ネタ帳ラボ!一期一会

情熱大陸「人生をアラスカに捧げた写真家・松本紀生 」ひとりの力について

ネタ帳ラボ!一期一会

やっと情熱大陸で紹介された「人生をアラスカに捧げた写真家・松本紀生が奇跡の一瞬を追い続ける」をDVDをN先輩から借りて見ました。
==========
情熱大陸HPより
http://www.mbs.jp/jounetsu/2014/03_23.shtml

「一度きりの人生を悔いのないように生きたいだけなんですよ」そう言い続ける写真家・松本紀生(1972年、愛媛県松山市生まれ)は、アメリカ合衆国最北端のアラスカで20年間写真を撮り続けてきた。松本が狙っている写真は北米大陸の最高峰・マッキンリーと、それを覆いつくす “赤いオーロラ”だ。松本が“赤いオーロラ”を撮るためにアラスカに滞在する期間は冬の間のおよそ50日。しかし、学術的にも貴重だと言われる“赤いオーロラ”は滅多に現れてくれない。20年間で松本が遭遇できたのは、たったの2度だけ。しかもそれは松本が望むマッキンリー山を覆いつくすようなものではなかった。
==========

 

鬱屈した人間関係の中で人は生きている。人は誰かとの関係性の中でしか生きられないと思っていた。情熱大陸をみながらアラスカの氷河の上で毎年50日滞在しオーロラを待つというのは超人的すぎる。

 

「ひとり」が日本人はそもそも苦手。海外旅行に行くのも団体旅行がやっぱり安心。国内旅行に友だちと行くのは2、3人ぐらいが心地よい。

 

人は時に人間関係の網に救われながら。時に押し込まれてコミュニケーションに限界を感じる。「うつ」になったりする人が増えてきた。引きこもっている人が、マンガやネットの世界に身を置いてしまう。芸能人が売れなくなると、薬物に手を出してしまうこともある。

 

情熱大陸を見ながら「ひとり」の世界観について考えさせられた。

 

人は「ひとり」自然や宇宙と向き合う時になにか反応が起きるに違いない。そこに何か湧き出るような自然体治癒力の源を感じてしまう。

 

インドを旅した30代のあの日を思い出す。僕はガンジス川辺でウイスキーのストレートグラスほどの器に、アツアツで甘々のチャイを飲んでいた。おびただしい数の牛が集結し悠然と水浴びをしている。その傍らでガンジス川に遺灰を流しているシーンをしばらく凝視していた。ガイドがインド(ヒンズー教)にはお墓がないのよと教えてくれた。(世界的に有名なタージマハールはお墓ですがイスラム教です。)

 

日本にお墓がない世界は考えられない。ヒンズー教は信仰心が深いにもかかわらず、墓をつくらない。墓など必要がないのだ。死ぬとその魂は肉体を離れ昇天し天に召される。ガンジス川がすべてを洗浄する。

 

日本はお墓を大事にし先祖崇拝をすることで心は安堵する。今日本人は宗教観がうすれてきている。人は「ひとり」で生まれ「ひとり」死んでいく、生き方は学校でも教えてくれるが、死に方を教えてもらう機会がない。学校で「死」について教えないのも問題で、自殺者が多いのかもしれない。

 

「ひとり」ってなんだ。

 

「ひとり」の時間はどうあるべきなんだ?

 

話は元に戻りますが、写真家・松本紀生さんは北米大陸の最高峰・マッキンリーと、それを覆いつくす“赤いオーロラ”を狙っている。20年間で松本さんが遭遇できたのは、たったの2度だけ。しかもそれはマッキンリー山を覆いつくすようなものではなかった。

 

「自分が今、いける限界まで行って、撮りたいものを追いかける。頑張った結果、美しい自然の姿を作品に出来た時、何とも言えない充足感を覚える」

 

『自分の人生を思いっきり生きているなっていう、そういう満足感がほしいんです。そのために、わざわざこんなところにきて写真を撮っているようなものなんですよ!』

 

今月その写真家・松本紀生さんのオーロラスライド・ビデオ上映。それに合わせた音楽家古佐小基史氏のハーブ演奏のイベントが有ります。

 

写真家・松本紀生さんが求める”赤いオーロラ”撮影出来てもマッキンリーが真っ黒ではダメなのだ。山が月明かりを浴びて語りかけてないと納得しない。その超人、変人的(失礼)こだわり、執念を勉強しに行ってきますね。

 

オーロラと月明かりのマッキンリー(このオーロラが赤になる奇跡見てみたい。)
http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2014january/aurora/img/img_about_05.jpg

 

楽しみです、「ひとり」について考えてきます。

またメルマガで報告します。

今日はこんなところです。

 

===================
「オーロラの夕べ2」
2014年5月25日(日) 14:00 松山市総合福祉センター

情熱大陸にも出た松本紀生氏のオーロラスライド・ビデオ上映。それに合わせた音楽家古佐小基史氏のハーブ演奏。

こちらから申し込みできるようです。
https://www.facebook.com/events/761911927161050/?ref_dashboard_filter=upcoming

===================

大還暦(120 歳)を迎える道後温泉本館「伝えなきゃ、伝わらない。」

ネタ帳ラボ!一期一会

 

大還暦(120 歳)を迎える道後温泉本館、様々なイベントが展開されてます。

 

道後温泉は日本三古湯の一。
※道後温泉(愛媛県)、有馬温泉(兵庫県)、白浜温泉(和歌山県)
その歴史は一節によれば、縄文土器が出土し3000年もの歴史。

 

テルマエロマエという映画が今ヒット中。古代ローマにはこのテルマエ(公衆浴場)がありました。ローマの半日観光では、時間がなくておとずれることができないカラカラ浴場。(3世紀に建造)入り口が城壁のようで壮大さに圧倒されます。

 

ともかく・・デカすぎ一度に数千人は入れるサイズです。僕がローマに行った時は夜はオペラが開催されていました。

 

エジプトがピラミッドで王の権威を見せつけたように、ローマの皇帝はローマの街に巨大な建造物をつくったわけで、ローマ皇帝も人民の気を紛らわすのに浴場をつくりずいぶん気を使ったものです。(笑)皇帝も入浴し裸の付き合いという社交場の文化なんですね。しかし、このカラカラ浴場というのも宗教の支配(肌を見せてはダメ)により衰退したとのこと。歴史は深いです。

 

インフラだけあってもそれを根付かせるのはまっこと難しい。道後温泉も団体客が入ってくれるうちは良かったけど、旅も個人の時代になり女性客や日帰り客を誘致してなかったから入場数が衰退したのはあきらか。ご当地の温泉のお土産や食べ物というのも開発が後手に回ってしまったようです。今大還暦(120 歳)でいろいろな展開が出てきて・・逆襲が始まっています。
「道後オンセナート 2014」
http://www.dogo.or.jp/pc/event/2014/dogo-onsen-art_2014.html

 

道後温泉、わが国最古の温泉。
日本書紀、古事記に登場し、聖徳太子が来湯したくさんの著名人がはいり夏目漱石「坊っちゃん」で全国区となり。千と千尋の神隠しのモデルになった。

 
しかし、こういうことは折込済みでいくら売り込んでも通用しない時代。

 

実はカラカラ浴場も、皇帝がつくり民をすべてローマ人とし、人気をはくした。

けれども、ここにだれでも入れるという代わりに失ったものがひとつあった。

 

それは『特別感』だ。

 

道後温泉の1Fの湯に週末入ると、芋の子を洗うような人がいて。湯がぬるくなり洗い場がなくて、建物が素晴らしいは残るけど「1回入ったらもういいや」で終わる
僕はいつも友人が時間がある時は800円コースで、2Fに上がる。「広い方の広間のできればオクの角をお願いします。」と注文。あの広間の光景は目に焼きつくんだな・・。外の廊下にでて眼下を見渡すのも心地よい。

 

脱衣した服を時代を感じるかごに入れ浴衣を2Fで着る。1Fの神の湯に降りるがそこでまた浴衣を脱ぐ(着て、又脱ぐまで1分(笑))、東側の源泉の栗みたいなマークがあるところで、友に身体を洗ってもらう。

 

そして、再び2Fに戻り高台にのったお茶を飲み、おせんべいを食べる。
おまけで坊ちゃん団子を追加注文する。そして道後の講釈を垂れる(笑)

 

すでにいろいろな「特別感」誘発する小技みたいなものが、道後温泉にはたくさん存在する。体験していただくためには滞在時間も必要だし、伝えなければいけない。

 

僕は道後温泉が最高の温泉になるには「ご案内係」が重要だと思うんです。

 

「伝えなきゃ、伝わらない。」

 

紙や看板もいいけど、やはり現場でご案内する人のポテンシャルがとても、とても大事だと思うんです。ひたしみとか、安らぎとかキャッチボールがないとWOWの連鎖がないんですよね。

 

昔横川というところで「峠の釜めし弁当」を必ず注文していた。
味もいいけど、心に残るのは。おじさんおばさんの笑顔と、最後に列車が見えなくなるまで「ありがとうごさいます」と頭を垂れる姿でした。

 

道後温泉の入り口でご案内係が

 

「いらっしゃいませご案内します。」

 

「ありがとうございます。お湯はいかがでしたか?また、いらしてください。」

 

これやらないと。

 

なんか、楽しい会話がそこにありますよね。

 
今日はこんなところです。

 

PS:特別なものを最後に紹介

道後温泉は皇族専用の又新殿(ゆうしんでん)というのがあって

手前から、玄関の間(全室)、御次の間(御居間)、玉座の間(陛下のみ)とな
っており、その隣に警護の人が控える武者隠しの間があり、天井は、桐の三枚重か
さねで槍も通さない、ふすまは金箔に極彩色の枝菊が描かれている豪華絢爛なもの
この方のブログがいい写真載っています。(^O^)
http://ikukodays.exblog.jp/17446056/

 

大河ドラマ「江」の理不尽な饅頭物語。あなたは食べますか?

ネタ帳ラボ!一期一会

 

おはようございます。GW明け、再びギアアップですね。

 

小生GW中に大河ドラマ「江」姫たちの戦国を観ていました。(まだ中盤です)

 

織田信長の妹「市」と戦国時代の武将浅井長政との間に生まれた、3人の娘「茶々」、「初」、「江」の物語が展開します。

 

「小谷城の戦い」浅井長政、「賤ヶ岳の戦い」柴田勝家という2人の父を失い、父の仇秀吉の庇護のもと養女になるという数奇な運命を生きるわけです。秀吉に媚びるたくない、殺したい、いや死んだ方がマシ。そんな心境だったでしょう。

 

しかし、憎い相手と関わらずに生きられるならいいけど、心は刃向かっても大きな権力や流れにはどうしようもない。

 

秀吉から贈られた着物も三姉妹は着ないほどの膠着状態。

 

そんな時に、千利休に三姉妹がお茶に招かれる。
※秀吉が千利休に三姉妹との関係修復を頼んだという構図。

 

お茶茶様の目の前には美味しそうな団子が用意されている。
※秀吉が用意したお団子、「初」は食べるが・・

 

茶茶「私は結構です。」

 

千利休「では茶茶様にはお茶だけさしあげるといたしまひょ」

 

茶茶「ありがとうございます。美味しゅうございます。」
・・・・しばらくの間・・・・

 

千利休「茶菓子だけではない、そのお茶も羽柴(秀吉)様のものです。」

 

千利休「意地をはるのはやめなされ。」

 

気持ちにどうにもケリがつなない三姉妹。
力あるものに命じられれば、利休様もなんでもするのですかと詰め寄る。

 

茶茶「利休様は、節操が無いのでは」

 

千利休「私に見えるのは、一服の茶だけです。」

 

茶茶「私には皆目わかりません。」

 

千利休「お茶茶様はどうされたい。」

 

茶茶「母の仇を打ちたい。秀吉様を殺してやりたいのです。」

 

千利休「お茶々様にはできまへんな」

 

千利休「あなた様は羽柴様を憎んでおられる。いちいち(はむかい)「いやや」と言われる。けどそれは相手と同じ場所、おんなじ高さに立っているうことや。」

 

千利休「もひとつ上に行くのは、相手を受け入れ、いっそう飲み込んでしまわなければなりません。敵より大きゅう、太うなるんです。」
千利休「せやないと倒す、殺すなどとうていできまへんは。」

 

千利休「今はこらえて、静かに爪を研ぐ時と違いますやろか。」

 

・・・・・沈黙、間・・・・・・

 

お茶茶(秀吉の)饅頭を食べる。

 

茶茶「美味しゅうございます。」

 

茶茶「でも、悔しゅうございます」

 

千利休「その悔しさを胸にたたみこんで、生きることや。」

 

千利休「太おに、大きゅうに、堂々と生きなはれ。」

 

三姉妹号泣しながら、饅頭をたべる。
思えば、千利休も秀吉に切腹を申しつけられるまで、理不尽と戦っていた。
黄金の茶室を千利休をどう思ったのだろう。

 

人は、黄金の茶室みたいなものに憧れる。それはどうなんだ?

 

わびしい、さびしい、という満たされない状態。それを認め慎み深く行動する。

 

茶室で「一期一会」の気持ちで茶を点てることに集中する。

 

静かな部屋で精神を研ぎ澄ます。

 

黒の茶碗は、秀吉が嫌う。それでも黒茶碗をつかう。
それは、戒めなのか? 利休の着高さなのか?
千利休の草庵茶室・待庵に躙口(にじりぐち)を設けたと言われる。
秀吉でも、にじり口に頭を下げて入る。(してやったり・・言い過ぎか(笑))

 

刀は外、2畳の茶室。
それは、狭き門から入り、細い道を生きる
簡単な方法を選ぶより困難な道を選ぶほうが、 自分を鍛えるために役立つという意味らしい。
歴史は、いろいろなことを惜しみなく投げかけてくる。

 

示唆深いのは
豪華絢爛の象徴「黄金の茶室」があってこそ、「わび」「さび」があるということ
それが文化なんだ。
さあ!!!

週初め「おごらない気持ち」を胸に頑張らねば・・・。

 

宇津井建さん「赤いシリーズ」

ネタ帳ラボ!一期一会

宇津井建さんの ニュースを観ながら思い出すのは、やっぱり赤いシリーズ。悪役の存在感が強烈でした。山口百恵さんが放射線漏れで白血病になったり、血縁が入り乱れ、愛する三浦友和さんと異母兄弟だったり。輸血でRHマイナスABが必要になったりして、初めてそんな血液型を知ったり俺は実はRH-じゃないかと考えたりもした。(笑)そんなドラマを支えたのは子供を愛する宇津井建さんのお父さん役でした。

1980年代後半に東京都の高校生を連れて、天津まで洋上セミナーで行った。天津は友誼賓館に泊まった。むせ返るような暑い夏。もちろん冷房はない、天井のプロペラの扇風機がひとときの涼を届ける程度。水鉄砲タイプのジャンボフマキラーから噴射されるアルコールに匂いが部屋にこびりつき、夜は蚊帳をつって寝るという今ではありえない光景があった。夜見た蚊は日本の10倍位のデカさだった。
当時の中国はテレビ放送が夜間の数時間しかなかったのだけど、そこでリバイバル放送で赤いシリーズをやっていた。お部屋係の女性は、高校生くらいの少女で、薄いレースに天津自慢の刺繍がはえる服を着ていた。夜間の廊下にともされるオレンジの明かりと、廊下の赤い絨毯にたたずむ、か細い少女のシースルのレース姿が妙に濃艶で、三国志の貂蝉が男を魅了したのがわかる気がした・・。

そんな少女の集まる部屋に、添乗員の僕が呼ばれ、この後の赤いシリーズはどんなストーリーになるのかお茶をいただきながら、筆談で1時間位話したのを思い出した。みんな百恵ちゃんを応援していた。そして中国2500年の儒教の精神だろうか「ひとを思いやる」気持ちがマッチングしたのだろうか、みんな宇津井建さんのお父さん役に涙がでると言っていた。

思い起こせば当時鄧小平が最高指導者だった、あれから“先に富める者から豊かになれ”でこの国は加速度的におかしくなった。歪んだ「愛国心」とそれを担保するかのような反日教育。捏造された歴史。“拝金主義”中国、モラル無き商売。儒教の国韓国も、旅客船のニュースを観ていると考えさせられる???

あまちゃんがヒットした理由はアキ役の能年玲奈が「豆腐」だったから

ネタ帳ラボ!一期一会

どのドラマも視聴率に、ご苦労が耐えない。

 

今さらだけど、あまちゃんがヒットした理由は「豆腐役」の天野アキ役の能年玲奈(のうねん れな)さんの魅力だと思う。

 

豆腐役とは、勝手につくった言葉だけど、豆腐って面白いと思いませんか、なくてはならないと思いませんか?

 

鍋料理でも、中華料理でもなんでも料理にあうのは豆腐。
もちろん、そのまま食べても際立つ。
毎日味噌汁とともに登場して、よろしい!

 

包丁で切れば、純白!純白の白いシャツの似合う女性の笑顔が、殿方は大好きでたまらない。豆腐が嫌いという人いるんだろうか?(笑)

 

その豆腐は製造過程で”にがり”が命。

にがりは海水からつくられる。そしてこのドラマは”にがり”の脇役が秀逸だった。

 

これを会社において考えた時に、肉や魚はいるんだけどあなたの会社の豆腐はだれでしょうか?にがりはたくさんあるかもしれない。備蓄するほど。

 

子供のころ、毎朝八百屋にいつも豆腐を買いに行かされた。

 

大きな桶の中に入る入った木綿の豆腐を買って帰ると、おふくろが手のひらをまな板代わりにして最後に味噌汁に豆腐を入れる。

 

食卓になくてはならない食材だった。

 

能年玲奈(のうねん れな)さんの魅力

 

海女役でも、

人生の甘えん坊(甘ちゃん)でも、

アイドル役でも輝く

 

私は個性がないと嘆く人が世の中には多い。

でも、あなたがいろいろなプロジェクトに呼ばれるような人ならば

あなたは知らないあいだに「豆腐」になっているんですよ。

そんな豆腐役のいるチームは強い。

 

このあいだ企業の研修で、この話をして「豆腐役」をある女性にお願いした。

「えー。私なんかでいいんですか?何もできませんが。」

僕はこの回答が帰ってきたら、なぜか◎なんです。(笑)
だつて、「僕と付き合ってくれる?」つてきいた時に
「私なんかでいいんですか?」と言われると胸が熱くなるじゃない。豆腐感じます。
今日はこんなところです。
写真 http://www.koedo.org/shop/548.html

< 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 >