ネタ帳ラボ!一期一会
ネタ帳ラボ!一期一会
ここ数年、ブックオフの100円コーナーで買った本が本棚に散乱している。タイトルだけ見て買った本から始まり、好きな作家の本もある。ただ無駄に、ただ有り余っている。
不思議なのは委細を放つ不謹慎な本がないことで、まるで絶滅危惧種のようにお目にかかることはない。
高校生の頃の僕のなまめかし男心を成立させていたアイドルのポスター達。壁に画鋲で止めていたPLAY BOYのアメリカのイカス女の切り抜き達。
不埒な心の破片は、壁一面にはられたセクシーで艶めかしい女性の切り抜きとに等質に投影されたいた気がする。
そんな画鋲の金色の輝きは、ひときわ異彩を放ち、煩悩は壁一面に自由を手にして、勝ち誇ったように散りばめられていた。ベットに寝っ転がると天井に張られた、500円で買えた卒業のポスターが十七歳の僕を挑発してきた。
不謹慎なヌード写真などは、ビートルズの切り抜きをひょいとカレンダーのようにめくり上げると見えるようにしてた。母親はそんなぼんくらな息子の、深夜の創意工夫作業をどこか笑い飛ばしながら、部屋の掃除をしてくれていただろう。いや、頻繁に変わる写真の模様替えを楽しみにしていたかもしれない、たまにこっそりめくっていただろう、そんな気がする。(笑)今はiphone買えばエロ本など買う必要がない、世界は歪んでいる。
多感な青春の若者の奥底をくすぐるモノは、大人達に与えられた学生服を着ていた青春一本道の僕には、必要だった。どこか押しつけられた力を、押し返すような、生きる力のようなものだった。欲望のちいさな発露みたいなものが、ノーマルを打ち破る小さなトライが、自然に湧き出てきた。そのささやかな抵抗こそが、割り切れない気持ちを支えていた。
僕の通っていた高校は新設校で、頭髪検査があって男子は髪の毛が耳にかかってもダメ、前髪が眉毛にかかってもダメ。そんな規制に立ち向かう力は、むしろ乙女達が先陣をきっていた。薄ら化粧をしてきたり、スカートの長い丈を詰めてくる女子高生の女の戦いは、どこかしら僕を奮い立たせていたように思う。
大人達が僕達をつまらせば、つまるほど、抵抗と反発が頻繁に繰り返された。世の中がつまらないというのは、自分をつめてくれる大人がいなくなったせいだろう。コンビニで108円出してお菓子を買えば、幸せを買える
時代になって、ネットなどのなかにもそういうモノはあって。結局、薬局、郵便局。いや東京特許許可局。残りの人生いかに自分をつまらせるかが大事なのかもしれない。
高校の時に、松山の銀映という映画館は500円で映画三本立てだった。そして映画のポスター収集が大好きだった。部屋の天井は映画のポスターで埋め尽くされていた。
僕は「卒業」を友達と何度も見た。
Simon & Garfunkelの音楽に美しいハーモニー
サウンド・オブ・サイレンス
ミセス・ロビンソン
スカボロ・フェア
ミセス・ロビンソン
が入った卒業サウンドトラック盤。
すばらしい、ジャケット
ドアの前に立つダスティ・ホフマン。
その視線の先にある、語りかけるような生足
うーん、いまでもうなります。
今日はこんなところです。
2018年7月30日
ネタ帳ラボ!一期一会
東北大震災から、夏はクーラーをつけないで扇風機で寝ていた。
本当ですよ。
この悪魔との誓いのような呪縛の中に、どこかしら僕としては小さな小さなプライドがあった。
しかし、連夜の首をねっとり締め付けられる熱帯夜に、ついには押しつぶされ、なりませぬと思いながら、ついにその禁を破ってしまった。あーあ、我慢ダムがひとたび決壊すると、毎夜タイマ-をかけて冷房の心地よさに、まるでセックスの快楽を知ってしまった青春の日々のように、だらだらと、ただただ快楽に流されてしまう、そんなていたらくな夜な夜な。
「無理をしないでクーラーをつけて睡りましょう」という、テレビの夏の甘美な呼びかけのせいだ。と、うそぶきながら(笑)それでも肩の力を抜いて行こうなどと、自分に号令をかけている。
こうなると、自分の人生の輪郭までもぼやけてしまう、悪い癖がまとわりついてくる。
人生は甘い誘惑の連続だ。コンビニに行けば、白くまアイスがあると、見ただけで試食した気分が立ちあがり、かき氷のなかに潜む、人生を粉々にする、練乳のとろけ具合が頭の中をかけめぐる。あかん、あかん、といいながら、ちょっとカップをさわると、イチゴがパイナップルがフルーティなトルネードな涼風をおくってきて、それがハートにつきささり、ネジのようにひとまわり、ひとまわり深度をましてゆく。(笑)
そして、「半分、青い。」のメロディが流れる
おはよう 世の中
夢を連れて 繰り返した湯気には 生活のメロディ
鳥の歌声も線路 風の話し声も
全てはモノラルのメロディ
涙こぼれる音は咲いた花がはじく雨音
悲しみに青空を
つづく日々の道の先を塞ぐ(ふさぐ)影にアイデアを
雨の音で歌を歌おう
全て越えて響け
つづく日々を奏でる人へ
全て越えて届け
「つづく日々の道の先を塞ぐ(ふさぐ)影にアイデアを」
そこがたまらない。
あまりにも暑い夏、ジョンソン・エンド・ジョンソンのベビーパウダーを念入りに、わきと首筋に、パタパタと塗りつけて、そとに出ると5分でねっとりしてくることは折り込み済みであったとしても、効果があるとか、ないとかわかるわけないが、それは日本で僕だけかもしれないけど、この歌がなにかやってみろと、背中を押すのだ。
レガシー。先人が残したシステムや仕組み。
汗っかきの、赤ちゃんには、ベビーパウダー。そこに着想を見いだし、だれにも見せられないこの所作を、丹念に積み重ね、そう毎日欠かさずやりながら、一人笑いをしながら、夏日の朝を過ごすのでした。
僕はその作業を「レガシーパタパタ」と呼んでいる。
誰だ笑っているのは、は・は・はそれでいいのだ。
今日誰かが、白クマアイスの前で立ち止まりますように(笑)
今日はこんなところです。
2018年7月23日
ネタ帳ラボ!一期一会
愛媛の豪雨災害は甚大で、「がんばろう」という月並みな言葉がかけられないほどで、痛々しすぎる。
七夕という、いにしえから夏への扉を開く日に、なぜにこうなってしまうんだろう。
みかん農家の友達は、土砂が流れてもう「みかん山はだめだ」と嘆く。自宅も1mほど冠水した。「命があったのだから、まずは身辺から立ち上げてがんばるよ」と彼は短く電話を切った。
自然災害という、気持ちの行き場のない現実。それでも、彼ならきっと立ち上がると信じている。
そういえば親父は、いつも枕元に非常袋をおいて寝ていた。
手書きでかいた連絡先の数々、避難先の地図、着替え、何種類ものくすり、包帯、はさみ、乾パン、水、懐中電灯、ラジオなどなど。
自分の命札もあって、連絡先に僕の名前がかいてあった。用心深いおとこだなと、どこかで笑っている自分が、すくなからずあった。
今思えば、そうしていないと、眠れなかったのではないのだろうかとも思えるほどだ。
そう、家を建てるときには、前の道路より50cmは盛り土をしたそうだ。床上浸水にならないための事前の策だとよく言ってた。新聞のスクラップは今も、机の棚に数十冊ある。僕は、たまに読みながら親父に会いに行く。
小学校3年父親参観日には、石手の土手のゴミ焼却所からたちのぼる煙突の煙を眺めて鼻糞をほじっていると、まえから3番目の席まできて、拳骨で思い切り殴られた。
クラスが静まりかえり、僕はどうとりつくっていいのかわからず、しばらくうなだれていた。骨までしゃぶられそうな、夏の幼い思い出だ。
なにごとも、きちんとしていなければだめなひとだった。
家のまどは、雨戸がついていて、台風前にはそれをしめていた姿が思い浮かぶ。ろうそくや、懐中電灯などはもちろん所定の場所に置かれていた。停電になると、コンセントに入れたままの非常灯がついた。
そんなことを考えると身の回りのことをきちんとしていることの、大切さを考えさせられるものだ。
奇妙なことに、実家の親父の机の上、台所、トイレ、車に、なぜか温度計と湿度計が取り付けてある、そのわけを聞いておけばよかったと、今更ながら何の為に存在しているのか不思議に思うことがある。
天気に敏感に生きていたのかも知れない、なにかその数字から読み取っていたのだろうか。(笑)
おふくろにたずねたけど、おふくろもそれがわからないという。(笑)
はさみを「お父さんは20本ぐらいおいてたのよ」と、また不思議な事実を告げる。(笑)
「そういえば、台風の時に家に被害があって、会社から5万円出たのよ」
と不意におふくろがいう。
昭和40年のころだから、かなりの額だ・・・
そうだな、そうだな、そういう会社にならないとな。。。
ともかく、いろんな事が思いだされ、考えさせられる朝だ。
愛媛が実家だと知っている全国の友から、大丈夫かとメッセージがここ数日とどいている。
そういう思いが、すごくうれしい。
今日はこんなところです。
2018年7月9日
ネタ帳ラボ!一期一会
サッカー日本代表が予選を勝ち上がる。
最後の10分を自陣でボールを廻しそのまま試合終了になった。
それを、ワイドショーが好き勝手論じている。
帰りの橋を焼き払うような戦いに、必用なのは前に進むしかないくせに、滑稽なほど話が長くつまんない。
白か黒か、ゼロかイチか、必用か必用でないか・・・。その狭間のグラディエーションを確かめるために言葉は存在する。
もっと切実でどうしようもないものを、そう、どうしようもない現実を。
そんな夜に黙って飲むバーボンの味を、酒に頼るしかないどうしようもない人間の性を。
やむにやまれぬ夜に、この世で手に入れたいものを得るために、西野監督が悪魔に差しだした供物はいったいなんなのか、そんなことに僕は考えをめぐらしていた。
渡すカードが、キラーカードでなければ、等価交換できないだろう。
なんの衒いもなく。平静の仮面をかぶり一瞬の決断で、それをできるのがプロだ。西野監督は悪魔と友達になったのか、ベルギー戦でじっくりみてみたい。
さあ、今夜日本戦。
負ければ敗退。これからが本当のワールドカップだ。
コントロールを失った夏の陽射しが、骨までしゃぶりついてくる。
ドカベンが最終回をむかえた。
コンビニを何件も回った、どこにもない。(笑)
その話は、また。
2018年7月2日
ネタ帳ラボ!一期一会
ノートパソコンのキーボードのキーが剥がれてしまし、虫くい歯のような感じになってしまった。
たった1個のパーツ、いつも触るDのキーボード。いらいらが募る。こんな時に平気の平佐で、仕事はできない。修理に送って1週間かかる。しかもキーボードのユニットごと交換・・。僕は、どうも溜息橋を渡ることが増えてきている。この屁たれが、しっかりしろ。
となりで、「唐川のびわが美味しいけん、たべとおみ」と母がしれっとした顔をふりまいてから、びわをむきなきながら差し出す。「こないだ食うたけん」と言葉を渡しながら、パクつく、熟成具合がすばらしく、いきなりの少女の平手打ちをくらったような衝撃。「渡部さん、ファイト」とキラキラした少女の笑顔に会った気分になる。流石、名産品は違う。
続いて、はいどうぞと夏みかん、愛媛でいえば「だいだい」、をむいてくれた。だいだいに、ヨークルトがかかっていて、ほんのりと蜂蜜がまぶしてあり、これもしこたまうまいでござる。やはり果物は日本は世界一だと、実感させられる。
さて、6月となり、9日に誕生日を迎える。
生まれたのは松山の日赤だ。親父が南海放送で技術者だったため、万一の事故にそなえて、会社の近くの平和通りに住んでいたそうだ。玉ねぎの一番外の、薄皮のような記憶しかない。それでも、家の前に銭湯があったのと、よく病院に連れていかれた記憶だけは、残っている。
風邪をひくと、病院でお腹を辛子のついた腹帯でまかれた。僕は大好きだったお菓子の虎巻きのような恰好となり、ヒリヒリするその痛みを、えらいね、えらいねといわれ我慢したのを覚えている。ただ次がなりませぬ、なりませぬだ。おしりに、昔の水鉄砲のような筒の馬鹿でかい注射を打たれる番だ。それを僕があまりに嫌がるため、大人4人くらいでむりやり抑えつけられた。そして拷問のように、注射器をねじ込まれた。あんなでかい注射器は、あれ以来お目にかかったことはない。あれ以来、僕は注射が大の苦手だ。
さあ、人生4コーナ入り口にさしかかってきたか、屁たれにならないように走らんとね。
実家の庭には、額あじさいが綺麗にさいている、こいつは白色から七変化でいまは青からピンクに変わってきた、お馴染みのあじさいはまだ、つぼみだ。手まりあじさいは、山口百恵の薄紅のような色をたたえている。青色のペチニァや、ピンクのゼラニューム、どこかしら金属の名前のような花達もルンルンとしている。そして、玄関の入り口には紫の都わすれが、凛としてひっそりと咲いていた。
母は、お花が好きだ。母の日にカーネーションを贈ると、一日気分がよさげだ。
お花というのは、どこか見ていて愛らしい、そして愛らしいものを見ながら、宵越しまでその気分を持ち越せる術を持っているようだ。
暗愁にみちた人生をはげましてくれるものは、毎日の小さな喜びかも知れませんね。
らっきょの季節。らっきょにも負けたくない。(笑)
頑張りましょう!
今日はこんなところです。
2018年6月4日
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