ネタ帳ラボ!一期一会

『4月3日(月)親父の一周忌 』

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桜色シーズンはずなに、まだ春便りがやってこないんだ。どうしたんだい、郵便屋さん(笑)

千年時が悠々とながれても、花は季節をほとんど間違えることはない。人は1週間くらいが、待てぬモノは待てぬと文句を言っている。桜も咲いてないに街中でお花見会を開催している。もうすこし自然とたわむれればいいもを、せっかちな人間は常にナルシストで自分本位ようだ。自然だって機嫌が悪いときがあるだよ・・・。

ちょうど1年前今日は桜が満開だった。そして、満開なか4月3日に百花繚乱人生を歩んだ親父が永眠した。

親父座右銘、生涯青春!今日という日は僕に、抜き差しならないことを問いかけてくるに違いない。青春井戸水は枯渇してないか?青春が薄められていないか?放つパンチが緩慢になってないか?・・なぞと・・・。

足下に転がる茫漠な時間を、男は消耗品ように生きていく、そして失っていくモノに絶望をかんじながらも、何かを勝ち取っていかないと青春灯火は消えていく。思考停止、人生最大敵は退屈。そんな戯言をこメールを書きながら僕は紡いでいる。

親父命日、早朝ふやけた脳みそに、何か信号ようなモノがきれぎれに届いてきている気がする。あまた浮かぶ親父と思い出、22歳時に買ってもらったゼロハリバートンアタッシュは、もはや僕付属品であり、自分自身ようだ。

さあ、今日という一日はどんな一日になるんだろう。
花をみつけて、空をみあげて、くんくんと犬ように鼻をならし、風に吹かれるだろうか。

さて、桜シーズン、日本で一番感動した場所は高遠城。きっぱり!桜花は赤みがかっていて、大地から諏訪歴史血を吸ったような色なんですよね。「天下第一桜」といわれるだけあって、スケールは圧巻。

今週も頑張りましょう。

『もう一度泊まってみたいホテル!シーザス・パレスホテル 』

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旅行映画シリーズ『もう一度泊まってみたいホテル!シーザス・パレスホテル 』

映画「レインマン」をご覧になった人はいるでしょうか?1988年作品。銀座マリ

オンで僕は観た。

作品でアカデミー主演男優賞をとったがダスティンホフマン。精神を病んだ彼は、社交性はなく、自閉症で一人では日常生活は送れない。心は純粋、驚異的な記憶力を持ち、ラスベガスカジノではそ驚異的な記憶力を発揮する。

名前がいいじゃない「レインマン」雨男!夜雨中を街に飲みに行って、雨が上がると、心BGMにRCサクセション「雨あがり夜空」が流れ、なぜかダスティンホフマンを思い出すように生きてきた。

ラスベガスシーザス・パレスホテルカジノはきらびやかだった、何か映画で4回黒が出たら、赤に賭けろという流儀をいつも実行する。これが結構成功するが不思議だ。

ニューヨークに初めて行ったときに、ガイドが中国人70歳くらいガイドさんで、レインマン話しをしたら「コーヒーを飲みに行こうや」と誘ってくれ、小さなコーヒーショップまで僕達はイエローキャブを走らせた。

確かソーホーかリトルイタリーあたりで降りた。小さな小さなコーヒーショップだった。「ここがダスティンホフマンが売れない頃アルバイトしてたんだ」、といきなり語る謎中国人ガイドKOHさん。彼は移民でこNYCにきたという、映画が好きで色々なNYC話しをしてくれた。映画というは、海外旅行をしていると、ひとつ共通言語ように思えてくる。映画談義がそコーヒーショップで白熱し、流れる時間はこころを濡らしてくれた。

映画というは、創作だろ?なんていう・・やからがたまにいるけど、僕には男生き方教科書みたいなもんだと思う。女性がハイヒールを履いたら牛丼屋には行こうとは思わないだろう(笑)、ハイヒールは気分までも爪立ちさせてちょっと小粋な場所に女心を導く。男だって映画が好きなだけで、日観た映画が僕達を見知らぬ場所に僕らを連れて行ってくれるじゃないか。中学生時に見たナイル殺人事件を観て、アガサクリスティがそれを書いたオールドカタラクトホテルまで僕は行ってみた。ナイル流れる音が聞こえるミステリアスが満ちていた・・・

映画を観ていなければ、決してそこに行くことはなかった、それだけは間違いない。

レインマン、主人公レイモンドは 想定以外ことはなかなか受け容れられない。時間どおり、予定にそって行動しなければ、自分が自分でなくなる。抱きしめられるも嫌う、冗談は通じない。

映画は世界たくさんレインマンに捧げる素晴らしい映画だと思う。なぜって?悪役が出てこないいんですよ、こ映画はね・・・。

今こそ!「三行革命」

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ネット時代、テキストはもう自分自身である。

世の中を変えたのは「産業革命」。そして今!ネットの世界で今こそ「三行革命」をおこさなければならない。原稿用紙20文字×3行=60文字を自分にノルマをか

すのだ。(^o^)

テキストでよく使う「了解」という言葉、ジャックバウワーはCOPY!とかCOPY THAT!を使うけど、御意、合点、ラジャー、仰せのままに、意のままに、good idea、さすがでございます・・・など、いろいろあるではないか。

言葉はもう、あなた自身なのだから、特に社内のLINEなどが、如何にも味気ないのは、リーダーの使うあなたの言葉が七色でないとか、つたない事が多すぎる。

「よろしくお願いします」だったら、何卒何卒よろしく・・、と2回繰り返してみるとか。ニュースを利用して、その件はひとつ水面下でお願いしますとか、臨機応変に取り上げて楽しむことが大事ですよね。

そこで「何を書いたらいいの」とよくきかれるのだけど。インプットが足りてないから、アウトプットがないというではないだろうか。そういう人は砥部動物園にいって動物を観察するか、ビレバンでPOPを読むか、100円ショップに行きましょう。

僕の親父は放送局でカメラから始まり、最後は照明をメインにやっていた。ちなみに実家には照明装置と、ストロボと、マイクなどの舞台セットが完備していた。

結局は誰もが照明係として何にヒカリをあてて、何を切り取るかこだわり、ライター気分でノリノリで書くかではないだろうか。毎日食べているモノの食レポでも、どこかを見事に切り取れるとイイ気持ちになる。

先日ホットペッパーの広告費を数百万円かけていた社長は、今年から広告費を半分にした。そんなに売り上げは変わらないという。ただ、次の広告の一手がないというのが残念すぎる。

そうなると、小生のようなメルマガまもなく20年間書き続けてきたのが、やっと役に立つ時代がやってきた。おかげさまで、ソーシャルマーケティングを企業の力として使うことにトライする人が増えてきた。いかにソーシャルに対応し攻めるか、そしていつのまにか検索1位になるかの闘いが始まっている。

ネタは結構TWITTERにある

(日本語訳)ドナルド トランプのTwitterを読んでいるだけでも面白い!英語の勉強になりますよ。

https://twitter.com/donaldtrumpjpn

小池百合子さんも今は要チェック!
https://twitter.com/ecoyuri

#石原慎太郎さんについてのつぶやき
https://goo.gl/bN7HRv

さて週初め月曜日ですね、WBCは明日朝8時からです。

他人のことを忖度するというのは難しい、嫁の心でもわかりにくい

それに忖度は間違えば、えこひいきにもなる。

今日も忖度の連続だ・

今日は、こんなところです。

人間にベストな決断なんてありゃしないと思う

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豊洲問題で、小池都知事結論を先送り。これから「いい思い」をした者を捉えて何をするのか?20年にも渡り完成したモノを、選挙公約にもないのに、投じたコストを無視して凍結している。もっと大きなガバナンスで動かせないものか。1日維持費が数百万といわれている物件なのに、夏の選挙の具にするつもりなのか?

いよいよこれからの場面で、正義の旗をあげて再び責任の在処をなすりつける行為で、日本は停滞する。そもそも10年も前のことをほじって今さら何が見つかるのだ。政治は先見性、将来の可能性を見越して、政治の力で梃子入れするべきで、表の通り一遍ではすまぬ事ばかりだ。

既定路線(青島→石原さんの引継ぎ)なんだろうから、今さら10年も前のことをほじってどうする。豊洲移転が既定路線ではなかったという一部の小者の証言だけを切り取って報道するマスコミもいかがなモノか?

調略、はったり、思いがけぬ油断で局面は一瞬に変わる、小池さんも、大丈夫なんだろうか。 陰湿な攻めにでるひとは、失策がおきたときは執拗に攻撃されるにちがいない。

人間にベストな決断なんてありゃしないと思う。大決断の時は、多くの理不尽と矛盾を飲み込んで、内臓が消化不良になるに違いない。どう誹られようと、選んでくれた人の負託にいかに応えられるかを考え、あるときは啖呵を切って、吐いた言葉はもう飲み込めない。

石原さんは、男気があり、気骨である。リスクをとった決断だろう。妥協とネゴの下敷きの上の最大公約数の法則、それで豊洲移転は決まったのだろう。

小池さんは、なにか事を為したのだろうか?茶番劇のようにしかボクには思えないのだ。

さて、土曜日の午前中に息子が東京での新しい大学柔道生活に旅立ちました。

なにか気のきいたことでも、最後に息子に言おうと思ったのではありますが、ジャージといういでたちに、ちゃんとズボンを履け!とガチンと一言。くしゅんとなって、彼は何を感じていたのかは、想像の外ではありますが・・・映画のワンシーンのような場面に、ドラマチックは僕にはにあわないよいうであります。(笑)あとでACミラン本田の移動姿の背広姿の写真をLINEで送ろうと画策しています。(笑)

たぶん、一抹の淋しさを噛みしめていたのは妻のほうでしょう、息子に自分が習っていたそろばんを習わせ、幼稚園から棟田武道館で柔道を母親として日々見守りながら、時には先生から「たまには見学休んでみたら、息子さんも息抜きできるよ」、という言葉にも耳を貸さず、自分で自転車を走らせ息子がそのあとを走るという毎日の日課は、近所でも話題になるほどで、柔道好きの人がガリ版で出す、柔道情報を定期購読し、本屋で月間柔道を年間契約し、毎試合のビデオ撮影は天井まで達するほどで、試合の結果のデーターや新聞のスクラップは山となって、思い出は何度上書き保存されてきたのだろうか。小学校のころ息子と風呂にいったときに「お父さん、母さんは風呂に入っている間も柔道の話しかせんのよ」、と言ってたのを今思い出す。

そんな母親が、昨日の夕方でかいダンボールに残った荷物をつめていた。郵便局に出す手はずを整えていた。取りに来てもらわないのか?と聞くと、「テレビでやっているでしょう、自分でもっていくと100円安くなるの、あなたにはわからないよね、100円安くなることが」と。その空に解き放たれた言葉こそが彼女自身のプライドなのだろう・・。妻には一生勝てません。

人間は恋と革命のために生れて来たのだ

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「男はつらいよ」を48作まで結願しました。

太宰治が斜陽の中で「私は確信したい。人間は恋と革命のために生れて来たのだ」と虚空に言葉を放った。革命とはなんだ?政権が変わることだろうか、例えば自分がビジネスで成功して、地域を社会を笑顔に変えていくことだろうか?高度成長時代にがむしゃらだった大人達が、自然のシステムを壊してまで、ギラギラして勝負して、結句残してしまった若者へのツケに責任を持って生きていく事だろうか?勿論それはエキサイティングで正しいと思う。ただ、なにかしら自分の達の都合が優先されているせいか、世の中に弾みがないのはなぜなのだろうか?

そろそろ花粉症の季節がやってくる、森林の輪廻まで根こそぎ伐採しはげ山にしてスギを山一面に植えて、山の自然を破壊し俺達は花粉症に悩まされている。政治家は高度成長時代を心血を注ぎ、競争に勝ってきた長老が居座り、若い者へのバトンの引継ぎ方を見失っている。音楽業界でも、大御所健在でまだまだ若い奴らには負けないと気を放ち、若者の満ちたりない気持ちまで歌にして、上手すぎる。(^^;)この世の中には、自分勝手で家族的な愛が満ちたりてない気がする。

革命とはなんだ?革命という言葉が頑丈すぎて、高い壁となり息苦しい世の中で、若者は90%くらいはアクセルを踏まないで安全に生きている。マスコミのニュースは事件の一部だけを切り取り面白おかしく報道し、若者はスマホでそれを信じている宗教に近い。湾岸戦争なんて最後の評決の時に、クエートの赤ちゃんがイラン人によって保育器から投げ出されているのをみたという少女がニュースに出て、その少女の発言をブッシュ大統領が引用し80%が反対だった戦争の判決は最後に覆った。僅差で湾岸戦争がはじまった。後に、その少女は在米クウェート大使館の娘で、 クウェートにも行ったことがないし、すべてが嘘だったとわかった。世の中の真実の在処を、簡単に報道からは判断できない時代の到来を感じた。

「男はつらいよ」をみながら、寅さんが毎回美人にすぐに恋をしながら、恋をする人間はなぜこんなに無様なんだろうと考えた。誰にだってそんな恋の記憶があるだろう。甥っ子の満男が「叔父さんを笑うことは、自分自身を笑うことなんだから」とつぶやくシーンをみながら、「無様さを晒すことは、青春で、年をとっても忘れてはならない」、と思った。千々に乱れる人生で、のっぴきならないことばかりがおこる。無様な孤独の旅人は「困った時はお互いですからね」を真剣に生きている。時にもうどうにでもなれと捨て鉢のようになるのをみながら、僕は48作に自分を重ねていた。思うんですよね、結婚していても恋をする。不倫をしろというのじゃなくてね。司馬遼太郎先生の作品には、男と女の描写が少ないけど、主人公に恋しているんですよね・・・女より、男より興奮できるモノを見つけること・・うーん大事やね。

映画のラストシーンで、寅さんがとやらにおくっているハガキは哀愁が漂い、人となりが立ち上がる。江戸時代の読み書き教育というのは、日本をことばの文化に生涯染めにしたのかも知れない。直筆、手書きというぬくもり、なつかしい顔が浮かんでくる。正月の年賀状ひとつが人と人を結んでいる、哀愁はそこに横たわっている。日本人は律儀な人が好きで、そこが愛らしい。

革命は手紙やハガキからおきるのでは、と仮説を立ててみる。あの織田信長でさえ、こまめに手紙をかいていたという。誰かとつながるのに、LINEやメールで足りない、直接あうのも頻度は神の領域かも知れない。文字でつながるというのは、奇妙でもありながら、律儀さは紙からプンと立ち上がる。手紙には生きていく脈音があって、吐息まで聞こえそうだ。

実家に世界中を旅していたときに、僕がエジプトやヨーロッパ、NYCから送ったはががコルク板にはってある。おふくろがピンで楽しくはっていたのだろう。それが家族というのだろうね。

21歳の僕が沖縄を28日間旅したときのハガキ「私は今、竹富島にいます、ともかく暑くて長い旅です。学生の時にできるLastの旅ということでEnjoyしています。こちらの方は1ヶ月も雨がふってないということで断水になっています。体調も万全で健康です。ただ刺身が毎日でるので、これには頭をかかえています。みんな元気で8月12日7:30に松山に帰ります。海がでっかい!心がからっぽになってしまいそうだ。S58年7月29日PM2:35 By Masayasu」

48作を観て、寅さんと酒でも交わすことが、こんな会話だろうか

私より馬鹿がおりますか。

だがちょいとだけ、いい男ぶらせてくれよ

ハガキ1枚送ると、人生の彩りはどうなるんでござんしょうね

人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ

お前、まだ若いじゃないか、燃えるような恋をしろ、大声出してのたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような、恋をするんだよ。

いいかい恋なんてそんな生易しいもんじゃないんだぞ若いときっていうのはな、胸の中に炎が燃えている、そこへ恋という一文字を放り込むんだ、パァーッと燃え上がるぞ!

どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。青年、行け!

そして青年、女に振られた時は、じっと耐えて、一言も口を利かず、黙って背中を見せて去るのが、男というものじゃないか

寂しさなんてのはなぁ、歩いているうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ

もし何かあったら柴又のとらやに訪ねてきな、悪いようにはしないから

 今日は、こんなところです。

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