ネタ帳ラボ!一期一会

「孤独のすすめ – 人生後半の生き方」五木 寛之

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

師走の週末。吸い込まれるように、空港通りの明屋書店に吸収される。本屋というのは、僕のブラックホールなのかもしれない。

御年85歳 五木寛之先生の本を手に取る。

「孤独のすすめ – 人生後半の生き方」五木 寛之

書店内のランキング3位以内にいつも鎮座しているのが気になっていた。売れるだろうな・・団塊の世代は70代となっているのだからね。誰しもが、ちょっと自分に足りないものをちょこっと補充したいのだ。

僕が読書が好きになったのは、この五年程だ。それまでは映画。レンタルビデオ店で有名人だった(笑)

五木寛之先生の本は、

「雨の日には車をみがいて」「生きるヒント」「大河の一滴」「風に吹かれて」「旅人よ」そして「親鸞」の三部作などなどを読んだ

何も知らない僕は、知ったかぶりな僕は、五木寛之先生の本を読み重ねるたびに、ねじ伏せられた。

「なんもしらん自分」と出会い、パンツ一つにされた。無知をつきつけられた。そして、少し謙虚になった。

僕の生き方の哲学の一割は、五木寛之先生の本でできている。

不埒な曲者には「生きるヒント」5冊が解毒薬になった。

==

さて「孤独のすすめ」の内容は、こんな感じだ。

・巷には “高齢になっても前向きに生きよ!” という意見が多い

・高齢者の場合、前を向いたら死しかない。それよりは、あの時はよかった、幸せだった、楽しかった、面白かったと、さまざまなことを回想し、なぞっていったほうがいい。

・回想を習慣化することで、「錆びついた思い出の抽斗(ひきだし)が開く・・」

・後ろを振り返り、ひとり静かに孤独を楽しみながら、思い出を咀嚼したほうが

いい

・また、著者との一対一の対話である読書は心強い友に

・社会が求める「賢老」という生き方。よりよい生き方」の最たるものは、

「社会貢献」であるはずです。

==

生き方本が売れているのだろうか?

明屋書店ランキング1位は、漫画「君たちはどう生きるか」

これはいちおう買ってみた、年末に帰る息子に読ませてみようと思う。

そして僕は「君たちはどう生きるか」の文庫本を買ってみた。

お悩み本というのは、書店の棚を闊歩している(笑)

人間は死んだらどうなるのか?なんて、いい質問だ。

昔、プレーボーイに人生問答みたいなのがあって、今東光さんはこう答えた。

「そんなことわかるかい?死んだらどこ行くか心配するより、いま、これからどこへ何をしにいったらいいかを心配しな」・・御意!です。

ポジテイブだけでは割り切れないのが人生だけど。

ともかく、今を心配するというのは大事なことだ。

どのような人に出会うかが人生の充実を支配するんだろうね・・

今日はこんなところです。

ギターっていうのは、たった6本の弦を伝わって出てくる・・

ネタ帳ラボ!一期一会

 おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

 今日は朝から頑固について・・

 貴乃花親方の頑固で、かたくなな星一徹状態に、ひとつため息をつきながら、この頑固は生まれつきの、先天的な性格なのかなと想像をめぐらす。

 なにかしら、ある程度そう思わないと合点がいかない部分もある。

 先天的なものだとしたら、決して根絶やしできないんだと思う。人間が動物として持っている本能だから・・。神様は一定の割合で人間界に頑固者を存在させなければならないと思っているに違いない。

 それはこんなことに似ている。下関に揚がったフグが、東京に搬送されて行くときに、フグだけだと共食い的な事が起こるらしい。あるいはいじめにも似たような事、ひきこもり的な自殺的な事が起こり、ある一定の割合のフグは必ず死んでいくらしい。

 ところが、このフグだけの水槽に1割くらいの他の種類の魚が混じると、フグが死なないそうだ。まっこと不思議なのだ。おそらく、その他の一割の魚との緊張感とか、防衛本能とか、違和感でアドレナリンに似たようなものが、自然と吹き出してくるのだろう・・。そこに、なにか生きることへのリアリティとか実感を感じてしまう。(スポーツや職場のメンバー交代とよく似ている)

 それとたとえば、無差別殺人について考えるならどうだろう。だれも本来はそんなことはしたいと思わないだろう。ただ、人間はいつか死んでいくという運命があり、死をどこかで肯定し、その死の暗闇に消えて行く存在なのだと、そのことを、毎日毎日考えるようにプログラムされていたらどうだろう、それに先天的な癖と、たとえばあまりに不運な、孤独な、理不尽な環境がそろうとどうだろう、と考えると怖ろしい。

 そんなことを考えながら、なぜか世間から冷たい目で見られている貴乃花親方のことを、おもんぱかる。会社に、貴乃花親方のようなガチンコで、己を曲げない人がいるとどうなるんだろう・・・、これに一瞬で男達を凍らせる女でも登場すれば、東野圭吾のサスペンスか、宮部みゆきの謎を解かなければ、どうにかなりそうなミステリーになりそうだ。(笑)

 貴乃花親方が、ガチンコ相撲を現役時代続けていたことを考えれば、ともすれば先天的な頑固に、頑固の上に頑固を上塗りしてきた性格なのかもしれないと考えてしまう。過去の栄光が、自分がやり遂げた実績がそうさせるのだろうか。毎日10km走るように、毎日頑固でいるというのはかなり大変だけれど、それが稽古場という精神の道場があれば、それが可能なのだろうか。

 そして己のことをここで皆さん考えてください。

 歳をとると、物事をシンプルに考えるようになります。人生を長く生きてきた、いらぬ知恵や、いらぬ経験が、薄皮を一年ごとにつくって、年輪のようになり、相手の意見を聞かない、頑固妖怪のようになってないでしょうか。

 スマホを持っていない、ガラゲーで一生行こうと思っている頑固者の方へiphoneでも買って、孫と一緒に楽しみましょう。

 人生の出会いがちっぽけなモノからはじまるように、 案外、ちっぽけなモノに救われるモノです。

今日はこんなところです。

大相撲千秋楽をみた週末

ネタ帳ラボ!一期一会

大相撲千秋楽をみた週末。

横綱白鵬の優勝インタビュー「真実を話し、膿を出し切って日馬富士と貴ノ岩を迎え入れたい」、そして万歳三唱。僕の頭の上には、大きな疑問符しかない。

日馬富士の貴ノ岩を殴打事件から、ひとつながりの深い闇の気配を感じてしまうのは、なぜだろう。マスコミの連日の報道を見ていると、余計に混沌しわからなくなる。

横綱・白鵬がマスコミに対して「ビール瓶では殴ってはおりません」と報道を否定するコメントを出した。その反面、そこまで詳細に語れるならば、現場の全容を取材できるはずだが、殴った具体性は記事に欠落している。

被害届を貴ノ岩本人が出さず、貴乃花親方が出したことは、部屋対協会の根深い対決の気配があることの予兆だろう。貴乃花親方は口を閉ざし、論理的に語らない。しかるに問題は長期化、注目され、ますます闇の気配が佇む。

相撲協会が被害届提出の事実を知りながらも、議題にもしない隠蔽体質に一矢を投げたのか?貴乃花親方は前回の理事長選に立候補したものの負けて、巡業部長に降格下し、きな臭い背景もある。暴力体質の払拭ができない協会体制、その協会を無視するような貴乃花親方の頑なな心の有り様はなんなのだろう。

日本相撲協会の聞き取りに対して診断医師が貴ノ岩の重傷を否定した。しかし、貴ノ岩は怪我で休場した。(初場所の十両落ちは決定的という状況であるのに)どこか歪んでいる。

この問題は、まずは個人対個人の問題から整理して、ビール瓶で殴らなかったにしろ、それがテレビリモコンだったにしろ、貴ノ岩が携帯をいじっていたにしろ、殴った日馬富士が悪いわけで、そこからスタートするしかない。

いたるところに、暗闇が、死角が、落とし穴が、理不尽が、損得が見え隠れする。いたるところに、暗示が、示唆が、無言が放たれている・・・。

一つのサスペンス小説を見るようだ。

僕はこの相撲問題に思うことがあります。

この相撲問題を一括りにすれば、登場する人物、フアン含めて、誰もが「相撲が好き」だということです。

まずは共通点にたどり着いて、無の場所から、物語を生み出していくことだと思うんですが・・。

どうでしょう(^O^)/

=========
ワイドショー的記事はいろいろな胡散臭いことをかきたてる。
あながち、すてる気になれない記事も多い(笑)
=========

巡業中のモンゴル会というのは、ただの飲み会?☆のやりとりが見え隠れする・・

同郷であれ、対戦する相手同士が、酒を酌み交わすのはいかがなモノか?

近年の場所で、モンゴル人同士で優勝争いを見たような記憶がない。

今年の初場所。1月24日の「白鵬VS貴ノ岩」の取組。11勝2敗の白鵬が負けると13勝1敗だった大関・稀勢の里の初優勝が決まる大一番で、結果は左肩を突き出してぶつかった貴ノ岩が右四つを取ると一気に寄り切り。わずか10秒ほどで勝った。たくさんの座布団が飛び交う中、テレビに映った白鵬の表情は同じモンゴル人力士に優勝を阻まれた悔しさが漂っていた。

< 日刊ゲンダイ>

貴乃花親方はガチ相撲で横綱になった。

今日はこんなところです。

「だるまさんが転んだ」を1時間もやれない

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

先週の月曜日の午後、松山市一番町。

ひどくお腹が空いて、お好み焼きの若竹に足が向かう。

緑色の暖簾をくぐったあたりで、平成の空気がうすれ、

店内に入りピンク色の公衆電話を眼(まなこ)がとらえると、

数年ぶりに来たくせに、読みくさしの漫画が目につき、

寸分たがわず、前の続きを読んでいる。

まるで一時停止していたカセットテープレコーダーの、

ポーズボタンを解除、再生したような感じだ。

広島風豚そば入りお好み焼き

上品さがかけているぶんだけ、あまたい松山のソース

愛嬌のある奥さん、にらめっこで笑いそうのないご主人

そんなことをいちいち、なぜかしら確かめながら美味しくいただく

秋の読書で、「片思い」、「容疑者Xの献身」とバトンをつなぎ

川に石を沈めるように「ナミヤ雑貨店の奇蹟」を日常に放り込んで

東野圭吾の飛び石をつくり、対岸へ僕は向かう

この人は、日常の些細な出来事を馬鹿にせず真剣勝負している

そんな原稿用紙に向かっている作者の顔が浮かんでくる

村上春樹さんの、なにかの本で、たしか・・・

誰もが持っている、88鍵のピアノのことを語っていた

ピアノの音は人様々で、猫ふんじゃったから

クラッシックの世界まで、百人百様

和音は人の心を、何かしら不思議な力がある

ビリージョエルのようなピアノと歌なら、

観客の心にとといだ音粒は

弾丸のように体内に残るだろう

そんなときに、ふと思う。

誰もが88鍵のピアノに向かい合ったときは、同じなのだ

弦の一音一音を調律しまず、いい音が鳴っているだろうか?

俺はLIVEハウスのピアノかもしれない

誰かが弾いたときに、いい音するな!と、演奏者にまえのりを誘発するピアノだ

達郎さんに、いつか「シャンプー」を弾いてもらうためにいきている

俺は新人の歌手のレッスンのためのピアノだ

キャンディーズを前に、森田公一が弾くピアノだ

なんでもいい、わからなくなってきた。

時間がない、配信時間だ。

人の感性は自然淘汰されていく

「だるまさんが転んだ」を1時間もやれない、もうなかなか笑えない(笑)

そうなると、読書や、音楽で補填するしかないのだと思う

どうだろう・・・。

今日はこんなところです

みすず創業者長野哲さんの自叙伝執筆

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

ソフトバンクホークス優勝 おめでとうございます。

第6戦、9回に同点ホームランを放つた、4番内川選手。

その打撃に僕は心を手づかみされた。

ストレートを待っていて、変化球も待っているという二段打ち。

その場面。ストレートかと思うと、球はシンカーだった。

一瞬タイミングは外れ、一瞬手遅れ、手と足の力の伝達バランスが総崩れ。

通常なら完全な腰砕け状態。

その水際から、爪先だけの力で体制を立て直すような感じで、

ルービックキューブを五秒で整えるような手際のよさで、

体のバランスを見事に調整し、

乾坤一擲のフルスイングで、土壇場にスタンドに球をもっていった。

そのミケランジェロ・内川選手のホームランに

僕は石鎚山の頂上で、雄叫びをあげたかった。(笑)

さて、そんな翌日の日曜日、四国中央市ギフトと雑貨のお店”みすず”さんへ。

創業者長野哲さんの、自叙伝が完成し車を早朝走らせた。

車のトランクにできたての経木でできたお弁当を配達している気分だった。

経木の弁当のふたにくっついた、ご飯の粒をつまむのが僕は好きだ。

初めて執筆した本。

SNSが世を席巻し、信頼性のない稀薄な言葉の世界が広がる。

僕は、その中で明日のパンを求めて仕事をしている。

僕は、その世界から五歩くらい下がり、この三年言葉と格闘してみた。

趣味がやっとこさ読書になった。

机の上には、栞をいれた読みさしの本が皿が峰のように積まれている。

自分がどこまで言葉を紡げることができるのか挑戦したかった。

言葉の架空の世界に、どこかありきたりを感じてしまっていた。

ひりつくような思いで、戦ってみたかった。

俗物の民くれでも、誠実に向かい合えば戦えると信じて・・・ね。

僕が執筆でイメージしたのは、経木の弁当を空けたときふたにつく米粒。

国鉄松山駅で、はじめてかった駅弁。

青春18切符を買い、東京に向かう車内で、ふたから、はがすようにつまんだ米粒。

えもいわれぬ美味しさ。まじまじの、米の味だった。

余すところなく頬張った。

昨今なかなか、経木の弁当にお目にかかることがないのが残念ですよね。

さあ、ともかく執筆という世界へ「初めの一歩」を踏み出した。

今日はこんなところです

< 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 >