ネタ帳ラボ!一期一会

お遍路逆打ち10回目(全16回)

ネタ帳ラボ!一期一会

おはようございます。クレストデジタルズ渡部です。

梅雨明けの夏はコントロールを失い、お天道様はブレーキがいかれたように暴走しているようだ。かち割り氷水でも浴びたい気分の中、お遍路逆打ち10回目(全16回)、バスは超満員でふくれあがっている。

全国からお遍路バスツアー巡礼者たちは、60年に一度の申年閏年お遍路の現世御利益を期待しいるのかだろうか、その大群は1月に88番札所を出発し、徳島県、香川県を廻り、今はちょうど私の住む松山あたりにいるようだ。こちらは愛媛から出発し、高知、徳島を廻って、最後は愛媛で結願となる変則のコースだだ。

今日のミッションは八番札所熊谷寺から一番札所霊山寺へ。八ヵ寺は密集して位置している。夏でも平場なら、なんとか脚足は最後までもちそうだ。(笑)

どうやら四国遍路をスタートする序盤戦の一番から八番までは、巡礼者がモチベーションがきれないように、平場で足慣らしが設定されていて、体力と健康のヘルスチェック区間である。徳島県(阿波)の23ヵ寺は、発心の道場ともいわれる。

このお遍路のバスは女性であふれている。本当に女性が元気だ。男は萎えている。数名の男性が一人で参加しているけれど、肉食系というよりは、こころ穏やかな人が多い。私は、一緒に廻っているそんな男達が大好きだ。

この世の中の男達は定年を向かえると、ぐったりしている。何か変化したいという欲望や革命を失っている。もう、出世することはない、競争もない、攻撃本能は悲しいほど減退している。喜怒哀楽を楽しめるのは、圧倒的に女性という性だ。

一方、職人気質の男達は、どうだろう。プロフェッショナルになるために自分の性をすててきた。たとえばフレンチのコックなど料理人は男が圧倒的に多い。男達は、喜怒哀楽を制御できるのだ。女は喜怒哀楽に影響されやすい、喜怒哀楽がモロに料理の味にでる、男は技術的なことにおいては、あきれるほど冷静だ。これらは、制度という社会で、男となるために競争社会を生きてきた男達の運命のようにもみえる。

元々、ちょんまげ時代は、女性が知性を持つことを男性が許さなかった。娘は親の決めたところに嫁に行かなくてならない、そして嫁げば、毎日が料理、選択、畑仕事、子育てに追わた。今は15分で米が炊けて、電子レンジ、ルンバ、コンビニ、育児所など、女性のライフスタイルがかわってしまった、枷から解かれると女性は性をとりもどした。男達は、なにをすればいいのかわかっていない。女性の取扱説明書を太宰治に書いてもらいたいくらいだ。男達は、名誉か、階級でも与えれば元気になるかも知れない。これから、男の末路はかなり厳しい。食糧危機もない、戦いもない、無駄に時間がある。プライドを得る場所がない。

なんかまとまりを失ってきた。(;゚ロ゚)

お遍路で女性ばかりのバスだからこそ、そんなことを考えてしまう。イイ機会かもしれない。男は、今戦い、誰にも味わえないようなプライドの思い出を持たなければ、生きていながら、死んでいるようなもんだ・・・
======
旅のエッセイ
======
ボクはクリームパンを見ると、香港の銅鑼湾(コーズウェイベイ)で現地のガイドさんが案内してくれた傑作な屋台を思い出してしまう。そこは路地裏の、パイプ椅子や朽ちたテーブルが乱雑に並ぶ、決して衛生的とはいえない店だった。アスファルトの広東語で書かれたメニューをガイドさんが訳してくれると、ホットコーラとか珈琲と紅茶のミックスなど、いかにもミスマッチングな言葉が跳んでくる、ボクはドッキリでも仕掛けられたんじゃないかと思えるほどのカルチャーショックを喰らった感じで、香港映画Mr.BOO!ミスター・ブーのワンシーンに入り込んだように思えてきて、店内の丸メガネのお客を見ていると、彼らがあの映画に出演している役者のようにも見えてくるほどだ。
やがて注文したホットコーラーが登場した。一口飲むと「うまい!」と叫んだ。はじめて飲んだ味だったが、イケてる。砂糖か蜂蜜かいれているのだろうか、それとも興奮状態の心がそうさせたのだろうか?
そして衝撃は次のクリームパンと同時に押し寄せた。店員さんが無造作にテーブルに置いた、皿の上のクリームパンはこの世ならざるものだった。パンの真ん中に日の丸のようなクリームの池が広がり、そこには焼いたバッタの姿見が横たわっていたのだ。「なんじゃこりゃ!」と叫ぶボクを見ながら、現地ガイドが腹をかかえて笑いこけていた。 食べてみると、カリカリ、コリコリ音がするものの、妙な気分が押し寄せて頭が先に食べている感じはするが、これまた美味だった。正直まいった。
旅というのは、ただならぬ出会いがあるというのは、いったモノにしかわからない話なのだ。それにしても、香港というのはこんなブラックユーモアーがまかり通るとは、軽いショック状態に陥りながらも、旅の楽しさの洗礼をうけた銅鑼湾は思い出の場所になった。その後、香港の銅鑼湾(コーズウェイベイ)には何度もおとずれ、ボクはこの世ならざる体験ばかりを繰り返していくのだった。

イチロー名言「すまん!俺のせいだ、なんとかしてくれ!」

ネタ帳ラボ!一期一会

ボクはいまイチロー選手を追いかけています。

イチロー選手は42歳。今シーズンはプロ解説者の誰もが3000本安打達成は難しいと予想していた。出番が少ない4月。イチロー選手にまさかのまさか!「代打の代打」25年目で初屈辱、その時の彼の唇を噛みしめていた映像が、脳天からはなれない。昨シーズンの打率が229だったのを考慮されたのか、代打の捨て駒に使われたのだ。しかし、その根絶やしできない屈辱に熱せられるように、無言で不死鳥のように、孤独の皮膚を纏いながらイチローは蘇った。すでに日米通算通算安打でピートローズの4256本を越えて、今度は米国での3000本安打まで、残り16本となり、7月中の達成も予想される。
思い出すのは2009年韓国を自らのセンター前ヒットで決め優勝したWBC。WBCではイチローは絶不調だった。12打席無安打。そのキューバ戦で12打席目は進塁のバンドを自ら選択してアウトになるという絶望的な状況。その時イチローはベンチにもどり声を荒げた。

 

「すまん!」「俺のせいだ、なんとかしてくれ!」

 

原監督は、その言葉にしびれたという。誰もが言えんのですよ、そんなことばを、みんなの前で、そういう大切な場面で。

人間の言葉を、限りなく削ると。「ありがとう」と「ごめんなさい」の2つになる。この2つの言葉で生きてゆける。

「ありがとう」はみんなよく使う、一方「ごめんなさい」は言えない人が多い。「ごめんなさい」に正直になれないのは、人間の弱さなのか?開ききって100%ごめんというのは、もともと言いにくい気もする。そうだ「ごめんなさい」は微妙に使いにくい。丁寧すぎるというか、馴れてないというか、日本語ならでは欠点ではないだろうか。英語ならI’m sorryで言いやすい。

そのかわり「すまん!」というのは男は使いやすい。(女性なら「すみません」だろうか)辞書で引くと「きまりがわるい」と書いてある。この言葉「すまん!」は、リーダーたちにとって魔法の言葉だ。「すまん!」のあとには、なにかすでに無意識に、かならず「俺が挽回する」の力づよさがひめられている。イチロー選手はもっと凄い。「すまん!」のあとに「俺のせいだ、なんとかしてくれ!」とみんなのこころに飛び込んだ。そこにいた、監督、選手、仲間達は体に電流が走り、内臓と内臓がこすれ、止めようのないアドレナリンが流れたのではないだろうか。

男女のけんかで、男は「100%、俺が悪かった」と言わなければ、そこから恋は、山の斜面を転がり、泥沼にむかうだろう。尚、ここまでは「すまん!」「俺のせいだ」と同じ意味といえる。(^O^)だが、もう一言必要なんだ、覚えておいてくれ「なんとかしてくれ!」だ。お前のすべてが大好きだから・・・「なんとかしてくれ!」と体ごと、魂ごととびこんで、100%ゆだねるしかない。(笑)

つくづく、日本語は難しいと思う。

だけど、つくづくなんと素晴らしいんだろう。

今日も「毎日がスペシャル」になりますように。

 

マーリンズ・イチロー【写真:Getty Images】

「浅知恵」お遍路逆打ち9回目(全16回)

ネタ帳ラボ!一期一会

初夏の早朝のどんよりした土曜の空は、午後への蒸し暑さの予兆をはらんでいた。この時期は1年で一番紫外線がきつい。そんな情報は、ボクの小さな一握りの人生経験のレーダーは無意識にキャッチできてしまい、そして、そんな小賢しい浅知恵の小さな悪意をボクは憎む。

金曜日の夕方、スタバにはあふれかえるほどの女子高校生がいた。それを横目でみて、表情がよめないブルドックの顔を造作し、耳の頂点をとがらせて、恋バナを盗み聴いていた。まぁ、かいつまんで言えば、「夏休み前に好きな彼に告白するか、しないか」という事なのだが、大好きな彼を遠目に探しているだけで幸せな毎日も、それが切なくて、苦しくて、告白するほどの勇気もないくせに、燃える夏の気配が彼女を後押ししているようで、彼が自転車置き場で長いメールを打っている姿に、彼女がいるのではないかと思ってしまうというのだ。この世の中には「言えなかった好きですという言葉」が、どれほどあふれているだろう。さもあれど、いつだって恋は素敵だ。

そして、大学の同窓会の理事会に出席。最後の議事連絡で理事を退任される方がいて、挨拶をされた。「身体がステージ末期のガンで、もう治療をしないことを決め、モルヒネだけの緩和ケアをしていくので退任したい」と、毅然と語られた。後任の方も推挙され、本人も了承済みだということだ。お顔だけは拝見したことがあるが、挨拶程度しかしたことがない方だった。

宴会になると、その方が隣の席になった。なんと声をかけて良いのか、とうてい酒をぐいぐい飲めるような気分にもなれないが・・・。「痛みは、いかがですか?」と問うと、「痛みはないし、発見されたときには自覚症状もなかった」とこたえられた、短いようで長くも感じられる病状をききながら、時が5分くらいは流れ、言葉が途絶え、その方はまわりの気配を感じられたのか、席をたたれ時をたたんだ。気がつくと、料理には箸をつけてなかった。最初の器の海老しんじょうがおいしかったので、せめてそれだけでも、食べてほしかったななどと思ってはみたが、せんもない。止まることのない料理の一人前を、余っているのでどうぞとすすめられ、なぜかボクはちいさな自己嫌悪に陥った。心の中で、俺なら宴会には出ないな・・などと考えていたからかも知れない。

そんなことがあって、その夜、超久しぶりに夜のひとりクラブ活動に出た。夜のひとり恋漫談は化石化している、歌にでもしないと、切なさが足りないようだ(笑)才能のない俺は、なんでも理由をほしがる。努力で才能なんて買えないと思っている、とてつもない無駄な時間と金の浪費だけが、才能を産むと勝手に信じている。そして、また理由をつける俺は、才能がない(笑)

翌朝土曜日、空がぐるぐる回る中、放埒な魂はまだ叫び声を上げていた。煩悩の修行のお遍路逆打ち9回目(全16回)。

般若心経のお経声が今までで一番、心の中にひびいている。毎日苛立っていた雑念が消えていくようだ。9回目ともなると、ゆっくりなら唱えられる。

お遍路の前日に浴びるほど酒を飲んだのは初めてだった、若いときだったらあたりまえだったことも、今は浅知恵で前日は早く寝て、体力を担保して望んでいた。まあ、へたれの根性なしだ。このお遍路旅でいつも感じることは、人生はご縁でできていると言うことだ。昨夜の引退された愛媛大学のOBの方は、お大師様の化身だったのかもしれない。何かを開かせてくれた。

人生の両端は、危険ゾーンでできている、物欲、金欲、性欲、食欲、ねたみ、うらみ、理不尽、傲慢などが暗闇をつくり、泥沼のように待っているようだ。そこに足を突っ込むこともたまには悪くない、そこには本当の俺がいる。生きているという、確かさがある。

お遍路で訪れた、9番札所法輪寺には88カ所の中で唯一の涅槃釈迦如来がある、公開されていないので心眼でみるしかない、頭北面西で、北枕でお顔を西向きに、右脇を下に寝ている涅槃の姿を表しているらしい。

北枕は縁起が悪いと言われるが、じつはお釈迦様が入滅したときにこの姿だったので、恐れ多いからですよと先達産が教えてくださった。といわれても・・・ボクはもう何十年も北枕で寝ている(;゚ロ゚)

そして、その夜、布団をすこし角度を北からずらし、意味のないことをやって眠った。浅知恵を憎むが、浅知恵を楽しむことは好きなようだ。

今日はこんなところです。

写真は四国八十八箇所を巡った伝説の人物とされる衛門三郎の終焉の地伝説が残る、杖杉庵。

最初に四国八十八箇所を巡った伝説の人物とされる衛門三郎の終焉の地伝説が残る場所に建つ寺院である。
伝説によれば、平安時代前期の天長年間(824年 – 833年)に、伊予国の人であった衛門三郎は四国巡錫中の弘法大師に行った無礼な行いを詫びるため弘法大師を追って旅に出たという。21回目に逆回りを行っている途中、四国八十八箇所12番札所焼山寺近くのこの地で力尽き病に倒れた。そこに弘法大師が現れ、衛門三郎は非礼を詫びた。大師が衛門三郎に来世の望みを訊くと、生まれ変われるなら河野家に生まれたいと望んで息を引き取った。そこで大師は「衛門三郎再来」と書いて左の手に握らせた。天長8年(831年)10月20日のこととされる。大師は衛門三郎をこの地に葬り、墓標として衛門三郎が遍路に使用した杉の杖を立てた。これがやがて根を張り杉の大木となったという。
この地に庵が設けられ、伝説にちなんで杖杉庵と名付けられた。なお、伝説の大杉は江戸時代中期の享保年間(1716年 – 1735年)に焼失したとされる。この頃に京都仁和寺より衛門三郎に「光明院四行八蓮大居士」の戒名が贈られた。

永遠のゼロ、「知覧」に行ってきました

ネタ帳ラボ!一期一会

先週末の木・金で薩摩に一泊二日で親孝行旅行へ。

夕方、早くに城山観光ホテルについて。露天風呂にはいり、平日休むという罪悪感をつまみに、桜島にみとれながらビールを飲む。ビールが格別にうまい。旅には、ただならぬ出会いがあるとボクは思っている。そのただならないものが、こんな罪悪感のなかにもあるようだ。

臼杵から、初夏の空気をフルショットで浴びて九州の開通した東高速道を通りを走れば、5時間半ほどで知覧特攻平和館についた。きわめて個人的な「人生で訪れたい観光地リスト10選」のなかにそれはあった。知覧の町に入ると、道路の沿道に灯籠が立ち並び、葉桜の緑に、鎮魂へと気持ちが変わる。「桜のころ来ればきれいだね」と、おふくろがいう。

明日自分の命が消える。愛する家族、恋人、仲間ともう二度と会うことはできない。命のともしびが消えるという極限の心境で書かれた遺書を前に、おふくろは若き隊員の骨をひろうようにメモ帳に記録していた。どの遺書も日本人としての魂の根っこが大地に何十メートルも伸びているような気がした。

「父ハ スガタコソ ミエザルモ イツデモ オマヘタチヲ 見テイル ヨク オカアサンノ イヒツケヲ マモッテ オカアサンニ シンパイヲ カケナイヨ ウニ シナサイ」

このころは初めて子供がならうのは、カタカナであったらしい。

母への気持ちを綴った遺書がほとんどで、父への個人的メッセージを残した遺書には出会わなかった。「母は、偉大なのだ、そして男は消耗品なのだ」それでいいと思う。長い距離の運転者として、旅行のプランお膳立て裏方として、男は消耗品係であり、照明係なのだ。これからも暗く哀しいことがおおい。(笑)

知覧茶の新茶でのどをうるおし。茶畑の中を池田湖、開聞岳とはしる、愛媛とくらべて大地が格段ひろく開放感につつまれる。「島津家の殿様にぼんくらはいない」らしい、開拓のスケールが違う・・さすが薩摩でござる。

二日目はかごしま近代文学館の向田邦子の世界ゾーンを訪れる。100%の女性であり、「思い出トランプ」や「あうん」などを読みながら女性からみた男性を描くとき、一段とペンが輝く。スキーのジャンプで到着予定の着地点から、最後にグンと3m伸びてくるんだ、ペンが。男は女には勝てない。※そこも「人生で訪れたい観光地リスト10選」のひとつだった。

そして、29代島津忠義の本邸、仙巌園へ。入場料1000円、殿様の御殿をみると1600円になる。迷わず、殿様の御殿コースを選ぶ。これは元添乗マンからいわせれば、旅の鉄則。この特別コースにこそ「旅のこの世ならざるモノがある」

たとえば、殿様の住むゾーンには何人も入れないのだ、そこにあるのはわずか15cmの段差なのだ、この場所を宝物を見つけ気分になる「やった」と一人旅の醍醐味をかみしめる。その段差を越えると、家臣の控えの間が必ずある。そして、そこでお抹茶とお菓子をいただきツアーは終了。見事な壁の色、寝所、天井の高さ、調度品、庭の菖蒲の花のたたずまい、なんともいえない。

松山に来ても天主閣にあがらないで帰る人たちがいる。ダメです。城は天守閣のところから、石積がかわり、石落としがあり、最後の反撃の仕組みが網羅されているのだ。

そうして臼杵から八幡浜へもどるフェリーで100円の毛布のぬくもりで爆睡し、松山までの高速が工事中で、下道をひた走り、親孝行旅行がおわった。

「ありがとう」のおふくろの笑顔が何よりの人生の戦利品だ。

 今日は、こんなところです。

「少年ジャンプ」の3本柱「友情、努力、勝利」

ネタ帳ラボ!一期一会

愛媛でおはようございますを、フランス語で言うと「ポンジュース」となる。(笑)これ20年くらい前に、愛媛で名産品をつくるためにはどうしたらいいかというアンケートに書いたアイデアで、面白いと思うんですけどね(笑)

週末、「荒木飛呂彦の漫画術」という本を手にとり、ひとり「なるほど、なるほど」と深夜に呟き、スタバの2杯目100円の冷めた濃い珈琲をチビチビすする。本を読むときは、珈琲が寄り添ってくれないと放埒な気持ちが落ち着かない。外は、いやな雨がしとしとと降っている。※荒木さんは『ジョジョの奇妙な冒険』の作者です。

単行本の小さな文字は、オレに中年を実感させ、若さのエナジーの砂時計のさまを目の前にたたきつきつける。オレは抗い、そして浅知恵を駆使し、KINDLEで文字をデカくして戦うが、高島屋の前のベンチでミニスカートで姿勢良く本を読んでいる女子高生には白旗をあげるしかない。それでもこの小利口な読書スタイルは完全にITマッチングをはたし、わからない漢字や語彙は選択すると教えてくれる芸当も手の内にいれた。全文を検索できるのもいいが。ただ、読み上げ機能だけは宇宙から声がきこえてくるようで、脳はアレルギー反応を引き起こす。(笑)

「荒木飛呂彦の漫画術」 では漫画の4大構造「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」 を解説してくれる。そのマニアックな解説が、オレのマニアックとシンクロしていく。この作者からはアイデアが枯渇するという匂いがしない。アンテナは7本くらいはたっているだろう、それでいて自然体を醸しだす。このひとは、たとえば映画を見ていても自分なりのアイデアが浮かび、それを抄録している香りがぷんぷんする、それをあたりまえの日常にとけこませている術があるようだ。直木賞作家のコラム で「本を読んでもメモをとらない」というところが頭に浮かんだ。「頭に残らないというモノは必要ない」天才なんだろう、オレは松陰先生が読書の半分はメモせよという掟が好きだ。しょせん凡人なのだ。

ネタバレになりすぎるとまずいので、キャラについてだけメルマガに書いてみたい。

「少年ジャンプ」の3本柱をご存じだろうか、「友情、努力、勝利」だそうだ。ここで注目したいのは「勝利」というキーワード。恋物語でも、ありえない美人をてにいれる快感は気持ちいい、女を倒し手に入れるということは「勝利」を意味し、現実ではおきないことも、脳は自分の出来事のようにシンクロしている。無意識におこるのだ、鏡の前で笑い顔をつくっていると、無意識に元気になるように。その脳内ホルモンはタンパク質でできているので、納豆を食べなければならない、そういえばオレは50歳をすぎて初めて食べた納豆を最近は食べてない、これはなりませぬだ。(;゚ロ゚)

漫画の主人公はともかく勝ち続けなければならないと筆者はいうのだ。一度でもマイナスに落とすと、読書は敏感に離れていく。脳はそのようにできているのだ。ストーリーでは「マイナスの誘惑」に嵌まってはいけない、勝ったり負けたりしてはダメなのだ。常にアゲポヨ。それは困難な作業だが、「マイナスの誘惑」を断ち切ることが王道への道なのだ。なお勝利を描くなら、漫画の世界ではトーナメント戦形式は鉄板に近い、ドカベンやスラムダンク、弱虫ペダル、ちはやぶる、バグマンがいい例だ。

主人公のキャラはとことん「孤独」が似合う。読者は 「正義」を好む。卑怯者は問題外。戦うときは一人で戦い、クリント・イーストウッド のように自分だけが戦う、それこそがヒーロー像。困難をねじ伏せ、ライバルや悪という壁を打ち破り、爽快感を読者に渡す。そして、ヒーローにはウルトラマンのカラータイマーのように弱点が必要。ここに困難とエピソードをまぜあわせて彩りをつけ塩こしょうして、「起承転結」の定番で描いていくのだ。

「キャラクター というのは人の心をつかんで離さない存在であれ」

ただし、キャラというのは一人ではキャラ立ちできないことを忘れてはならない。皆気をつけろ、自分のことを自分が語っても、自慢か?と読者は思うのだ、それは現実でも同じだ。ライバルや仲間や他人に自分のことをしゃべってもらえば、自然とキャラは立つていく。課題はただひとつ、読者が感情移入し、共に興奮し、ドキドキで胸が熱くなるか、ならないかである。

 オレも思い出す。エロに多感な少年時代に誰でもとおるあの青春の一本道を、キスの練習をするために左手で唇をつくり、想像の翼を広げたことを、GOROでのイメージトレーニングを、そしてついにたどりついた彼女の白いシャツの胸ボタンを、何度も練習したワンハンドで外すテクニックを、右手の震えを押え心臓がバクバクしたあの日のことを。脳はオレたちの一歩先を無意識に感じて濡れていることを忘れないでほしい。

うーん、ここまで手の内を教えてくれる本はめったにない。主人公のプロファイリングシート、アイデアノートの書き方まで満載なのだ。

日曜日、山下達郎「サンデー・ソングブック」を2週間ぶりにradikoで聴く。

達郎さんがオバマ大統領の広島訪問について・・。

謝罪ではなく追悼という形、それに対して、こちらも謝罪を求めない。 つまりは、お互いに歩み寄るという形で・・・。非常に品格ある貴重な時代の節目だと、私は個人的に思いまして。最近、この殺伐としたですね世界情勢の中でですね、いっぷくの暖かいものですが・・ ま、いろいろな方面からですね、けなす人もいますし、ま、政治的だとかですね、そういうことも、ありますけれども。

オバマさんの個人的なその思いというのを、非常によく伝わってきたですね・・ことで。なかなかできることでは無いので、素晴らしいことだなと、私は思いましたので。 一言申し上げさせて頂きました。

殺伐とした時代に、お互いに歩み寄る・・とポツンと言葉を空に投げはなち
ボクは借りてきたデスノートの漫画12巻をめくる日曜でありました。

 今日は、こんなところです。

< 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 >