

友達と二人で行動すると、かならずこういうことが起きる。そういう偶然の産物という奴を、俺達はなんど体験しただろう。皆さんにも、アイツといるときは何か起きるなんてことないですか?

 

「ぜんざい」だけで2時間しゃべれる。絶妙の合いの手と高笑いがあふれていた。

 


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