ネタ帳ラボ!一期一会

「たい焼きの、頭と尻尾(しっぽ)は食うな。」

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おはようございます。 クレスト渡部です。

まだ、蝉の合唱をこの夏はきいていないな・・などと考える朝です。

日曜の夜は松山の夜にでると街コン。(男500:女500で1,000名)

路上にあふれる若者。恋愛トレーニングの終わりなき疾走がつづく長い夜。(笑)

交際している人がいない、未婚男女性が5割が超えるらしい。そもそも、結婚願望時代が枯渇してきているわけで、TVドラマも結婚まで完結するまでのものがないのも寂しい。

さて今日のメルマガは短いです。(笑)

今日のテーマは、昔、居酒屋で教えてもらった。

「たい焼きの、頭と尻尾(しっぽ)は食うな。」

みなさん、たい焼きはお好きでしょうか?

本物の鯛なら”お頭”は貴重で、しっぽは食べないもの。1回でいいんで、たい焼きを食べて、頭と尻尾(しっぽ)を食べ残す経験いかがですか。そして、廻りの人から何しているのと言われ奇妙がられるのも大事。(笑)

人は一番高値を狙って株を売ったり、パチンコでも連チャンするだろうと欲が出ますよね。逆に底値でも同じことが起きる、負け続けて傷が浅いうちに手をひくことができない。頂点と底には魔物がいるんですよね。だから、たい焼きの、頭と尻尾(しっぽ)は食うな。

何かの直線に見えるものでも拡大すると、実は上下に波打っている。それは上昇気流でも下降気流でも同じ。その連続は株のチャートと似ている。

波にのるためには、小さなスパンで『頭と尻尾』をくっていると、失敗した時の痛手というケアに疲弊してしまう。

なんか、この言葉ふと思い出したんです。

毎日にベストをつくすというのは、『頭と尻尾』をくれてやって、波を感じて、波を作り出すことなんだな・・。そんなことを感じながらメルマガ書いてみました。

たい焼きの、頭と尻尾を食べない経験をしておくと妙にこのことを思い出すもん
です。(笑)

 今日はこんなところです。

土曜日に氷室京介コンサートに行ってまいりました。

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 土曜日に氷室京介コンサートに行ってまいりました。

 1曲目から全員が総立ち。指で1を突き上げた回数は数百回。

 ありえんやろと思いながら、どうもこの歳で乗り切れないと思いながら、やっているとだんだん快感になってきて、「こうなりゃやけくそ!!」(笑)と突然何かを振り切って、久々にロックに酔いしれました。JAPANESEロックに細胞は立ち上がり、音楽は最高と思った夜でした。やけくそも大事です。(笑)

 思い起こせばBOOWYの氷室さんを見たのは、南こうせつさんのサマーピクニック。ググったら1986年の夏でした。場所は福岡県“恋の浦”

 誰が考えたのか夕方から始まって、夜通しのコンサートというスタイル。(笑)夕焼けから始まり、暗くなってきた時に千春さんが出てきて照明がついて、本当に超ディレイした「長い夜」を”ぶっぱなし”、深夜の一番眠い時にBOOWYが登場、会場が地鳴りを起こしたのを思い出します、そして朝焼けをバックにこうせつさんが登場『夏の少女』が心地よかったのが記憶の断片によぎります。

 ボクの添乗員の仕事は確保された席へのご案内と仕出し屋のおっちゃんに無理して頼んだ夕食の弁当と夜食のおにぎり(リクエストでたくわん付)、そしてお茶の配達。これはツアーの人が喜ぶ!喜ぶ!

 朝方、旅館の大部屋に戻りみんなで風呂にはいって、仮眠したい人だけ寝るというものでした。昭和やったね・・。全国から音楽好きが集まってきて楽しかった。一夜を音楽とともに過ごす友がそこを起点にたくさん出来ました。

 イベントでもこうした夜通しというのは、”伝説の夜”をつくるものです。こういうのがボクは昭和の味だと思うんですよ。今は!ちと、イベントがコンパクトに心地良すぎます。

 さて話は氷室京介さんに戻りますが、なんだろう歌う立ち姿がめちゃカッコイイ!多分鏡の前で相当練習しているなと、脳がその姿を読み込みました。ネタバレですが、3日間レコーディングをしてみんながヘトヘトになるまで、最期の最期までレコーディングをやるのが彼のスタイルらしいんです。そこにテイクが終わり、奥さんが3日間付き添っていて、ぽつんと一言「最初にとったのが一番いい」(笑)

 一見無駄とも思える3日間は、きわめて内省的でありますが。そのつきつめるところが、あふれるほどの無駄が多様性や個性を抱いて、あのBOOWYの伝説を産んだんでしょうね。氷室京介のボーカル無しでは語れません。

 2時間指に1を立てて観戦!通常ではこんなこと永遠とやることはできませんが、そこは音楽のすごい所・・・なんと心地よかったことか・・。

 無駄こそが大事!そんなことを感じた月曜の朝です。

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もうひとつ、ワールドカップ雑感
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 ワールドカップ ドイツ優勝おめでとうございます!

 このワールドカップで延長に入った時には必ず、珈琲の豆を挽きながら見ていました、そうするとなぜか珈琲が美味しく出来上がります。(笑)

 今日も延長後半から毎回の儀式でジリジリする展開に珈琲の豆を挽く。大衆のお一人様として、この何週間か楽しませていただきました。今日のコーヒーは別格のお味です。

 1960年にゴールデンプランで生涯スポーツを宣言した国ドイツ。スペインやイングランドのようにビックマネーが動かない。破格な年俸を支払う事が健全的な経営の理由から認められないシステムがある。逆にアマチュアでもある程度お給料をもらえるところがすばらしい。サッカーが人の幸せの中に生きるシステムを構築している。

 スポーツクラブが定着し、スポーツを愛する地熱がある中でユースから選手が育ってくる素地がある国であることがすばらしい、今大会もバイエルンミュンヘンの同じチームメートが半数以上位先発しているという力強さが、何重もの分厚い攻撃や守備に結びついていったんでしょうね。

 Jリーグ100年構想。日本代表も大事だけど、地元の人はふるさとのチームを応援している。愛媛FCも様々な取組をしているけど、どうか地元の選手が長年チームに根付くようになってほしいすね。(晩年になって戻ってくるのもありがたいけどね)

 愛媛FCがJFLの時のHONDA戦。おとなしい友達を連れて行った。めったに感情を表さない男が吉田幸生選手のGOALが決まった時に、右手を握りしめ、小さなガッツポーズをとった・・・。初観戦の彼はそれから何度もスタジアムにかよっていた。

 サッカーって面白い。

 今日はこんなところです。

 

ワールドカップファンファール監督の采配に、奇跡のバックホーム松山商業の澤田監督を思い出した。

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おはようございます、”生涯青春”クレスト渡部です。

先週はワールドカップウィーク。「毎日がスペシャル」

 

オランダのスピードスター”ロッペン”のストライカー魂に、興奮。朝飯を食べに行ったすき家で、思わず「まぜのっけごはん朝食(並・280円税別)」を興奮とともにかけこむ日曜の朝がありました。

 

オランダ VS コスタリカ (オランダPK戦で勝利)

世界幸福度指数1位のコスタリカ(日本は75位)は、強豪オランダに知力を絞った戦いでのぞみ、神ゴールキーパー ナマスの神セーブ連発で0-0から、延長へ誰もがこのままのPK戦なら、圧倒的に試合を支配したオランダよりコスタリカに勝利の女神が微笑むかもしれないと思っていただろう。

 

その予定調和を見事に崩したのがファンファール監督の采配。
オランダとしてはPK戦いに入ると不利と察したのか、いやPKも折込済みだったか選手交代の最後の1枚のカードをGK交代という、したためた策にでた。

 

勝負師というのは、最後の最後に局面を変えることができる人なんだと、ため息をつきながら、ボクはスタバのコーヒ豆をミルで砕きながらPK戦を眺めていた。こういう時はめちゃ美味しい、ビターテーストができる(笑)

 

そして、ふと1996年夏の甲子園決勝戦。松山商業の奇跡のバックホームを思い出

した。9回裏2死無走者から同点ソロ本塁打を叩きこまれ3-3。延長10回ウラ、

先頭打者が出てノーアウト2塁、松山商業の澤田監督はここまで好投の新田投手をラ

イトへライトの背番号1エース渡部と入れ替えた。

 

送りバンドで1死三塁。監督は満塁策をとる。ピッチャーがセットポジションに入ろうとしたその瞬間を狙っていたように監督はタイムをとり、もう一度仕切りなおさせた。ライト新田に変え、本来ライトレギュラーの矢野を送りこんだ。

 

監督は最後の最後のカードにタイミングという魔法までも添えた。

 

そして次の初球、初球、高めのストレート。熊本工業本多選手が放った打球はライトの定位置よりやや深めに舞い上がった。距離はたっぷり。タッチアップで3塁ランナーの生還を予測し・・「さよなら負け」を連想した。矢野外野手は2,3歩前に出ながら・・このボールをキャッチしキャッチャー石丸のミットをめがけて・・ダイレクトに投げ返した。大きな、そしてかなり山なりの弧を描きながら・・(万事休すと思われた・さよなら負けを覚悟した。)・・しかし、その魂のボールは寸分の狂いもなく石丸のミットにすいこまれた・・。「アウト!!!!!!」

 

※翌日の報知新聞が足がホームベースに届いてない状態でタッチプレーが行われていたのを1面に出していたのを鮮明に思い出す。

 

松山の人なら誰でも涙を流した伝説の光景だ。

 

百戦錬磨の澤田監督に鍛えられた松商ナインは同点ソロ本塁打を打たれた時も、お決まりの「3塁を踏んでない」とアピールプレーを行った。ピッチャー交代を行った新田のグラブをそのまま交代の渡部がはめた。毎日の松商の練習の終わりは、各ポジションへのノックで終わる、そしてその練習の終わりを告げるノックの最後はいつもライトの矢野選手のバックホームだった。(ここでうまく行かず、もう一度最初から繰り返されることが多かったそうだ。)そして、バックネット裏にはパイプ椅子に座る老練のOB達が見つめている。これが伝統校の姿なのだ

 

 

1996年夏の甲子園で優勝した日、ボクは営業でラジオを聴いていた。松山の午後の街は静まり、人の気配がなかった。

 

あの静けさを僕は忘れない。

 

「カキーン」

 

夏の訪れをつげる、球児の夏の予選がはじまる・・・。

 

勝負は下駄を履くまでわからない(下駄買わなきゃだめだ(笑))

 

今日はこんなところです。
生涯青春 渡部雅泰

メールより握手を!

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おはようございます。
月末いい天気であります。心に流れるのはワールドカップの真剣勝負。今日のオランダ戦の俊足超特急ロッペンには興奮しました。奥歯がガクガク。

 

さて、今日は電話とメールの話を。

 

スティーブ・ジョブズが『我々は電話を再発明する』と語り世に出したiphone。 iphoneでドコモのかけ放題プランが非常にありがたいです。固定電話、携帯各社に電話をかけても無料。スマホをブラジルのサッカーのように使いこなしたら、営業成績もアップする時代ですね。小生は耳にBluetoothの話せるレシーバーを配置。

電話しながら、両手フリーで仕事しています。これ便利すぎます。

 

こうした駅の伝言板、ポケベルからの進化はおぞましいくらいです。各社の一分の隙もない戦略と、むきだしの猛烈競争がコンクリート社会を加速しています。

 

最近会社にかかってくる電話はどうでしょう70%くらいが、売り込みのノイズです。仕事では「用事がある人は携帯へ」が定着。Person to personの携帯の交信はダイレクトパスを生むようになりました。名刺を頂いた時は、携帯番号をうかがっとかないと機会損失です。

 

しかし若者はこの電話で話すのが嫌いで、電話に出ないでメールで「電話しました?何か用事ですか?」などとメッセージが来る。後ろからスリッパで叩いてやろうか(失礼)くらいの気持ちになります。

 

メールが今やコミュニケーションの主流となりましたが、どうもままなりません 例えば、よくあるお仕事メール。

 

山田太郎様

いつもお世話になります。
・・
・・
・・
何卒よろしくおねがいします。

 

・・・などのお決まりのメールが来るのですが。

 

なんのクッション言葉も、季節感もない無味乾燥のメールが多いこと。

これはコミュニケーション不足病であります。

 

サッカーで言うと自分のポジションがわかってない、阿吽の呼吸のプレーがで

きそうなアトモスフィアがない選手とパス交換しているようなもの。

いつもお世話になりますなら、いつも何にお世話になっているのか?書けよと

叫びたくなります。(笑)考え過ぎか・・・。
面白いのはこの数字

コミュニケーションを取る際に「人が何の影響を強く受けるのか」

 

アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが提唱した「メラビアンの法則」

目から受け取る情報…55%

口調や声のトーン…38%

言葉や内容…7%

 

なんか少しわかります。(笑)
この案件は急いでるのか、何が重要なのか、思いみたいな着地点は?

言葉から受ける影響力が7%なら、その7%に大事なことは預けられません。
最近気持ち悪いと言われても、常に握手をするようにしているんですよ。

 

握手はなんかそのひとに「嘘つけない」というような約束のように思えます。

 

握手は力を込めて、相手の目を観て、ぎゅっと握りしめて

 

そして、メールにも人肌のあたたかさを、メールより握手を(^O^)/

 

今日はこんなところです。

 

 

ワールドカップには魔物が住んでいる。日本代表は何を見せてくれるのか?

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おはようございます。
ワールカップがBGMで流れながら、小刻みな日常が続きます。

日本はギリシャとスコアレスドローめちゃ悔しいゲーム、まさに崖っぷち。

煮え湯を飲まされているような試合であります。勘弁して下さい。(笑)

運命というのは、自分のスタイルを貫いてこそ手繰り寄せられる。この理論が結果として正しい時も正しくないときもあるでしょうが、それを貫いてこそすごみがでてくると信じたい。

 

ザック監督もチームも、何かにまとわりつかれたように自分を失いかけているのはなぜだろうか?鬱ともいえる状態の中で「ひとり」GK川島が、G前からゲキを飛ばす姿だけが救いにみえてしまう。

 

なぜ激を飛ばさないのか。社会でもスポーツの縦社会のようなようなものが希薄すぎる。学校も先生と子供が友達のようになっているのはボクは嫌いだ。言葉が重みを失い、効き目を失っている。言葉が地に足がついてない、根無し草のようなものになってきてしまっている。

 

日本の試合を見ながらソチの浅田真央さんを思い出す。

 

あー無念無想で、自分のスタイルを貫き通すには時間が堆積し雑念が入るのだろうか?抜き差しならない状態で「自分らしさ」を表現するキーワードはなんなんだ?

 

ワールドカップには魔物が住んでいる。運命を抗うかのように。

 

あと2日後か・・・

今日はこんなところです・。

 

 

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